スポーツ栄養WEB 栄養で元気になる!

SNDJ志保子塾2023 ビジネスパーソンのためのスポーツ栄養セミナー
一般社団法人日本スポーツ栄養協会 SNDJ公式情報サイト
ニュース・トピックス

暑さの中での運動のための栄養戦略 オーストラリアのスポーツ栄養士の見解

東京オリンピックのマラソン開催地が、暑さに対する懸念のために東京から札幌に変更された。暑さはアスリートにとってパフォーマンスを発揮するうえで障害となり、それだけではなく、ときに生命の危機をもたらすことは、熱中症による死亡事故の一定数を屋外での運動中に発生した事例が占めていることからも裏付けられている。

暑さの中での運動のための栄養戦略 オーストラリアのスポーツ栄養士の見解

一方で現に東京2020が酷暑環境で行われるように、スポーツ競技大会はアスリートのパフォーマンス優先で開催場所や時期が決まるとは限らない。よって暑さの影響を可及的に抑制するための栄養介入法の模索が重要と言える。こうした中、オーストラリアのスポーツ栄養士のグループより、暑さに対応するための栄養戦略をまとめた論文が、「Int J Sport Nutr Exerc Metab」に掲載された。以下はその要約。

高温環境の人体とパフォーマンスへの影響

長時間の労作性熱ストレスは、体温調節、心血管系および消化器系機能に乱れを生じさせ、アスリートの健康とパフォーマンスに大きな影響を及ぼす。影響の強さを規定する因子として、身体活動量と着衣(ユニフォームや防御用具)といった個人関連パラメーターと、周辺温度・湿度・風速および直射日光という環境関連パラメーターが存在する。

身体の中心温度が0.2℃以上上昇すると、皮膚の血管が拡張し皮膚直下により多くの血液が循環して熱放射が増加する。しかし熱放射が体温の上昇を相殺するのに不十分な場合、中心体温は上昇を続けることになる。

高温環境での長時間の運動により、中心体温は39℃以上にもなって、消化器機能の低下をはじめとする運動性熱疾患(exertional heat illnesses;EHIs)を生じ、それが軽度であればパフォーマンスの低下や不快感につながり、深刻な場合は致死的となる。

運動による熱ストレスがパフォーマンスに及ぼす影響として、最大有酸素性能力の低下や筋肉グリコーゲンの嫌気性代謝が亢進する。その結果、通常環境下に比べて持久力運動中にグリコーゲンを使い果たす可能性が高まる。反対に、体温の上昇、とくに筋肉温度の上昇は、代謝や収縮の改善により短距離走や跳躍などの瞬発的な短時間運動のパフォーマンスを向上する。

体内水分と電解質バランスの評価

運動による熱ストレスへの応答のための体温調節発汗により、体内の水分量と電解質バランスが大きく変化する。その評価法として、実験室でのみ施行可能な手法と運動の現場でも行うことができる手法がある。前者は正確性に優れ高コストで研究に向いており、後者は実行性に優れ低コストでアスリート自身が評価可能。

後者の手法には、体重、口渇感、尿の色などが評価項目となる。評価に際して結果に影響する以下の因子に注意が必要。体重は消化管や膀胱の内容量およびエネルギー基質の貯蓄、口渇感は若年または高齢者および一部の薬剤の副作用、尿の色は排尿直前の体液バランスの変化を反映せず、水様性ビタミンサプリメント摂取により変化する。

運動前・中・後の体液調節と電解質摂取

運動前から運動後にかけての水分と電解質の摂取戦略は、運動の種類・時間・強度および当該イベントの規則、水分摂取へのアクセス環境、アスリートの好み、消化管耐性などを考慮し、かつ実用的でなければならない。その一方で、運動中の適切な水分摂取量については議論が続いている。脱水によってパフォーマンスの低下という影響が生じ始めるレベルと、水分補給がどのように行われるべきかについて、結論は出ていない。

実験室ベースの研究の多くは、体重の2%以上の水分喪失が、高温または高湿度の環境での運動パフォーマンス低下が生じ始めるレベルであることを示している。ただし、計画的に摂水する場合と自由に摂水する場合とでは総水分摂取量が異なり、とくに熱ストレス下では運動時間が長くなるほど水分摂取量が増加する傾向があり、他方、実際のスポーツイベントでは水分を摂取する機会が実験室での研究より制限されている。なお、10℃以下の水分の計画的な摂取はパフォーマンス上のメリットをもたらす可能性がある。

長時間の運動による熱ストレス下での適切なナトリウム摂取についても議論が続けられている。運動関連低ナトリウム血症は、実際にはナトリウムの喪失ではなく大半は水分摂取の過剰により発症していることが近年、再び注目されるようになった。運動中の水分摂取量が水分喪失量を上回らないようにするだけで、低ナトリウム血症を防ぐことが可能だ。なお、口渇感に従って水分を摂取したとしても、必ずしも低ナトリウム血症を予防できるわけではない点に注意すべきだ。

一方、急速な回復の必要がある中等度から重度の体液不足状態では、体液の再平衡に喪失量の最大150%の水分を摂取しなければならない。

競技種目や年齢ごとの注意事項

チームスポーツ

チームスポーツでは個人競技にはない課題が追加される。ポジションによって熱ストレスの負荷が異なり、画一的な対応はできない。競技の開催地の気候条件にあわせた水分補給と熱管理の事前計画が必要となる。

持久力スポーツ

持久力・超持久力スポーツでは、大量の体内水分と電解質バランスの喪失を来しやすい。競技中の水分・電解質の理想的な補給は気候条件等により異なり複雑であって、これまでの研究から一律の対処法を示すことは非常に難しい。

ジュニアアスリート

ジュニアアスリートは、体表面積が小さいことから体温調節において成人に比し不利と考えられる。さらに、幼児期から思春期、あるいはそれ以降への移行中には、身体の成長・成熟、スポーツスキルの向上に伴う熱負荷レベルの変化と発汗量の増大が起こり、これらを考慮した対応が重要。また、若いアスリートの水分摂取に対する態度は、知識や教育レベル、水分へのアクセス環境に依存する可能性がより高い。

パラスポーツ

パラスポーツアスリートは健常なアスリートよりも高温環境による負荷のリスクが高くなる可能性がある。例えば脊髄損傷は、損傷レベル以下の神経機能が喪失されるため、発汗や皮膚血流再分布などの正常な体温調節機構が影響される。その結果、運動と熱負荷により、健常なアスリートよりも体温が大きく上昇することが報告されている。

また、多発性硬化症と熱ストレスによる認知的症状の関連、脳性麻痺がある場合の疲労と症状の変動、人工装具を装用しているケースでの装具接触部分の加熱などの課題が生じ得る。視覚障害のあるアスリートでは、天候による水分補給の必要性を判断する認識力が低下する可能性もある。

まとめ

高温環境での運動は、さまざまなレベルの熱ストレスがアスリートの健康とパフォーマンスに対し潜在的な影響を及ぼす。運動前から運動中、運動後の栄養戦略は、個々のアスリートおよび競技イベントの条件に合わせて個別化し、実用的なプロトコルを立てる必要がある。

文献情報

原題のタイトルは、「Sports Dietitians Australia Position Statement: Nutrition for Exercise in Hot Environments」。〔Int J Sport Nutr Exerc Metab. 2020 Dec 31:1-16〕

原文はこちら(Human Kinetics)

この記事のURLとタイトルをコピーする

熱中症に関する記事

熱中症予防情報

シリーズ「熱中症を防ぐ」

熱中症・水分補給に関する記事

志保子塾2024前期「ビジネスパーソンのためのスポーツ栄養セミナー」

関連記事

スポーツ栄養WEB編集部
facebook
Twitter
LINE
ニュース・トピックス
SNDJクラブ会員登録
SNDJクラブ会員登録

スポーツ栄養の情報を得たい方、関心のある方はどなたでも無料でご登録いただけます。下記よりご登録ください!

SNDJメンバー登録
SNDJメンバー登録

公認スポーツ栄養士・管理栄養士・栄養士向けのスキルアップセミナーや交流会の開催、専門情報の共有、お仕事相談などを行います。下記よりご登録ください!

元気”いなり”プロジェクト
元気”いなり”プロジェクト
おすすめ記事
スポーツ栄養・栄養サポート関連書籍のデータベース
セミナー・イベント情報
このページのトップへ