メンソールは暑熱下の東京2020でエルゴジェニックエイドになり得るか? 専門家のコンセンサス
メンソールの局所塗布や口すすぎは暑熱環境下でパフォーマンスと知覚を改善、体温調節などのエルゴジェニックエイド(スポーツにおけるパフォーマンス向上が期待される手段・食品のこと)をもたらすことが近年注目されつつある。来年の東京2020はまさにこのエルゴジェニックエイドが期待される暑熱環境で開催される。しかし現時点で、メンソールの安全で効果的な使用法は明確になっていない。この現状から、東京2020に向けてメンソール使用に関するコンセンサスステートメントがまとめられ、「Sports Medicine」誌に発表された。
ステートメント作成の背景~メンソールの効能について
メンソールは、ハッカ属の植物から抽出されるアルコールの一種で、粘膜や皮膚に触れると特徴的な新鮮な香り、冷感をもたらす。熱ストレスのある状況ではこの刺激は快適感につながり、さらに洗口(口すすぎ)に用いることで、主観的な鼻づまり感を改善する。その他、血流改善や体温調節、口渇感の緩和などの影響も認められ、局所鎮痛薬や口腔衛生製品などに広く使用されている。
近年はスポーツ領域でメンソールへの関心が高まり、アスリートによる使用量の増加が予測されている。メンソールの使用により暑熱環境下でのパフォーマンスが改善する可能性はあるが、そのためにかえって熱中症のリスクが高まる可能性もある。メンソールの経口または局所使用のリスクは、まだ完全には理解されていない。
東京2020は、高温(31℃)、多湿(70%)という環境が予測されており、メンソールの使用を検討するアスリートが少なくないと見込まれる。このことから、メンソールの局所塗布または洗口の効果等に関するコンセンサスの形成が必要とされた。
ステートメント策定の手順~三段階デルファイ法について
コンセンサスステートメント策定のプロセスには、デルファイ法という手法を用いられた。これは専門家集団の各人の意見や経験などを集約し、ステートメントの候補を作成したうえで、それぞれについて合意と再検討を繰り返す方法。医学関連ガイドライン等を作成する場合、無作為化比較試験などのエビデンスレベルの高い報告をもとに作成するが、それらのデータがまだ少ない新しい領域のテーマについてコンセンサスを形成する手段として、この方法が用いられることがある。
本ステートメントの策定にあたっては、暑熱環境でのスポーツパフォーマンス、体温調節、または知覚に影響を与えるためのメンソールの局所塗布や洗口による介入研究を発表した著者および研究者ら、14人が招集された。まず、文献の系統的レビューから、メンソールの局所塗布と洗口について、それぞれ単回実施した場合と反復した場合という4条件おのおの48件、計192件のステートメント候補が抽出された。
ラウンド1は24日かけて行われ、この192件の中から80%以上の合意が得られた47件(局所塗布30件、洗口17件)がラウンド2に進んだ。ラウンド2は19日かけて行われ、ラウンド1で通過しなかったステートメントの再考等が行われた結果、6件(局所塗布2件、洗口4件)が合意に至った。ラウンド3は全員が一同に会して議論し、9件(局所塗布6件、洗口3件)が合意され、最終的に62件(局所塗布38件、洗口24件)のコンセンサスステートメントが形成された。
コンセンサスステートメント(抜粋)
発表された暑熱環境でのメンソール使用に関するコンセンサスステートの一部を抜粋し、以下に示す。
- 局所塗布されたメンソールは、単回(高濃度)および反復使用の双方で、疲労困憊に至るまでの時間(time to exhaustion;TTE)を向上する。
- メンソールを経口投与で運動中に繰り返し使用すると、TTEとタイムトライアル(time trials;TT)のパフォーマンスが向上する。単回の局所適用に関する裏付けとなるエビデンスは少ない。
- チームスポーツにおけるメンソールの局所使用をサポートする十分なエビデンスはない。
- エリートアスリートによるメンソールの使用は現在のところ十分に支持されていない。ただし、その使用は有害である可能性はほとんどない。
- メンソールの局所塗布と洗口を単回または反復すると、確実に温冷感が改善されるが、暑熱環境での運動中の快適性と自覚的運動強度(rate of perceived exertion;RPE)はそれほど向上しない。
- メンソールの局所塗布は熱耐性が制限されている活動に利益をもたらす可能性があるが、熱関連疾患のリスクを増加させる可能性がある。
- メンソール局所塗布による体表面温度の変化は塗布部位に依存する。洗口では、体温調節に対する直接的な変化は明らかでない。
- アスリートはテストプロトコルに精通している必要があり、競技での使用の前に十分に訓練されるべき。メンソールの潜在的な影響についての認識と教育は重要。
- 健康への有害な影響の可能性を強調した症例報告が存在する。
- 査読済みの研究報告からは、局所および洗口での使用は安全。
- メンソールは広く入手可能であることから、一部のユーザーに不公平なスポーツ上のメリットを与えることはない。
- メンソールの局所塗布および洗口は、スポーツの精神を侵害しない。
- メンソールを使用する場合、アスリートはメンソールを他の栄養物質または薬理学的物質と併用しないようにする必要がある。メンソールが無効または有害になる可能性がある。
- 暑熱環境でのエリートアスリートの運動中のメンソール使用に関する研究が必要。
- 女性対象の研究が必要。
文献情報
原題のタイトルは、「Menthol as an Ergogenic Aid for the Tokyo 2021 Olympic Games: An Expert-Led Consensus Statement Using the Modified Delphi Method」。〔Sports Med. 2020 Jul 4〕
原文はこちら(Springer Nature)
熱中症に関する記事
- 脱水レベルは体重変化と尿の色の組み合わせで判断すべき 女性アメフト選手での検討結果から
- 熱中症による死亡ゼロを目指して 環境省「暑さ指数・熱中症アラート」情報発信がスタート
- 運動後には経口補水液の塩味がおいしく感じる スポーツドリンクおよび水との二重盲検試験
- なぜ自宅で熱中症に? 脱水の影響は数日単位で蓄積されることが判明 名古屋工大・同市消防局・横浜国立大学の共同研究
- 【熱中症】職業上の「熱ストレス」の影響と緩和戦略 数カ国での観察・介入研究の結果
- 文科省・環境省が「学校における熱中症対策ガイドライン作成の手引き」を公開
- 暑熱順化は、生理的順化+人工環境下でのトレーニングでパフォーマンスが向上する可能性
- 7月の熱中症による救急搬送人員は全国で8,388人 昨年から半減も、8月以降は急増
- 短期間の暑熱順化は有効か? 腎機能低下リスクは抑制しないが急性腎障害は減る可能性
- 7月から関東甲信地方で「熱中症警戒アラート」試験的運用開始 環境省と気象庁
- 暑さ+睡眠不足+体力消耗で間食摂取が増える? 消防士の山火事消火シミュレーションで検討
- スポーツ中の暑さ対策に関する考察・見解のまとめ オーストラリアからの報告
- 環境省が2020年の熱中症予防情報サイトを公開、「熱中症対策ガイドライン」も改訂
- 暑さの中での運動のための栄養戦略 オーストラリアのスポーツ栄養士の見解
- ヤングアスリートの熱中症予防システム 長崎大などが開発 部活動の自己管理を支援
- 2019年8月の熱中症による救急搬送 月別では近年で最多の3万6,755人
- シリーズ「熱中症を防ぐ」4. 熱中症予防お役立ち情報
- シリーズ「熱中症を防ぐ」3. 学校や日常生活での注意点、子ども・高齢者について
- シリーズ「熱中症を防ぐ」2. 運動・スポーツ実施時、夏季イベントでの注意点
- シリーズ「熱中症を防ぐ」1. 熱中症の症状と応急処置
- 2018年は熱中症による救急搬送・死亡数が大幅に増加 夏を前に防止と処置の確認を
シリーズ「熱中症を防ぐ」
熱中症・水分補給に関する記事
- 日本の蒸し暑さは死亡リスク 世界739都市を対象に湿度・気温と死亡の関連を調査 東京大学
- 重要性を増すアスリートの暑熱対策 チームスタッフ、イベント主催者はアスリート優先の対策を
- 子どもの体水分状態は不足しがち 暑くない季節でも習慣的な水分補給が必要
- すぐに視聴できる見逃し配信がスタート! リポビタンSports Webセミナー「誰もが知っておきたいアイススラリーの基礎知識」
- 微量の汗を正確に連続測定可能、発汗量や速度を視覚化できるウェアラブルパッチを開発 筑波大学
- 【参加者募集】7/23開催リポビタンSports×SNDJセミナー「誰もが知っておきたいアイススラリーの基礎知識」アンバサダー募集も!
- 暑熱環境で長時間にわたる運動時の水分補給戦略 アイソトニック飲料は水よりも有効か?
- 子どもたちが自ら考えて熱中症を予防するためのアニメを制作・公開 早稲田大学・新潟大学
- 真夏の試合期の脱水による認知機能への影響は、夜間安静時には認められず U-18女子サッカー選手での検討
- 2040年には都市圏の熱中症救急搬送社数は今の約2倍になる? 医療体制の整備・熱中症予防の啓発が必要