【熱中症】職業上の「熱ストレス」の影響と緩和戦略 数カ国での観察・介入研究の結果
職業上の熱ストレスの実態を、4カ国、3職種の労働者を対象とする観察研究から明らかにし、かつ熱ストレスに対する効果的な対応策を探る介入研究が行われ、その結果が報告された。地球温暖化は全世界の労働者に影響を与えつつあり、各地でさまざまな対策が講じられていることがわかる。
地球温暖化は世界中の労働者の熱ストレスを高めている
職業上の熱ストレスは脱水のリスクであり、労働災害、欠勤、腎機能低下、生産性低下につながることがある。気候温暖化の影響によって職業上の熱ストレスは世界各地で深刻な問題になりつつある。ことに、屋外での肉体労働が必然の職種では、この問題を避けることができない。
世界では、屋外労働をともなう産業が約半分の雇用を生み出しており、多くの労働者が気候変動の影響を受けつつある。とくに農業は約32%、建設業は約10%、観光業は約8%の雇用機会を生み出している。本研究は、これら3つの産業に携わる複数の国の労働者の熱ストレスの実態を観察研究で把握するとともに、各地での対策の効果を介入研究で評価したもの。
研究参加対象は、未成年でないこと、それぞれの職種に順応していない(スキルが未熟な)労働者でないことを除外基準とし、年齢、性別、民族性、BMI、社会経済的背景が多岐にわたるように考慮して採用された、4カ国の238人。
観察研究:湿球黒球温度の上昇につれて皮膚温や深部体温が上昇し代謝が低下
観察研究では、ギリシアの農業従事者と観光業従事者、およびスペインの建設業従事者、計99人が対象とされた。各地の環境条件と、皮膚温、深部体温、および代謝率との関連を検討した。
各地の環境条件
ギリシアの農業従事者の環境条件は、気温23.1±6.4℃、黒球温度35.0±6.6℃、相対湿度50.4±8.8%、風速1.2±0.8m/秒で、湿球黒球温度(Wet Bulb Globe Temperature;WBGT)は14.5~30.3℃。
スペインの建設業従事者の環境条件は、気温26.6±3.9℃、黒球温度32.1±8.3℃、相対湿度49.8±13.3%、風速0.4±0.8m/秒で、湿球黒球温度19.2~29.2℃。
ギリシアの観光業従事者の環境条件は、気温29.8±2.6℃、黒球温度31.1±3.7℃、相対湿度54.3±8.5%、風速0.2±0.4m/秒で、湿球黒球温度20.2〜32.4℃。
湿球黒球温度と皮膚温の相関:すべての業種で有意に正相関
湿球黒球温度と皮膚温は、すべての業種の従業者で強い正の相関関係がみられた。相関係数は農業が最も高くr=0.970(p<0.001)、ついで建設業r=0.922(p<0.001)、観光業r=0.595(p=0.032)だった。
湿球黒球温度が1度上がるごとに、農業では皮膚温0.31℃、建設業では0.23℃、観光業では0.09℃上昇することがわかった。
湿球黒球温度と深部体温の相関:農業以外は正相関
湿球黒球温度と深部体温は、建設業と観光業の従業者で強い正の相関関係がみられた。相関係数は建設業がr=0.765(p=0.010)、観光業がr=0.646(p=0.017)だった。
湿球黒球温度が1度上がるごとに、建設業では深部体温が0.05℃上がることがわかった。観光業では湿球黒球温度(WBGT)が30℃以下の場合、深部体温への影響は少ないものの、WBGTが30℃を超えるような過酷な条件では、WBGTが1度上がるごとに深部体温が0.4℃と急速に上昇することがわかった。
農業ではWBGTと深部体温との関連は非有意だった(r=-0.052,p=0.872)。
湿球黒球温度と代謝の相関:農業は負の相関
湿球黒球温度と代謝率は、農業の従業者で強い負の相関関係がみられた(r=-0.787,p<0.001)。湿球黒球温度が1度上がるごとに、代謝率が3.1W/m2低下することがわかった。
建設業(r=-0.249,p=0.487)や観光業(r=0.035,p=0.908)は、湿球黒球温度と代謝率との関連は非有意だった。
介入研究:水分摂取や計画的休憩などの効果を検証
介入研究では、キプロスの農業従事者、カタールの農業従事者と建設業従事者、スペインの建設業従事者、およびギリシアの観光業従事者、計139人が対象とされた。計画的に休憩を差し挟むこと、水分補給、氷スラリーの使用、水分蒸発性の衣服の着用、フルーツカートの利用(農業従事者の場合)などによる、皮膚温、深部体温、心拍数、代謝率への影響を検証した。
農業
キプロスでの検討
キプロスでは、農業従事者でフルーツカートが試みられた。しかし、皮膚温、深部体温、心拍数、代謝率への影響はみられなかった。ただし、フルーツカートを利用することで収穫量が63%増加した。
計画的な休憩も、皮膚温、深部体温、心拍数、代謝率への影響はみられなかった。
一方、通気性の優れた衣服は、皮膚温を有意に低下させ、代謝率の低下を抑制した。深部体温や心拍数は有意な変化がなかった。
カタールでの検討
カタールでは、水分補給戦略により心拍数が有意に上昇し、脱水症の頻度が54%有意に低下した。皮膚温や深部体温、代謝については有意な変化はみられなかった。
計画的な休憩は、心拍数を有意に上昇させた。
一方、水分蒸発性の衣服は、評価項目に有意な変化をもたらさなかった。
建設業
カタールでの検討
カタールでは、建設業従事者に対する水分補給が深部体温を有意に低下させた。さらに脱水症の頻度は97%低下した。皮膚温、心拍数、代謝への有意な影響はみられなかった。
計画的な休憩は皮膚温を有意に低下、心拍数を有意に上昇させた。深部体温には有意な影響はなく、代謝は有意に低下した。
水分蒸発性の衣服は、評価項目に有意な変化をもたらさなかった。ただし、この結果を解釈する際の留意点として、多くの労働者が衣服メーカーの使用説明書に沿わず、汗で濡れたままの衣服を長時間着用していたことがあげられる。
スペインでの検討
スペインでは、水分補給により深部体温が有意に低下し、心拍数が有意に低下、代謝率は有意に上昇した。さらに脱水症の頻度が13%低下した。一方、皮膚温は有意に上昇した。
氷スラリーの使用は、皮膚温を有意に低下させた。深部体温、心拍数、代謝へは有意な影響がなかった。
計画的な休憩は、評価項目に有意な変化をもたらさなかった。
観光業
観光業従事者に対する介入研究はギリシアでのみ行われた。
計画的な休憩、氷のスラリーの使用、および、それらの併用が試みられたが、評価項目に有意な変化をもたらさなかった。ただし、統計的に有意ではないものの、氷スラリー(d=0.83)や、双方の併用(d=0.89)により深部体温に比較的大きな効果量が認められた。著者らは、サンプルサイズがもう少し大きければ、統計的有意差を確認できた可能性があると述べている。
文献情報
原題のタイトルは、「Occupational Heat Stress: Multi-Country Observations and Interventions」。〔Int J Environ Res Public Health. 2021 Jun 10;18(12):6303〕
原文はこちら(MDPI)
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