夏の「高温化」により運動部活動が困難に? 国内842都市・時間別の予測データが示す気候変動の深刻な影響
国立環境研究所と早稲田大学の研究グループは、気候変動がこのまま進行するとこれまで通りのスポーツ活動は困難になるとする研究結果を発表した。日本国内842都市のデータに基づく予測であり、「Environmental Research: Health」に論文が掲載されるとともに、プレスリリースが発行された。
研究の概要:大会開催時期の変更、屋内練習場拡充などの対策が重要になる
国立環境研究所と早稲田大学スポーツ科学学術院(細川由梨准教授)の研究チームは、国内で数百万人が参加する学校の運動部活動に着目して、将来の気候変動による暑熱影響と対策の効果を評価した。その結果、気候変動が進行すれば、これまで通りの活動実施は困難となり、早朝練習の導入や屋外練習の削減といった対策だけでは不十分であると予測された。
現状でも多くの熱中症が運動部活動で発生していることをふまえると、気候変動の進行に注視しつつ、今回想定した対策をはじめ、大会や練習の年間スケジュールの変更や屋内運動場の整備といった抜本的な対策も実行に移していくことが重要と考えられるという。
研究の背景と目的:今後のさらなる高温化は運動部活動をどう変えるのか
日本の学校における運動部活動は、数百万人もの児童・生徒が定常的に参加する、世界でも稀な規模の活動。青少年期に一定の強度・時間以上の運動をすることは、筋骨格や心肺の健康、肥満の予防、ストレスの軽減、また学業成績の向上などさまざまな良い効果をもたらし、その後の人生の健康にも寄与すると言われている。一方、運動中は、骨折や捻挫などの外傷に加えて熱中症のリスクが高まり、国内の運動部活動では毎年数千件の熱中症が報告されている。
運動部活動は、多くの人々の健康を支える日本独特の「仕組み」とも言える。しかし、気候変動によって将来は高温の頻度・強度が一層増加すると予測されるにもかかわらず、運動部活動への暑熱影響に着目した研究はほとんど行われていなかった。
そこで、本研究では、将来の気候変動下における暑さ指数(WBGT)※1の予測に基づき、主に屋外における運動部活動への暑熱影響と対策の効果を分析し、将来の運動部活動のあり方を考えるための知見を得ることを目的とした。
※1 暑さ指数(WBGT):人体の熱収支に影響の大きい湿度、輻射熱、気温の三つを考慮した指標。国内外の熱中症対策で幅広く参照されている。単位は気温と同じ「°C」である。
研究手法:国内842都市のデータを基に、今後の暑さ指数の変化を予測
時間別WBGTの予測
気候予測データは、多くは日別以上の時間解像度である場合が多く、運動部活動のように特定の時間帯の活動を対象とした将来影響の評価には課題があった。そこで、国内842都市における過去12年間分の時間別WBGTデータと、対応する日別気象データ(気温、湿度、風速、日射量)の関係を、機械学習手法の一つであるeXtreme Gradient Boosting(以下「XGBoost」と省略)で学習し、日別の気象データから、時間別のWBGTを予測するモデルを構築した。
約5,000万件の全データからランダムに選定した約4,000万件のデータを学習したモデルは、決定係数0.96~0.99、平均絶対誤差0.55~0.95°Cと、時間を問わず高い精度が確認された。そこで、約5,000万件の全データを学習したモデルを構築し、日本域の気候予測データ(NIES2020)に適用して、国内842都市における将来の時間別WBGTを予測した。
運動部活動への暑熱影響と対策の効果の評価
次に、予測した842都市の時間別WBGTと、活動実施に関わる暑熱基準(28°C≦WBGT<31°C:激しい運動を中止、31°C≦WBGT:すべての運動を中止)※2をもとに、「週5日・1日あたり2時間の屋外活動が、放課後の15~18時に実施可能か」※3について、表1に示す三つのレベルで運動部活動への暑熱影響を評価した。また、表2に示す三つの対策による効果を分析した。暑熱影響と対策の評価のイメージを図1に示す。
※2 活動実施に関わる暑熱基準:公益財団法人日本スポーツ協会(2019)「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」内の「熱中症予防運動指針」に基づいて設定した。
※3 屋外活動が実施可能か:スポーツ庁(2018)「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」内の中学校・高校における活動時間に関する記載に基づいて設定した。
表1 暑熱レベル
表2 暑熱対策
図1 暑熱影響と対策の評価のイメージ
研究結果と考察:大会スケジュールの大幅な変更が必要になる可能性
全国的な傾向を簡潔に表現するため、過去のWBGTによる八つの地域区分(図2)に基づいて結果を示す。
図2 過去(1980~2014年)4~10月における平均WBGTによる八つの地域区分
暑熱影響
2060~2080年代の暑熱影響は、次の通り予測された(図3)。
図3 2060~2080年代・4~10月の地域区分ごとの暑熱レベル
温室効果ガス排出を大幅に抑制するシナリオ(SSP1-1.9)下では、暑熱レベル1(激しい運動を中止)/暑熱レベル2(すべての運動を中止)に達するのは、8地域中それぞれ5地域/1地域、活動制限期間は8地域合計で延べ年間12カ月(最も長い地域で4カ月)と予測された。
化石燃料に依存して排出を抑制しないシナリオ(SSP5-8.5)では、暑熱レベル1/暑熱レベル2に達するのは、8地域中それぞれ6地域/4地域、活動制限期間は8地域合計で延べ年間19カ月(最も長い地域で6カ月)と予測された。
2030~2050年代の全シナリオの結果は、2060~2080年代のSSP1-1.9~SSP1-2.6に相当するものだった。
上記より、気候変動の進行によって、運動部活動が将来受けると考えられる暑熱影響は大きく変化し、地域による影響の差も大きいことがわかった。とくに温暖な地域では、活動制限期間が1年のうち数カ月にわたり、年間スケジュールの大幅な変更が必要となる可能性がある。
対策の効果
2060~2080年代における対策の効果は、次の通り予測された(図4)。ここでは、最も暑熱影響が大きく、対策の効果が見えやすいSSP5-8.5の結果を取り上げる。
図4 2060~2080年代・4~10月の地域区分ごとの対策による暑熱レベルの変化
対策Aによって、暑熱レベル1/暑熱レベル2に達するのは、8地域中それぞれ5地域(1地域減)/0地域(4地域減)、活動制限期間は8地域合計で延べ年間14カ月(5カ月減、地域別では最大2カ月減)となった。
対策Bによって、暑熱レベル1/暑熱レベル2に達するのは、8地域中それぞれ5地域(1地域減)/1地域(3地域減)、活動制限期間は8地域合計で延べ年間12カ月(7カ月減、地域別では最大2カ月減)となった。
対策Cによって、暑熱レベル1/暑熱レベル2に達するのは、8地域中それぞれ4地域(2地域減)/0地域(4地域減)、活動制限期間は8地域合計で延べ年間10カ月(9カ月減、地域別では最大2カ月減)となった。
対策間で効果の違いはあるものの、いずれの対策でも、最も気候変動が進行するシナリオ下でも暑熱レベル1の地域が減少し、暑熱レベル2の地域がほとんどなくなる顕著な効果があると予測された。一方で、温暖な地域を中心に、暑熱影響が残存して激しい運動が制限されるため、気候変動が進行した状況では、本研究で想定した対策だけではこれまで通りの運動部活動を継続することは難しくなると考えられる。
今後の展望:早朝練習の導入や屋外練習の削減といった対策では不十分
本研究では、国内で数百万人が参加する学校の運動部活動に着目して気候変動の暑熱影響と対策の効果を評価した結果、気候変動が進行すればこれまで通りの活動実施は困難となり、早朝練習の導入や屋外練習の削減といった対策だけでは不十分であると予測された。既に多くの熱中症が発生している現状を鑑みれば、気候変動の進行に注視しつつ、今回想定した対策はもとより、より抜本的な対策(例:大会や練習の年間スケジュールの変更、屋内運動場の整備、夏季のより涼しい地域での活動)を実行に移していくことが重要と考えられる。
研究グループでは、「今後、本研究で開発した時間別WBGT(レポジトリ〈Environmental Data Initiative〉で公開済み)と評価手法に基づいた研究対象の拡張、時間別WBGT予測手法の改良、全国の面的な暑熱環境の予測、気候変動下での学校スケジュールのあり方に関する発展的な研究を実施する予定」としている。
プレスリリース
21世紀の暑さの中で運動部活動はできるのか?―国内842都市・時間別の予測データに基づく分析結果―(早稲田大学)
文献情報
原題のタイトルは、「Heat impacts on school sports club activities in Japan under climate change and the effectiveness of countermeasures」。〔Environ Res Health. 2025 Mar 10;3(2):025008〕
原文はこちら(IOP Publishing)
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