プロテニス選手の栄養戦略を国際テニス連盟など3団体が共同提言 栄養管理の実践指針やREDsや水分補給の課題などを示す
国際テニス連盟(International Tennis Federation;ITF)、女子テニス協会(Women’s Tennis Association;WTA)、プロテニス選手協会(Association of Tennis Professionals;ATP)の3団体からなる専門家グループは、ハイパフォーマンスのテニスにおける栄養の実践的な推奨事項を策定し、国際スポーツ栄養学会の「International Journal of Sport Nutrition and Exercise Metabolism」に発表した。論文の冒頭に記されているポイントのみを紹介する。
推奨のポイント
- a. 頻繁な海外遠征と過酷な試合スケジュールに直面するプロテニス選手は、高い生理学的および知覚的負荷を経験する。試合時間の不確実性、それに伴う回復に充てられる時間の変化、そして多様な環境条件に対応するため、栄養、水分補給、回復戦略を綿密に管理する必要がある。
- b. 炭水化物の摂取は、トレーニングと試合における主要なエネルギー源となり、トレーニングセッションと試合の間に体内のグリコーゲンを補充することで、プレー中の疲労を防ぐ。テニス選手に推奨される炭水化物摂取量は、トレーニングや試合の負荷(期間・頻度および強度)によって異なる。1日の摂取量は、体重1kgあたり3~10gの範囲が適切。低強度のトレーニングには少量、コートでの高強度セッションやトーナメント中には多めに摂取する。
- c. トーナメント中にグリコーゲン貯蔵量を維持するには、1日あたり6~10g/kgの炭水化物摂取が必要とされ、試合前には1~4g/kgを摂取する必要がある。一方、試合中、とくに長時間の試合では、筋肉へのエネルギー供給と中枢神経系の刺激のために、炭水化物を30~90g/時摂取する必要がある。当然ながら、トーナメントの試合は変動性が高く予測不可能であるため、これらの一般的な戦略は、試合時間、回復の必要性、コートの状態に応じて調整し、個別に調整する必要がある。
- d. プロテニス選手は、筋肉の修復、成長、そして体組成の最適化のために、高タンパク質摂取(1.2~1.8g/kg)を必要とし、状況によってはそれ以上の量の摂取が必要となる場合もある。これらのニーズは、タンパク質の質とタイミングに注意することで、計画的な食事や、場合によってはプロテインサプリメントの摂取によって満たすことが可能。
- e. エネルギー、炭水化物、タンパク質の必要量を満たす適切な食事は、プロテニス選手の微量栄養素の需要増加にも対応する可能性が高い。しかし、鉄分(とくに女性およびベジタリアン/ビーガン)、ビタミンD(カナダ、ロシア、北欧など赤道から極北の地域、またはニュージーランド南部やオーストラリアなど極南の地域に居住する選手)、カルシウム(ジュニア選手および無月経の女性)では、とくに注意を払うべき。特定の選手や状況では、摂取量が最適な値を満たさず、健康状態やパフォーマンスに悪影響を及ぼす可能性がある。こうした欠乏症のリスクが高い選手は、定期的に栄養状態をモニタリングし、必要に応じて監督下でのサプリメント摂取計画を立てる。
- f. 利用可能エネルギー不足(low energy availability;LEA)は、トレーニングや試合での運動負荷の増加やエネルギー摂取量の減少により、人体のあらゆる生物学的システムを支えるエネルギーが不足する状態であり、テニス選手にも発生する可能性がある。よくあるシナリオとしては、摂食障害、体重/体脂肪を減らすための誤ったプログラム、トレーニングの激化や激しい競技プログラム、食品の入手困難さや栄養に関する知識の不足などが挙げられる。軽度または短期間の曝露であれば適応可能で可逆的と考えられる。しかし慢性的で極端なシナリオは、さまざまな健康障害やパフォーマンス障害を伴う、スポーツにおける相対的エネルギー不足(relative energy deficiency in sport;REDs)の病態の基盤となる。テニスにおいても、このリスクに対する認識を高め、早期介入するための戦略を実施する必要がある。また、リスクの高い選手は、適切な診断と多科による治療を計画・管理できる経験豊富な医師に紹介する必要がある。この分野においては、テニス選手におけるREDsの有病率や転帰に関する具体的な調査を含む、さらなる研究が必要。
- g. テニスでは、試合中(ウォーミングアップ、エンドチェンジやゲームの間など)に水分を摂取する機会が多い。しかし、試合の激しさや環境条件によっては、大量の発汗による損失につながる可能性があり、試合中および次の試合までの期間に計画的な水分補給が必要になる。試合前、試合中、試合間の水分摂取ガイドラインは、試合時間、個人の発汗量、環境条件に応じて調整し、個別に調整する必要がある。
- h. 試合やトレーニング後の回復は、セッションで生じたニーズへの対応に重点を置くべき。運動後の軽食や食事は、エネルギー補給のニーズに応じて炭水化物を、水分補給のニーズに応じて水分と電解質を、そして筋タンパク質の合成と適応のニーズに応じてタンパク質を、それぞれ優先的に摂取する必要がある。次の試合やトレーニングセッションまでにこれらのプロセスが可能な限り実行し、最適な回復とパフォーマンスが得られるよう、実践的な戦略を調整する必要がある。
- i. パフォーマンスサプリメントはテニス選手の間で人気があるが、カフェイン、クレアチン一水和物、重炭酸ナトリウムのみが、テニスのパフォーマンスへの潜在的な効果について信頼できるエビデンスを有している。β-アラニン、クエン酸ナトリウム、シトルリンリンゴ酸塩など、テニス選手にとって有益な可能性のあるサプリメントについては、さらなる研究が必要。いずれの場合も、適切な用法、用量、タイミングを守った場合にのみパフォーマンスが向上する可能性があるため、トレーニングや試合に組み込む前に、徹底的なリスクベネフィット分析を行う必要がある。
- j. サプリメントを使用する選手は、禁止物質の混入リスクを最小限に抑えるため、製品の同一性、純度、組成を保証(バッチテストなど)している評判の良い企業から、製品を購入する必要がある。
- k. 高温多湿の環境では、とくにトーナメントでは、テニスにおける生理的および認知的課題が増大するため、パフォーマンスを最適化し、熱中症を回避するために、熱順応、積極的な水分補給、冷却戦略が必要となる。
- l. プロテニス選手は、頻繁な病気や怪我など、健康面で特有の課題に直面している。適切な栄養摂取は、強力な免疫システムを維持し、効果的な回復をサポートするうえで重要な役割を果たす。これは、パフォーマンスに影響を与える可能性がある怪我や病気の予防にも役立つ。女性テニス選手は、試合の要求や月経周期によるホルモン変動の違いにより、生理学的および栄養学的ニーズが異なる。また、利用可能エネルギー不足(LEA)や鉄欠乏症などの疾患のリスクが高いため、トレーニング、栄養、健康状態のモニタリングにおいて、個別的なアプローチが必要となる。
- n. 高いパフォーマンスを発揮する若手テニス選手は、過酷なトレーニングスケジュール、成長と発達への要求、そしてツアーの不規則性により、深刻な栄養上の課題に直面している。これらの要因により、エネルギーと栄養素の摂取量が推奨量を下回ることが多く、パフォーマンスと長期的な健康に影響を与える可能性がある。若手選手は、適切な食事選択を通じて健康とパフォーマンスを最適化するために、栄養教育と実践的なスキルの両方を必要とする。
- o. 車いすテニス選手は、障害に関連した特有の身体的およびエネルギー要求に直面しており、パフォーマンス、健康、回復を最適化するために個別の栄養および水分補給戦略が必要。
- p. これらのガイドラインの根拠となる研究は、テニスに特化した研究ではなく、さまざまな運動やスポーツのシナリオから得られたものである。ガイドラインは依然として価値があると見なされるが、テニス選手を対象としたさらなる研究や、テニス特有の要求に合わせたプロトコルの策定が明らかに必要。
さらに詳しく
このほか、原文では下記のような項目が詳細にまとめられているので、興味のある方は下記「文献情報」のリンク先をご参照ください。
- Topic 1:テニス競技の概要
Expert Group Topic 1: Introduction to Tennis - Topic2:テニスの身体的負荷
Expert Group Topic 2: Physiological Demands of Tennis Training and Match Play - Topic 3:トレーニング期の栄養と長期的栄養目標
Expert Group Topic 3: Training-Day Nutrition and Overall Nutritional Goals - Topic 4:体組成・LEA・REDsについて
Expert Group Topic 4: Body Composition, LEA, and REDS - Topic 5:試合期の栄養管理
Expert Group Topic 5: Match-Day Nutrition - Topic 6:栄養補助食品(サプリメント)の活用
Expert Group Topic 6: Dietary Supplements for Tennis Performance - Topic 7:暑熱環境・遠征時の考慮事項
Expert Group Topic 7: Environmental and Travel Considerations - Topic 8:病気・怪我のリハビリテーション期の栄養管理
Expert Group Topic 8: Nutrition for Illness and Injury Rehabilitation - Topic 9:女性選手、ジュニア選手、車いす選手
Expert Group Topic 9: Special Population Groups
文献情報
原題のタイトルは、「Women’s Tennis Association (WTA), and Association of Tennis Professionals (ATP) Expert Group Statement on Nutrition in High-Performance Tennis. Current Evidence to Inform Practical Recommendations and Guide Future Research」。〔Int J Sport Nutr Exerc Metab. 2025 Aug 21:1-38〕
原文はこちら(Human Kinetics)
SNDJ特集「相対的エネルギー不足 REDs」
シリーズ「熱中症を防ぐ」
熱中症・水分補給に関する記事
- オリエンテーリングなど長時間の競技で水分不足を防ぐには、水分補給のタイミングが重要か
- 心血管疾患既往者が暑い季節にも身体活動を続けるための推奨事項を探るスコーピングレビュー
- 暑熱ストレスや脱水、および両者の重複で、長時間運動中の炭水化物利用はどう変化する?
- 大規模スポーツイベント観客の患者数は「体感温度」と関連、気温や湿度が高いほど増加
- 暑熱環境下の持久力パフォーマンス向上に有効なサプリは? ネットワークメタ解析でメントールとタウリンに注目
- 海外遠征ランナーは何に困る? 食品入手・現地の食習慣・水分補給とサプリ・心理的要因が課題
- 6年ぶりの改訂で新たに「身体冷却」を推奨 JSPO『スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック-第6版』
- 今年の6月は過去最高の暑さを記録、熱中症搬送者数は過去最多の1万7,229人 災害級の猛暑が高齢者中心に直撃
- 足裏を-50°Cのアイスパックで冷やすことで、暑熱下の疲労が軽減されパフォーマンスが向上する
- 高校生アスリートの水分摂取量は、一般の1.5〜2倍でも不足の可能性 適切な水分補給指導が必要