暑熱ストレスや脱水、および両者の重複で、長時間運動中の炭水化物利用はどう変化する?
暑熱環境下や脱水が、長時間運動中の呼吸交換比、炭水化物酸化、グリコーゲン利用にどのような影響を及ぼすかを、システマティックレビューとメタ解析で検討した結果が報告された。暑熱環境では炭水化物の利用が高まるものの、脱水の影響は暑熱環境でのみ有意だという。
地球温暖化によるスポーツパフォーマンス低への対策
地球温暖化の影響により、暑熱環境でのスポーツ大会開催が増加している。暑熱環境では、炭水化物代謝が変化し、グリコーゲン利用の増大、炭水化物酸化の増加、乳酸の蓄積が生じ、これらはとくに持久系競技のパフォーマンス低下に関与すると考えられている。また、暑熱環境下での運動では脱水が起こりやすく、脱水もまたエネルギー基質の利用を変化させる可能性が示唆されている。
これらの影響について、今回取り上げる論文の研究背景に述べられているところによると、これまでに2報のナラティブレビュー論文が報告されているにとどまり、システマティックレビューとメタ解析のための優先レポート項目(preferred reporting items for systematic reviews;PRISMA)に準拠したレビューは実施されていないという。これを背景として著者らは、PRISMAに則したシステマティックレビューとメタ解析によって、暑熱環境および脱水が、長時間運動中の炭水化物利用に及ぼす影響を検討した。
5件の研究報告を統合して暑熱と脱水の影響を検討
PubMed/MEDLINE、SportDiscusに2023年12月までに収載された論文を検索し、2024年11月に追加の論文の有無を確認した。包括条件は、暑熱や脱水、またはそれら両者が、長時間(15分以上)の持久運動中の呼吸交換比(respiratory exchange ratio;RER)、炭水化物の酸化、グリコーゲンの利用に及ぼす影響を、18歳以上の成人を対象として検討し、査読のあるジャーナルに掲載された英語による原著論文とした。ヒットした論文の参考文献もハンドサーチで検索した。論文発表の時期は制限しなかった。
一次検索で9,273報がヒットし、重複削除後に2名の研究者が独立して、タイトルと要約に基づくスクリーニングを実施。採否の意見の不一致は3人目の研究者との討議により解決した。251報を全文精査の対象として最終的に51件の研究報告を適格と判断した。
抽出された研究の特徴
51件の研究の参加者は合計502人(女性6%)で、2件の研究は女性のみを対象としていたほか、5件の研究に女性が含まれていた。暑熱環境の影響を検討した研究は29件(57%)で、脱水の影響を検討した研究は23件(45%)だった。また、脱水の影響を検討した研究のうち、11件(48%)は暑熱条件(34.9±3.9℃、相対湿度36.3±10.7%)で実施され、13件(57%)は温暖条件(20.6±5.9℃、相対湿度40.3±9.2%)で実施されていた。1件は、暑熱条件と温暖条件、および脱水条件と非脱水条件で検討されていた。
運動の負荷には自転車、ランニング、傾斜のあるトレッドミルなどが用いられていた。
脱水は暑熱環境下でのみ炭水化物利用に影響を及ぼす
暑熱負荷はRER上昇、炭水化物酸化亢進、グリコーゲン利用増加に関連
暑熱負荷のRERへの影響
暑熱環境が長時間運動中の呼吸交換比(RER)に及ぼす影響を検討した研究は23条件で実施されており、そのうち6条件で、暑熱負荷によりRERが有意に上昇することが示されていた。メタ解析の結果、暑熱負荷によりRERが有意に上昇することが示された(標準化平均差〈SMD〉=0.33〈0.16~0.50〉)。研究間の異質性は中等度だった(I2=27%)。
暑熱負荷の炭水化物の酸化への影響
暑熱環境が長時間運動中の炭水化物の酸化に及ぼす影響を検討した研究は21条件で実施されており、そのうち5条件で、暑熱負荷により炭水化物の酸化が有意に亢進することが示されていた。メタ解析の結果、暑熱負荷により炭水化物の酸化が有意に亢進することが示された(SMD=0.29〈0.08~0.51〉)。研究間の異質性は中等度だった(I2=50%)。
暑熱負荷のグリコーゲン利用への影響
暑熱環境が長時間運動中のグリコーゲン利用に及ぼす影響を検討した研究は9条件で実施されており、そのうち5条件で、暑熱負荷によりグリコーゲン利用が有意に増加することが示されていた。メタ解析の結果、暑熱負荷によりグリコーゲン利用が有意に増加することが示された(SMD=0.78〈0.22~1.34〉)。研究間の異質性は中等度だった(I2=71%)。
脱水による炭水化物利用への影響は暑熱負荷の有無で異なる
脱水のRERへの影響
脱水が長時間運動中のRERに及ぼす影響を検討した研究は24条件で実施されており、そのうち3条件で、脱水によりRERが有意に上昇することが示されていた。メタ解析の結果、脱水によりRERが有意に上昇することが示された(SMD=0.27〈0.12~0.42〉)。研究間の異質性は低かった(I2=13%)。
これを、暑熱負荷の有無別にサブグループ解析した場合、暑熱負荷を加えた場合には脱水によりRERが有意に上昇する一方(SMD=0.37〈0.10~0.64〉、I2=42%)、暑熱負荷を加えない場合は脱水によるRERの有意な上昇は認められなかった(SMD=0.21〈-0.00~0.43〉、I2=0%)。
脱水の炭水化物の酸化への影響
脱水が長時間運動中の炭水化物の酸化に及ぼす影響を検討した研究は17条件で実施されており、そのうち4条件で、脱水により炭水化物の酸化が有意に亢進することが示されていた。メタ解析の結果、脱水により炭水化物の酸化が有意に亢進することが示された(SMD=0.31〈0.11~0.51〉)。研究間の異質性は中等度だった(I2=41%)。
これを、暑熱負荷の有無別にサブグループ解析した場合、暑熱負荷を加えた場合には脱水により炭水化物の酸化が有意に亢進する一方(SMD=0.37〈0.14~0.60〉、I2=17%)、暑熱負荷を加えない場合は脱水による炭水化物の酸化の有意な亢進は認められなかった(SMD=0.27〈-0.14~0.67〉、I2=59%)。
脱水のグリコーゲン利用への影響
脱水が長時間運動中のグリコーゲン利用に及ぼす影響を検討した研究は7条件で実施されており、そのうち2条件で、脱水によりグリコーゲン利用が有意に増加することが示されていた。メタ解析の結果、脱水によりグリコーゲン利用が有意に増加することが示された(SMD=0.62〈0.22~1.03〉)。研究間の異質性は中等度だった(I2=48%)。
これを暑熱負荷の有無別にサブグループ解析した場合、暑熱負荷を加えるか否かにかかわらず、脱水によりグリコーゲン利用が有意に増加することが示されたが、暑熱負荷を加えた1条件の研究では、より大きな影響が認められた。具体的には、暑熱負荷を加えない場合がSMD=0.47(0.14~0.80)であるのに対して(I2=35%)、暑熱負荷を加えた1報の報告はSMD=1.62(0.49~2.75)だった。
暑熱下では脱水回避、非暑熱下では体幹温度を上げない戦略がグリコーゲン温存に働く
これらの結果は、以下の3点に整理される。
- 呼吸交換比(RER)、炭水化物の酸化、グリコーゲンの利用で評価される炭水化物の利用は、暑熱環境では一貫して増加する。
- 脱水は、RER、炭水化物の酸化、グリコーゲンの利用を増加させる。しかし、暑熱環境下とそうでない場合とで分けると、脱水は暑熱環境でのみ、RERと炭水化物の酸化を有意に増加させ、非暑熱環境では脱水による炭水化物利用への有意な影響は認められない。
- これらの結果は、長時間の持久力運動中の暑熱曝露によって炭水化物の利用が亢進し、その一方で脱水の影響は非暑熱環境では明らかでないことを示唆している。
著者らはこのトピックに関する既報文献の考察を加えたうえで、「炭水化物の需要を増やす主な要因は、体幹温度の上昇、とくに筋温の上昇であると考えられる。これらの知見は、とくに暑熱環境でない場合、運動中の炭水化物利用を抑制するための最も重要な戦略が水分補給ではない可能性があることを示唆している。むしろ、長時間のランニングなど、水分摂取の可能性が限られる状況においては、体幹温度を管理するための冷却戦略を実施することが効果的である可能性がある」と結論付けている。
文献情報
原題のタイトルは、「The Effect of Heat Stress and Dehydration on Carbohydrate Use During Endurance Exercise: A Systematic Review and Meta-Analysis」。〔Sports Med. 2025 Aug 20〕
原文はこちら(Springer Nature)
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