心血管疾患既往者が暑い季節にも身体活動を続けるための推奨事項を探るスコーピングレビュー
心血管疾患を有する成人が、暑熱環境下でも身体活動を継続しようとする際の推奨事項を、スコーピングレビューで検討した研究結果が報告された。論文の結論は、「現時点で心血管疾患を有する成人の暑熱環境下での身体活動に関する推奨事項は存在しない」というもので、著者らはこのギャップを埋める必要性を強調している。
地球温暖化が、運動療法が欠かせない人たちのその機会を奪っている
心血管疾患(cardio vascular disease;CVD)の一次予防や二次予防において、身体活動が重要であることは論をまたない。しかし、CVD予防のための身体活動を妨げる因子として近年、地球の温暖化の影響力が急速に増大している。暑熱環境での高体温は、心臓の負荷の上昇、発汗による脱水とそれによる熱中症リスク、および心血管イベントや急性腎障害のリスク上昇を招く。このことから最近では、多くの国の公的機関や医学関連団体が、暑熱環境では運動を控えるようアナウンスをしている。
しかし、それらのアナウンスの大半は、一般の人の熱中症リスク回避を目的とするものであり、CVD既往者に対する何らかの付加的な注意または推奨は含まれていない。その一方で、暑熱負荷による心血管イベントのリスクが上昇する体温の閾値は、熱中症のリスクが高まる閾値よりも低い可能性が指摘されている。例えば、冠動脈疾患を有する患者では、熱曝露による体幹温度がわずか0.5℃上昇するだけで、心筋虚血のリスクが上昇するというデータが報告されている。
これらを背景として、今回取り上げる論文の著者らは、CVD既往者が暑い季節に身体活動を続けるための推奨に関する情報を、スコーピングレビューにより探索した。なお、スコーピングレビューとは、メタ解析などの詳細な検討をするほど十分な研究報告がない、比較的新しいトピックについて、全体像を把握するために行うレビューのこと。
レビューの手法
スコーピングレビューのガイドライン(PRISMA-ScR)に準拠し、MEDLINE、SPORTDiscus、Web of Science Core Collectionの各文献データベースに2024年1月26日までに収載された論文を対象として、「ガイドライン」「身体活動」「高温」などのキーワードで検索を実施。ヒットした文献の参考文献や灰色文献(学術的なジャーナルに正式に発表されていない文献)の検索も行った。
包括基準は、CVD既往のある18歳以上の成人の暑熱環境での身体活動について、身体活動を制限すべき気温、推奨事項を述べている、英語またはフランス語の文献とした。低酸素環境、暑熱馴化、妊婦に関する報告は除外した。
特定した文献の特徴
一次検索で467報がヒットし、重複削除後に3名の研究者がタイトルと要約に基づくスクリーニングを実施。採否の意見の不一致は4人目の研究者との討議により解決した。70報に絞り込み全文精査を行い、最終的に32報を適格と判断した。
32報中15報は、政府の報告書、政策ガイドライン/意見表明などの灰色文献や書籍、専門家の見解/レビューなどだった。全体の59%は北米、22%がオーストラリア発の報告で、欧州とアジア(うち2報は日本)が各9%を占めていた。最も古い報告は1975年であり、2015年以降は毎年1報以上の報告がなされていて、2019~21年には3年間連続で3報が報告されていた。
心血管疾患のある人が安全に身体活動を継続するための推奨事項の策定が必要
32報中24報(75%)の報告は、身体活動を制限すべき温度の閾値を報告していた。また、78%は暑い日の身体活動に特化した内容で、残りの22%は暑い日の日常生活の一般的な推奨事項の一つとして身体活動を取り上げていた
触れられている内容は暑熱に関する事故の予防が最多であり(100%)、症状/有害事象(81%)、暑熱関連の健康リスク因子(56%)、治療法(53%)が続いていた。症状/有害事象について説明している26の報告を詳しくみると、熱中症についてはすべて(100%)が扱っており、その他、熱疲労(92%)、熱けいれん(50%)が頻繁に言及されていた。
CVD既往者の暑熱環境での安全な身体活動のための推奨を述べた報告はない
その一方で、暑熱環境での身体活動に関連する可能性のある健康リスクとして、心血管イベントに言及している報告はみられなかった(0%)。ただ、20報(63%)の報告では、暑い天候での身体活動中または活動後に、特定の集団では健康リスクが高まると述べており、そのうち12報はCVD既往者をそのリスク因子保有者として挙げていた。しかし、それらの報告のいずれも、CVD既往者が暑い時期に安全な身体活動を続けることに特化した推奨事項は示していなかった。
なお、熱中症による健康問題を予防するための最も多く挙げられた推奨事項としては、身体活動を中止するか涼しい時間帯に変更して行うこと(94%)と、十分な水分補給(84%)が挙げられる。
これらのレビューに基づき、論文の結論は以下のように総括されている。
「暑熱期における身体活動に関する既存の推奨事項には、心血管疾患を抱える成人のための具体的な指針が欠けている。既存のガイドラインは、主に運動や職業における労作性熱中症のリスクを最小限に抑えることに重点を置いており、ほとんどの推奨事項は専門家以外が容易に実施できるものではない。今回のレビューは、気候の温暖化が進む状況においても、心血管疾患を抱える成人が安全に身体活動を継続できるよう、実用的な推奨事項を策定することの必要性を浮き彫りにしている」。
文献情報
原題のタイトルは、「A scoping review of recommendations for adults with cardiovascular disease to remain physically active during hot weather」。〔Eur J Prev Cardiol. 2025 Aug 19:zwaf519〕
原文はこちら(Oxford University Press)
シリーズ「熱中症を防ぐ」
熱中症・水分補給に関する記事
- 暑熱ストレスや脱水、および両者の重複で、長時間運動中の炭水化物利用はどう変化する?
- 大規模スポーツイベント観客の患者数は「体感温度」と関連、気温や湿度が高いほど増加
- 暑熱環境下の持久力パフォーマンス向上に有効なサプリは? ネットワークメタ解析でメントールとタウリンに注目
- 海外遠征ランナーは何に困る? 食品入手・現地の食習慣・水分補給とサプリ・心理的要因が課題
- 6年ぶりの改訂で新たに「身体冷却」を推奨 JSPO『スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック-第6版』
- 今年の6月は過去最高の暑さを記録、熱中症搬送者数は過去最多の1万7,229人 災害級の猛暑が高齢者中心に直撃
- 足裏を-50°Cのアイスパックで冷やすことで、暑熱下の疲労が軽減されパフォーマンスが向上する
- 高校生アスリートの水分摂取量は、一般の1.5〜2倍でも不足の可能性 適切な水分補給指導が必要
- 日本人アマチュアゴルファーがラウンド中に経験する労作性熱疲労の関連因子が明らかに
- 気候変動により猛暑日が激増し当たり前の時代に? 文科省・気象庁「日本の気候変動2025」を公表