競泳選手に適した「テーパリング」を探る研究 大会前1週間の疲労回復が最高記録につながる可能性
競泳のパフォーマンス向上につながる可能性のあるテーパリングの方法が報告された。競技会の2~4週間前に比べて競技会直前の1週間に、主観的疲労度がより低くなるようなテーパリングを行った時に、良好な競技パフォーマンスが記録されるという。城西国際大学大学院薬学研究科の酒井健介氏らが、大学競泳選手の主観的疲労度を2シーズンにわたり連日把握し、レース成績との関連を解析した結果であり、「Sports」に論文が掲載された。
競泳選手の最適なテーパリング法を探る
アスリートはパフォーマンス向上のために日常的に高強度のトレーニングを行っているが、試合前の一時期は負荷を減らして蓄積しているストレスや疲労の回復を図ったほうが、良い結果に結びつきやすい。テーパリングと呼ばれるこの手法の重要性は、経験的にはよく知られているが、テーパリングにあてる期間やトレーニング強度をどのように調整すべきかといった研究は少なく、とくに競泳に関しては知見がごく限られている。
酒井氏らはこの点について、大学競泳選手を対象とする観察研究により、最適なテーパリングの方法を探った。
大学競泳選手の回復の程度を2年間毎日評価して競技会の結果との関連を検討
研究参加者は、単一の大学の水泳部に所属する36人で、研究期間は2020年10月~2022年8月の2シーズン(99週間)だった。この間、休日や休息日も含めて毎日、参加者に対して朝5時にその日の疲労度を問うメールを送信。参加者はメール受信後、6時まで(トレーニング日のトレーニング開始時刻が6時のため)にweb上で、その起床時の主観的疲労度を表す「総合的回復感(total quality recovery;TQR)」を回答した。TQRは範囲6〜20点、基準値(本研究においては回答初日:オフ空けの新シーズンが始まるタイミング)を13点とし、よく回復できていると感じるほど高いスコアをつけるという指標。
2シーズンにわたるこの連日の調査への回答率が85%以上(回答欠落が週1日以内)だった22人を解析対象とした。おもな特徴は、年齢19.7±1.8歳、女子6人、競技歴13.9±3.7年で、競技レベルは国際水泳連盟(FINA)ポイントが739±49点であり、Tier2と4が各1人、その他の選手はTier3だった。解析対象レース数は、延べ550レース。
一部の選手は競技会参加前に計画的なテーパリングを行っていたが、多くの選手は非計画的だった。なお、TQRの回答遵守率は97.2±2.2%だった。
レース当日の回復状況を把握する指標
レース当日の主観的疲労度とパフォーマンスに対する影響を把握するため、7日間のTQRの移動平均(rolling averages)である「TQRra」を算出。また、より直近のTQRが強く反映されるように重みづけした移動平均(exponentially weighted moving average)である「TQRewma」も算出した。さらに、個人内の変動の影響を抑制するために、それぞれをzスコアに変換した値でも検討を行った。
これらの指標について、7日間周期の値と14日間周期の値の比、7日間周期と21日間周期の比、7日間周期と28日間周期の比、14日間周期と21日間周期の比、14日間周期と28日間周期の比、21日間周期と28日間周期の比という6種類の値を算出することで、競技会当日の疲労度の変化パターンを把握した。例えば競技会当日の7日間周期のTQRraと14日間周期のTQRraの比の値がより大きいほど、競技会直前の7日間の疲労度はより大きく低下していることを意味する。
これらの値の四分位数で全体を4群に分け、第一四分位群(レース直近の主観的疲労度が回復していない下位4分の1の集団)の競技成績を基準として、他の群の競技成績を比較した。
競技会前の7日間と21~28日前からの疲労度の比の大きさが、シーズン最高記録に関連
観察期間全体では66%、競技会当日でも55%は回復が十分でない状態
観察期間中の1万1,429人・日のTQRスコアの中央値は11(四分位範囲10~13)であり、最頻値は13だった。このうち競技会に参加したのは550人・日であり、TQRスコアの中央値は12(同10~13)だった。回復が十分でないことを示唆するスコア12未満は、観察期間全体では65.9%にみられ、競技日では55.1%に観察された。
また観察期間全体で、TQRスコアとスイム距離(週平均値)との間に有意な負の相関が認められた(ρ=-0.601、p<0.001)。
競技会当日のTQRが高いほどシーズン最高記録が出やすい
競技に参加した550人・日のうち174人・日(31.6%)で、当該選手のシーズン最高タイムが記録されていた。
競技会当日のTQRの第一四分位群(主観的疲労度が回復していない4分の1の集団)を基準としてシーズン最高記録が出るオッズ比(OR)を求めると、第3四分位群はOR:2.22(95%CI;1.28~3.30)、第4四分位群はOR:3.13(同1.84~5.30)であり、当日のTQRが高いほど(主観的疲労感が回復されているほど)シーズン最高記録が出やすいという、有意な関連のあることがわかった(傾向性p<0.001)。
競技会前7日間の疲労の十分な回復と、それ以前の高強度負荷の実施が重要な可能性
次に、本研究の主題であるテーパリングとの関連をみるために、前記の6通りのTQRraの比との関連を検討。すると、競技会当日の7日間周期の値と14日間周期の値の比(傾向性p=0.037)、および、7日間周期の値と28日間周期の値の比(傾向性p=0.019)において、その値が大きいほどシーズン最高記録が出やすいという、有意な関連のあることがわかった。
続いて同様の手法でTQRewmaの比との関連をみると、前記の6通りすべてにおいて、オッズ比2以上の有意な傾向性が認められた。最高のオッズ比は、競技会当日7日間周期の値と21日間周期の値の比の第4四分位群であり(OR:2.62〈95%CI;1.56~4.41〉)、次いで7日間周期の値と28日間周期の値の比の第4四分位群だった(OR:2.48〈同1.47~4.19〉)。
なお、zスコアに換算した値の解析からも、ほぼ同様の結果が得られた。
以上一連の結果を基に著者らは、「競技会当日の良好な回復状態は、パフォーマンス向上と関連していた。さらに、直近7日間の主観的被労度を、2~4週間前との比較でより低下させることで、レースパフォーマンスをさらに向上させられる可能性がある」と結論づけている。
文献情報
原題のタイトルは、「Relationship Between the Total Quality Recovery Scale and Race Performance in Competitive College Swimmers over Two Seasons」。〔Sports (Basel). 2025 Apr 30;13(5):139〕
原文はこちら(MDPI)