QOLを下げずに長続きする減塩 臨床試験に基づく「L-グルタミン酸」の可能性のレビュー
誰もが必要性を理解していながら、誰もが実践に苦労している“減塩”。そのような減塩生活の障壁解決に近づく一つの手法として提案されている、食塩をうま味物質である「L-グルタミン酸*」に変えることの有用性について、これまでの臨床試験をレビューした総説が報告された。神奈川工科大学元客員教授の松本英希氏らの論文であり、「Nutrients」に掲載された。要旨を紹介する。
*:「L-グルタミン酸」とは、L-グルタミン酸およびその塩(Na, K, Mg, NH4等)を含む。
塩味をうま味に置き換える減塩対策
塩化ナトリウム(NaCl)としての食塩は、食品の嗜好性の向上、風味付け、そして保存目的で広く使われている。NaClの過剰摂取は高血圧および心腎疾患のリスク因子であり、日本を含む多くの国で国民の摂取量を削減するための公衆衛生対策が、古くから行われてきている。それにもかかわらず、多くの国の平均摂取量が、世界保健機関(WHO)や各国の行政機関、医学会の推奨上限値を超過している。
減塩の手段として、食塩含有量の高い食品の摂取を控えるという指導がよくなされるが、摂取量の抑制はエネルギーやタンパク質の不足につながりやすく、高血圧リスクの高い高齢者集団では低栄養などの問題を生じやすい。また、単に食塩の使用を減らしただけでは、食生活が味気ないものとなり、QOLが低下してしまうこともある。それに対して、塩味を酸味(例えば柑橘類など)や辛味(スパイスなど)で代替したり、食感を工夫したりするといった手法が提案されており、それらと同様にうま味を用いるという手法の有用性も検討されてきている。
食べものの「おいしさ」に大切な塩味とうま味
食品の「味」を規定するパラメーターとして、「基本五味」と呼ばれる五つの存在が知られている。つまり、甘味(sweet)、酸味(sour)、塩味(salty)、苦味(bitter)、うま味(umami)である。これらのうち、食品の「おいしさ」にとってより重要なパラメーターは、塩味とうま味が中心的な役割を担うと考えられている。
塩味を示す物質は、海水や岩塩に含まれている塩化ナトリウム(NaCl)、つまり食塩がその代表である。食塩は舌の表面の味蕾の受容体を介して脳に情報が送られ、塩味として認識される。また体内に吸収された後は浸透圧やミネラルバランスの維持に使われる。
一方、うま味を呈する物質として、アミノ酸であるL-グルタミン酸や、核酸由来の化合物(ヌクレオチド)であるイノシン酸、グアニル酸、アデニル酸などが該当する。食塩と同様にこれらのうま味を呈する物質は、舌の表面の味蕾の受容体を介して脳に情報が送られ、うま味として認識される。
これらのうちL-グルタミン酸はさまざまな食品中に存在し、エネルギー基質として利用されたり代謝にかかわったりするほかに、唾液や胃内の消化液の分泌促進などの生理反応を引き起こす。L-グルタミン酸は1908年に日本でうま味を呈する物質として同定され、以来1世紀以上にわたり、調味料として利用されてきている。
うま味を生かした減塩に関する臨床研究
食塩をL-グルタミン酸に置き換えることにより、食品のおいしさを損なわずにNaCl摂取量を減らせることを示した臨床研究の結果が、国内外から発表されてきている。例えば、NaClの濃度を0.7%から0.4%に下げると嗜好性は有意に低下するが、うま味物質として0.38%のL-グルタミン酸を加えると、NaCl濃度0.7%と同等の嗜好性になるといったことが示されている。
さらに、この手法が長期間継続可能であることのエビデンスも蓄積されてきている。つまり、食塩をL-グルタミン酸に置き換えても摂取エネルギー量は長期間にわたり変化しないこと、かつ、QOLの指標として評価したストレスマーカーが変化しないことなどが報告されている。
一例を挙げると、血圧高値に該当する42人(61.8±1.0歳、女性45.2%)を対象とする無作為化クロスオーバー試験の結果が昨年、海外から報告された。その研究では、全員に対して減塩教育を行ったうえで、L-グルタミン酸の使用を制限しない条件と、L-グルタミン酸の使用をできるだけ控えるという条件のもと、それぞれ6週間にわたり尿中ナトリウム排泄量や血圧の変化を評価した。
その結果、L-グルタミン酸の使用を制限しない条件では、3日間連続の24時間尿中ナトリウム排泄量(発汗等による喪失分を除いた食塩摂取量に相当する)が46.3%減少したのに対して、使用を制限する条件では21.7%の減少にとどまり、L-グルタミン酸の使用量が大きいほど食塩摂取量が減るという関係が示された。かつ、L-グルタミン酸の使用を制限しない条件のみ、収縮期血圧が有意に低下し、6週経過時点で収縮期血圧に有意な条件間差が生じていた。そして介入期間中のストレスマーカーに有意差はなかった。
うま味物質を活用した減塩を人々の健康に役立てるために、さらなる研究が求められる
減塩は人々の健康に有益であることは広く認識されている。しかし、QOLを損なうことなく長期間、減塩生活を維持するのは難しいと報告されている。それに対してL-グルタミン酸を食塩の代替として用いることで、食事のおいしさとQOLを低下させることなく、減塩を長続きさせられる可能性がある。そのことで、世界的な社会課題とも言うべき、食塩の過剰摂取という問題の解決につながることも想定される。
ただし、エビデンスレベルの高い大規模な無作為化比較試験の報告は依然として不足している。血圧管理や心血管アウトカムへの有意な影響を検証するためには、長期にわたり24時間蓄尿を繰り返す必要があるなど、研究上の多くのハードルが存在するが、L-グルタミン酸の有用性のエビデンス確立のために、さらなる精力的な研究が必要とされる。それらの研究の進展とともに、うま味を活用した減塩習慣が人々の生活に根付いていき、健康に貢献することが期待される。
文献情報
原題のタイトルは、「The Role of L-Glutamate as an Umami Substance for the Reduction of Salt Consumption: Lessons from Clinical Trials」。〔Nutrients. 2025 May 15;17(10):1684〕
原文はこちら(MDPI)