アスリートは料理をするのか? スポーツ栄養実践のための調理技術に関するスコーピングレビュー
「Do Athletes Cook?」(アスリートは料理をするのか?)というタイトルの論文が発表された。英国とアイルランドの研究者によるもので、著者らは「アスリート対象の調理栄養学(culinary nutrition)に関する初のスコーピングレビュー」だとしている。
スポーツ栄養の実践にはアスリート本人の調理技術も必要
「栄養」が疾患のリスクを左右することは古くから広く認識されており、さまざまな疾患の治療や予防のために栄養介入が行われている。しかし、対象者本人がある程度、調理経験をもっていなければ、どのような食品をどのくらい摂取すべきかを伝えても実効性のある栄養指導が困難なことが少なくない。これは、対象がアスリートであるスポーツ栄養についても同様と言える。
その一方で、家庭内で調理をする機会は世界的に減少してきている。そのため、従来の栄養指導に加えて調理技術も含めた指導を行う必要性が指摘されており、「調理栄養学(culinary nutrition)」または「調理医学(culinary medicine)」と呼ばれる新たな研究領域が生まれつつある。しかしこの研究領域はまだ黎明期というべき段階であるため、研究の方法論・デザイン、評価指標などが確立されていない。
疾患の治療や予防と同様に、アスリートのパフォーマンス向上にとっても栄養は重要であり、調理栄養学はスポーツ栄養においても遠からず必須の研究領域となると予測される。このような現状を背景として、今回取り上げる論文の著者らは、スポーツ領域での調理栄養学に関するスコーピングレビューを行った。なお、スコーピングレビューとは、メタ解析などの定量的な検討をするほど十分な研究報告がない、比較的新しいトピックについて、全体像を把握するために行う定性的なレビューのこと。
文献検索の手法
スコーピングレビューのためのガイドライン(PRISMA-ScR)に準拠し、Medline、Embase、Web of Science、ERIC、PsycInfoという五つの文献データベースを用いた検索を2023年3月に実施。検索キーワードとして、調理栄養学、調理スキル、アスリートなどを設定した。包括基準は、ヒトを対象に実施された一次研究で、査読システムのあるジャーナルに英語で発表されている論文。研究参加アスリートの年齢、性別、競技/種目、および研究デザインは制限しなかった。除外基準は、レビュー論文、査読を受けていない論文、プロトコル論文などとした。
一次検索で3万1,845報がヒットし、重複削除後の2万6,681報を2名の研究者がスクリーニングを行い、13報を全文精査の対象とし、最終的に7件の研究報告を適格と判定した。
研究報告の特徴
7件の研究報告のうち、定量的研究は5件で、1件は無作為化比較試験として実施されていた。研究対象は、4件は複数の競技のアスリート、その他は単一の競技アスリートであり、性別に関しては男性が多かった。米国での研究が3件であり、その他、英国、カナダ、オーストラリア、アイルランドから報告されていた。
評価項目については、2件の研究で調理に関する自信・自己効力感、準備スキルが調査され、ほかには栄養知識に関するアウトカムが報告されていた。
抽出された四つのテーマ
7件の報告の定性的な解析により、(1)栄養知識の役割、(2)食事摂取とパフォーマンスの関係、(3)スキル開発、自立、健康的な食生活のための調理、(4)行動の心理学的・理論的基盤――という四つのテーマが抽出された。これらのうち(1)~(3)について一部を抜粋して紹介する。
(1)栄養知識の役割
栄養教育と料理ワークショップによる栄養知識の有意な向上が報告されていた。2件の研究では、介入直後に栄養知識が10%増加し、さらに1件の研究では2カ月後の追跡調査でも有意な効果が観察されていた。ただし、異なるアスリート集団を対象とする大規模なサンプルでの、精度検証された指標での研究は不足していた。精度検証済みのスポーツ栄養質問票を用いた研究は1件のみだった。
(2)食事摂取とパフォーマンスの関係
アスリートに対する料理・調理へ介入する最大の目的は、運動パフォーマンスの向上にある。この点について、調理介入を行った2件の研究では、介入後のパフォーマンスは有意に変化しなかったと報告している。ただし、1件の研究では、パフォーマンス上有利と考えられる食事を摂る確率が3倍高くなったと報告されていた。このテーマに関する研究の限界点は、長期追跡研究が不足していること、および、パフォーマンスの変化を評価するための標準化されたツールが確立されていないことである。
(3)スキル開発、自立、健康的な食生活のための調理
抽出された7件の研究すべてにおいて、介入内容に調理の要素が含まれていた。ある研究では、アスリートが適切な調理スキルを持つことで、自立性が向上するとしていた。同じ研究で、栄養士やコーチは、主にスポーツ団体やクラブが食事を提供しない状況において、アスリートの適切な調理スキルの重要性を強調していた。このような点は、大学の寮や両親と同居している参加者でより顕著に認められた。
別の研究では、健康的な食品を調理するための知識とスキルの欠如が、実際に摂取している食事の質の低さと相関する(p=0.009)としていた。また、4週間にわたる調理介入によって、すべてのアスリートが調理上の安心を得て、調理のトピックに興味を示したとする報告もみられた。ただし、大半の研究は調理介入の手法を詳細に記しておらず、再現性の検証が不能だった。
調理栄養学は、アスリートが社会のロールモデルとなり得る新しい研究領域
これらの考察に基づき、論文の結論は以下のようにまとめられている。
「全体として、この領域のエビデンスは限られており、不均一で、質が低いと言わざるを得ない。今後の調理栄養学の推奨事項としては、明確な理論的枠組みを用いた適切に設計された研究の実施と、この新興研究分野を強化するための検証済みの効果評価手法の開発が挙げられる。学際的なアプローチと強力な研究デザインを活用することで、調理介入は、あらゆる年齢層や競技レベルのアスリートの栄養知識、食品の準備と調理技術、食事摂取量、パフォーマンスに好影響を与え、アスリートに栄養に関する自主性を与える可能性がある。さらに、アスリートが社会のロールモデルとなるためには、彼らの料理スキルを理解し、向上させることが不可欠であり、それによって健康的な料理行動を実践できるようになる」。
文献情報
原題のタイトルは、「Do Athletes Cook? A Systematic Scoping Review of Culinary Nutrition in Athletes」。〔Nutr Bull. 2025 May 7〕
原文はこちら(John Wiley & Sons)