持久系アスリートの「お腹の悩み」に着目した消化器機能と腸内細菌叢のレビュー
持久系アスリートが記録向上を目指す際に、クリアしなければならない障壁となることの多い消化器症状と、腸内細菌叢との関連に関するレビュー論文が、「Frontiers in Physiology」に掲載された。同誌の特集「マラソンの生理学的側面(Physiological Aspects of Marathon Running)」の招待論文であり、著者は(株)アシックス スポーツ工学研究所の角大地氏と順天堂大学スポーツ健康科学部の鈴木良雄氏。要旨を紹介する。
イントロダクション:消化管と腸内細菌から持久系パフォーマンスを考える
持久系アスリートのパフォーマンスに関する研究は古くから、骨格筋や呼吸・循環、血管機能、エネルギー代謝などに焦点をあてて行われてきている。それらに加えて近年では、消化管の役割、とくに「消化管損傷」と「腸内細菌叢」が重点な研究トピックとなってきている。実際、持久系アスリートの3~7割が下痢や腹痛など、主として下部消化管に関連する症状を経験すると報告されている。
消化管は栄養素の吸収と有害物質の侵入を防ぐバリアという、相反する機能を同時に果たす必要がある。そして長時間の運動はその両者を阻害する。その結果、消化管機能をより低下させたり、エンドトキシンなどの有害な代謝物が循環系に侵入することで全身炎症を惹起したりする。また、摂取した栄養素の消化吸収速度の低下は、体内のグリコーゲン量および筋タンパク質の再合成に悪影響を及ぼすかもしれない。
ヒトの腸管には数百種類、100兆個といわれる細菌が生息し、細菌叢を構成している。その細菌叢の構成が、アスリートと非アスリートで異なることや、持久力と関連することが報告されてきている。ただしそれらの研究は、結果の一貫性が十分でないこともしばしば指摘される。
これらを背景として、このレビュー論文は2024年12月24日までに報告された研究結果を基に、持久系スポーツと消化管機能、腸内細菌叢の役割などが総括されている。
持久系スポーツと消化管機能
消化管のダメージ
運動中は血流の配分が骨格筋優先となるため、相対的に消化管の血流は減少する。この消化管での組織低灌流により局所の低酸素症と酸化ストレスが上昇して消化管のダメージが増大し、高強度の運動や長時間の運動ほどそのダメージが大きくなると報告されている。
運動内容以外に消化管のダメージを増大させる要因として、脱水や環境ストレス(低酸素環境や暑熱環境)も挙げられる。例えば脱水に関しては、2時間のランニング中に体重が3.1%低下した場合、0.6%の低下に比べて、腸粘膜傷害のマーカーであるI-FABP(intestinal fatty acid-binding protein)が有意に上昇したとする報告がみられる。
運動による消化管のダメージを軽減する戦略
運動による消化管のダメージを抑制する戦略としては、おもに栄養介入の効果が検討されてきている。
2週間のウシ初乳の摂取、運動前のグルタミン摂取と4週間のプロバイオティクス摂取などの有効性を示唆する報告があるが、一貫性は十分でない。主要栄養素に関しては、十分なエネルギー補給が腸管の血流を増加させてダメージを抑制するという考え方がある。ただし、運動前の摂取、とくにゲル状のブドウ糖の摂取は、それ自体が消化器症状を引き起こすこともある。
エネルギーを有さない低温の水の摂取の可能性も模索されている。その機序は、冷水の摂取によって深部体温が低下し、熱放散のための皮膚血流増大が抑制され、消化管の血流が相対的に増加するというものだ。また、運動中に着圧の強いソックスを履くことで静脈還流を増加させ、消化管の血流低下を防ぎ、消化管の損傷を軽減させるという手法も検討されている。
これらの研究はいずれも研究デザインにより結果が異なり、さらなる検討が必要な状況と言える。
腸内細菌叢の役割
持久系アスリートの腸内細菌叢
長時間の持久系競技では、それが1回であっても腸内細菌叢に変化をもたらし得る。例えば世界クラスの男性ウルトラマラソン選手を対象とする研究では、163kmのレース前後で細菌叢の組成に変化が生じていたという報告がある。
同様に、反復される習慣的なトレーニングも細菌叢の組成を変化させると考えられる。ただし、これらの研究の結果は一貫性が十分でなく、行っている競技の種類によっても影響が異なることが示唆されている。
さらに重要な側面として、そもそも腸内細菌叢は人種/民族、生活環境、食習慣等による差異が小さくないことが挙げられる。
腸内細菌叢と持久力
腸内細菌は食物繊維を資化し短鎖脂肪酸(short-chain fatty acid;SCFA)を生み出す。この短鎖脂肪酸が種々の健康効果をもたらし、また肝臓と筋肉の重要なエネルギー基質として働く。この点に関連して最近、インパクトのある研究結果が二つ報告された。
その一つは長距離ランナーの糞便から分離した短鎖脂肪酸産生菌をマウスに移植したところ持久力が向上し、かつマウスの大腸に短鎖脂肪酸の一種であるプロピオン酸を注入することでも持久力が向上したというものだ。二つ目は国内発の報告で、日本人長距離ランナーには特定の腸内細菌が多く認められ、その豊富さが3000m走のタイムと相関すること、さらに環状オリゴ糖の一種であるα-シクロデキストリンを用いた無作為化比較試験により、10kmのサイクリングタイムが向上し、これに短鎖脂肪酸であるプロピオン酸と酢酸の増加が関与しているとする報告である。ただ、短鎖脂肪酸がエネルギー基質として利用されることが重要なのか、あるいは生理学的反応のシグナルとして機能することが重要であるのかなどの疑問はまだ解明されていない。
このほか、出版バイアスの存在が指摘されるものの、さまざまなプロバイオティクスの持久系パフォーマンスへの有用性を示唆する研究が多い。
今後の研究課題
腸内細菌叢を持久系パフォーマンス向上に役立てるための戦略を、現時点で明確に示すことは困難である。とはいえ、今後探求すべき課題も絞られてきている。例えば、「短鎖脂肪酸はエネルギー源として重要なのか、それとも生理機能を変化させるシグナル伝達物質として重要なのか?」、「腸内細菌のより詳細な代謝経路と代謝産物の探求、およびそれらの特異性」、「食習慣、民族、生活環境などの交絡因子を考慮した、運動に伴うエンテロタイプの変化」などである。
これらが明らかになるにつれて、持久系アスリートの消化管機能の最適化を図り、パフォーマンス向上を目的とした腸内細菌叢へのアプローチが可能になっていくだろう。
文献情報
原題のタイトルは、「Gastrointestinal function and microbiota in endurance athletes」。〔Front Physiol. 2025 May 14:16:1551284〕
原文はこちら(Frontiers Media)