位相角によりサルコペニアだけでなく軽度認知障害(MCI)のリスクをも早期に検出可能
生体電気インピーダンス法で測定でき、細胞の生理的機能や栄養状態の指標として位置づけられている位相角が、サルコペニアに加え認知機能障害の早期リスクマーカーとなり得る可能性が報告された。国立長寿医療研究センターの浅原哲子氏、同志社大学の石井好二郎氏、健康科学大学の田中将志氏らによる研究の結果であり、「Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle」に論文が掲載された。
一般集団におけるサルコペニアと軽度認知障害の早期マーカーを探る研究
人口の高齢化を背景として、サルコペニアおよび軽度認知障害の早期発見と早期介入が、重要な社会的課題となっている。またこれまでの研究で、サルコペニアと認知症は併存しやすく相互に影響を及ぼしやすいことが示されている。しかし、それらのリスクのある人を、効率よく特定可能なマーカーは見つかっていない。
一方、位相角(phase angle;PhA)は生体電気インピーダンス法により比較的容易に測定可能なパラメータの一つで、細胞の栄養状態や細胞膜機能、筋肉の質、体液の分布などが反映される指標であって、サルコペニアの新規マーカーである可能性も示されてきている。先行研究の中には、サルコペニアの判定項目に含まれている握力よりも、位相角のほうがサルコペニア判定に対する感度が高いとするものもある。さらに、骨格筋量の減少が認知症リスクと関連のあることから、サルコペニアのマーカーの中に、認知症のリスク判定に応用できる指標が存在する可能性もある。
以上の理論的背景に基づき著者らは、サルコペニアや軽度認知障害(mild cognitive impairment;MCI)の早期マーカーを探ることを意図し、高齢者に偏らない一般集団を対象とする横断研究により、位相角等のリスク判定能を検討した。
位相角はとくに女性において認知機能と関連している
解析対象は、2022年8~11月に武田病院健診センターの人間ドックを受診した40歳以上の成人263人。主な特徴は、年齢中央値59歳(四分位範囲51~69歳)、男性62.0%、BMI 22.7(同21.0~24.9)、骨格筋量指数(skeletal muscle mass index;SMI)7.5±1.0、握力32.2±9.6 kg、位相角5.2±0.8°など。性別で比較すると、年齢には有意差がないが、その他の指標は男性のほうが有意に高値だった。
認知機能の評価には、モントリオール認知機能評価日本語版(MoCA-J)を用いた。MoCA-Jは注意や記憶、遂行など6領域の認知機能を評価する30点満点の指標であり、スコアが高いほど認知機能が良好と判定する。本研究の対象者の中央値は27(25~28)であり、26点未満を軽度認知障害(MCI)とすると31.2%が該当した。
なお、サルコペニアの判定に関して、先行研究では位相角の判定基準も提案されているが(男性4.1°、女性3.6°)、一般集団における早期マーカーを探索するという本研究の意図からこれを用いず、位相角を含む前記の各指標とMCIとの関連が検討された。
女性では年齢調整後も、位相角が高い群でMCIが有意に少ない
ロジスティック回帰分析の結果、粗モデルでは位相角のみMCIとの有意な負の関連が認められ、位相角が中央値以上の群ではMCIが少なかった(オッズ比〈OR〉0.68〈95% CI;0.48~0.97〉)。性別を調整した解析では、位相角のほかに、骨格筋量指数(SMI)や握力もMCIと有意な負の関連が認められた。ただし、性別に年齢を加えて調整すると、位相角も含めてすべて有意性が消失した。
男性と女性を個別に解析した結果、男性では年齢を調整後にMCIとの関連がすべて非有意だった。一方、女性では年齢未調整段階で位相角(OR 0.16〈0.06~0.43〉)およびSMI(OR 0.89〈0.80~0.99〉)が有意な負の関連因子であり、年齢調整後には位相角のみでこの関連は有意だった(OR 0.28〈0.10~0.78〉)。
女性は位相角が高値であるほど、MoCA-Jスコアが高い
続いて、位相角とMoCA-Jのスコアとの関連を検討。その結果、粗モデル(β=0.15、p=0.015)、および性別調整モデル(β=0.30、p<0.001)において、位相角が高いほどMoCA-Jスコアが高いという、有意な正相関が認められた。ただし、調整因子に年齢を加えると、これらの有意性は消失した。
男性と女性それぞれで解析した場合、男性では全体解析と同様に、年齢未調整では有意なものの(β=0.19、p=0.015)、年齢を調整すると非有意となった。対照的に女性の場合、年齢未調整モデル(β=0.40、p<0.001)で有意、かつ年齢調整モデルでも有意であり(β=0.27、p=0.005)、位相角が高値であるほど認知機能が高いという関連がみられた。
位相角はMoCA-Jの下位尺度のスコアとも正相関
続いて、MoCA-Jの下位尺度のスコアと、位相角との関連が検討された。
その結果、男性では位相角が高値であるほど記憶スコアが高いという相関が認められた(r=0.24、p=0.002)。さらに女性では、記憶(r=0.22、p=0.031)、言語(r=0.24、p=0.015)、実行(r=0.37、p<0.001)、注意(r=0.33、p<0.001)の各スコアと有意な正相関が示された。
位相角は一般集団のサルコペニアと認知症リスクを特定可能な新しい潜在的マーカー
著者らは本研究を「一般集団、とくに女性において位相角が認知機能低下の早期マーカーになり得ることを示した初の研究」としている。限界点として、横断研究であり因果関係は不明なこと、サンプルサイズが十分でないこと、位相角または認知機能に影響を及ぼし得る因子(マイオカイン〈筋肉由来のサイトカイン〉や性ホルモンなど)を測定していないことなどを挙げたうえで、「本研究から得られた知見は、一般生活者のサルコペニアとMCIの早期発見とそれらの予防という、新たな公衆衛生戦略に役立つのではないか」と述べている。
なお、位相角が認知機能と関連するメカニズムについては、位相角が低値であることは細胞内液の喪失や細胞機能の低下を意味し、またマイオカインの一種でアルツハイマー病での分泌低下が報告されているイリシン産生力の低下を反映している可能性があることなどの考察を加えている。
文献情報
原題のタイトルは、「Phase Angle Is a Potential Novel Early Marker for Sarcopenia and Cognitive Impairment in the General Population」。〔J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2025 Jun;16(3):e13820〕
原文はこちら(John Wiley & Sons)