第5回「クレアチン摂取によるメンタルパフォーマンスの向上」
サプリメントを安全かつ効果的に活用するには、サプリメントに関する正しい知識が不可欠です。本シリーズでは、スポーツサプリメントの代表格であるクレアチンについて、エビデンスに基づいた情報を取りまとめ、テーマ別にご紹介いたします。
近年、クレアチンの研究テーマとして脳機能への効果が注目を集めております。第5回目は、クレアチン研究の第一人者であるラルフ・イェーガー博士らに、この最前線の研究テーマについて執筆頂きました。
クレアチンの摂取が運動パフォーマンスを高めることは既に多くの文献から知られているが、アスリートのメンタルパフォーマンスや脳の健康への効果を示した文献も増えてきている1)。 メンタルパフォーマンスとはヒトの意識的・無意識的なメンタル面での活動能力であり、アスリートの運動パフォーマンスに影響を与える要素の一つである。
たとえば急性ストレッサー(例:酸素不足、睡眠不足、過酷なトレーニング等)や特定の慢性的要因(例:軽度の脳外傷、老化等)によりメンタルパフォーマンスは低下する可能性があるが、この改善にクレアチン摂取が関与する可能性がある。
ヒトの脳は体重の約2%を占めているに過ぎない一方、ヒトが消費する総エネルギー量の20%は脳で用いられている。クレアチンはエネルギー供給と神経保護の観点から脳において非常に重要な成分であり、脳の様々な部位をサポートし得る。
なお、ビーガンやベジタリアンは筋肉中のクレアチン量が非常に低いものの、脳内のクレアチンリン酸濃度は通常の食事をしている人とほぼ同じだった2)。つまり、脳内のクレアチン量は食習慣には左右されないようである。
クレアチンの脳内量はサプリメントの摂取により約10%まで増加
クレアチンをサプリメントとして摂取(20g/日を5日間あるいは3g/日を28日間)することで、骨格筋内のクレアチンとクレアチンリン酸量が増える。それにより、クレアチンリン酸系(PCr系)に依存する高負荷トレーニングのパフォーマンスが高まる。
クレアチン摂取は、最高パワー/強度(5–15%)、最大筋肉収縮時の運動量(5–15%)、単回スプリントパフォーマンス(1–5%)、反復スプリントパフォーマンス中の運動量(5–15%)や除脂肪体重に影響を与える。
脳内のクレアチン量については、クレアチン摂取により約10%まで増える。( ただし、その研究結果はさまざまである。総クレアチン量は3.1~14.6%増え、クレアチンリン酸量の変化は-3.1~9.1%だったという報告がある1)。 )
脳内のクレアチン増加量(~10%)は、筋肉中のクレアチン増加量(20~40%)に比べて少ない。これは脳関門におけるクレアチントランスポーターが制限されていることや、脳でクレアチンを合成する能力が限られていることによると思われる。
脳内のクレアチンを最適に増やすための摂取方法はまだ確立されていない。しかしながら、クレアチン摂取とメンタルパフォーマンス改善の関係を示す一例として、日本人を対象にした試験では、クレアチン摂取により計算を続けた際の精神的疲労が抑制されたことが示された3)。
クレアチンが睡眠不足によるパフォーマンス低下を予防
睡眠不足はアスリートのパフォーマンスにマイナスの影響を与えるが、クレアチンの摂取がラグビー選手の睡眠不足によるパフォーマンス低下を予防した事が次の試験で示された。
試験内容:
- 10名のエリートラグビー選手を対象に、ラグビーのパスパフォーマンスのテストを10回実施。
- 各テストの1時間半前に選手はプラセボか、体重当り50mg/kgまたは100mg/kgのクレアチンを摂取4)。
- 選手は全10回中5回のテストにおいては7~9時間の睡眠を取り(十分な睡眠時間を確保)、他の5回のテストにおいては3~5時間しか睡眠を取らなかった(睡眠不足の状態にした)。
試験結果:
プラセボ群では睡眠不足によりラグビーのパスパフォーマンスの低下が見られたが、クレアチン摂取群ではこれが予防された。
また睡眠不足でない時でも、クレアチン摂取群はプラセボ群と比較しパフォーマンスが向上した。
図1 クレアチン摂取はラグビー選手の睡眠不足によるパスパフォーマンスの低下を予防する4)
この他にも最近、トレーニングにより疲労したムエタイ選手を対象とした試験では、クレアチンの摂取(3 g/日を28日間)が認知機能に少ないもののプラスの効果(例:情報処理スピードや遂行機能の向上)をもたらすことが示された5)。
またサッカー選手を対象とした試験では、クレアチンの摂取が機敏に走る能力(ドリブル・スプリントのタイム)を改善した。
しかしながら、このようにクレアチンの摂取がストレス下での特定のスポーツスキルを改善した一方で、サッカーのシュートの正確性については改善を見せなかったという報告もある6,7)。
まとめ
- クレアチン摂取は脳のクレアチン量とメンタルパフォーマンスを高めることが示されている。(しかしながら研究結果は一律ではない。この違いは認識力テストの内容、摂取方法、被験者属性、ストレスレベルなどによるものと考えられる。)
- クレアチン摂取によるメンタルパフォーマンスへの効果は、ストレスを受けている際(例:酸素不足、睡眠不足、過酷なトレーニング等)に特に発揮されると思われる。
著 者
参考文献
- 1) E. Dolan, et al. Beyond muscle: the effects of creatine supplementation on brain creatine, cognitive processing, and traumatic brain injury. Eur J Sport Sci 2019, 19:1-14.
- 2) M.Y. Solis, et al. Brain creatine depletion in vegetarians? A cross-sectional 1H-magnetic resonance spectroscopy (1H-MRS) study. Br. J. Nutr. 2013, 111:1272–1274.
- 3) A. Watanabe, et al. Effects of creatine on mental fatigue and cerebral hemoglobin oxygenation. Neurosci Res 2002, 42: 279-285
- 4) C.J. Cook, et al. Skill execution and sleep deprivation: effects of acute caffeine or creatine supplementation - a randomized placebo-controlled trial. Soc Sports Nutr 2011, 8:2.
- 5) L.A.M. Pires, et al. Creatine supplementation on cognitive performance following exercise in female Muay Thai athletes. NeuroSports: 2020, 1:6.
- 6) G. Cox, et al. Acute creatine supplementation and performance during a field test simulating match play in elite female soccer players. Int J Sport Nutr Exerc Metab 2002, 12(1):33-46.
- 7) M. Hamid, et al. Effect of Creatine Supplementation on Sprint and Skill Performance in Young Soccer Players. Middle East J. Sci. Res. 2011, 12(3):397-401.
- 8) L.A.M. Pires, et al. Creatine supplementation on cognitive performance following exercise in female Muay Thai athletes. NeuroSports: 2020, 1:6.
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