新型コロナ感染後の心臓への影響はない可能性 オランダでトップアスリート259人を2年間追跡
重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)、つまり新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルスに感染した場合、心臓に影響が生じ得ることが知られている。アスリートではその影響がスポーツ再開の安全性に関する懸念として存在している。しかし、そのような懸念を払拭する研究結果がオランダから報告された。同国のトップレベルの新型コロナウイルス感染後のアスリートを長期間追跡した結果、非感染アスリートと検査所見に有意差は認められなかったという。
オランダのトップアスリート259人を2年以上追跡
活動性のある心筋炎はスポーツの絶対的禁忌とされる。新型コロナウイルス感染に伴い活動性心筋炎が生じ、新型コロナウイルス急性期以降も持続する症例のあることが、パンデミックの比較的早い段階から報告されていた。この点は、新型コロナウイルスに感染したアスリートのスポーツへの復帰に際して、大きな懸念となっている。
この臨床的な疑問に答えるため、複数の研究が行われてきているが、その多くは横断的デザインであったり、対象が必ずしも高強度運動を行うトップアスリートでなかったりするといった、解釈上の制限が存在していた。これに対して今回紹介する論文の研究では、オランダでトップレベルの活動をしているアスリートを対象に、2年以上にわたる長期追跡研究を実施した。
解析対象アスリートの特徴と新型コロナウイルス感染者の急性期症状
2019年5月~2022年11月に259人のアスリートが研究参加登録された。全員16歳以上で、オリンピック、パラリンピックの候補選手またはプロとして活動しており、週に10時間以上トレーニングを行っているアスリート。新型コロナウイルス感染の有無は本人の自己報告とPCR検査または抗体検査により判定。123人が新型コロナウイルス感染の既往あり、136人は感染の既往なしだった。
既往あり群の新型コロナウイルス罹患時の急性期の症状は、無症候感染が24人(19.5%)、症候性だが心血管系の症状はなし(呼吸器また消化器症状等のみ)が88人(71.5%)、症候性で心血管系の症状(失神や動悸、胸痛など)がみられた群が11人(8.9%)だった。
心臓への影響の有無や程度は、高感度トロポニンT、脳性ナトリウム利尿ペプチド(NT-proBNP)、クレアチンホスホキナーゼMB(CK-MB)、C反応性蛋白(CRP)、24時間ホルター心電図、心血管核磁気共鳴法(CMR)などで評価した。心電図所見については、2人の研究者(うち1人はスポーツ心臓病学の専門家)が独立して、正常、異常、境界域と分類した。平均追跡期間は26.7±5.7カ月だった。
大半の評価項目に有意差なく、LGEの見られたアスリートもスポーツ再開に影響なし
感染既往あり群となし群の特徴の比較
新型コロナウイルス感染既往あり群となし群を比較すると、既往あり群は年齢が若く(25±6 vs 27±7歳、p=0.014)、競技歴は短く(10.6±6.0 vs 13.4±6.7年、p=0.001)、体表面積が大きく(2.0±0.2 vs 1.9±0.2m2、p=0.006)、白人の割合が低い(79.7 vs 99.3%、p<0.001)という有意差があったが、性別の分布は有意差がなかった。
心電図所見と臨床検査値の比較
感染既往あり群では、新型コロナウイルス発症から平均3.9±2.9カ月後の時点で心電図検査が行われていた。
心拍数は、感染既往あり群のほうが有意に高値だった(中央値57〈四分位範囲51~66〉 vs 同52〈46~57〉bpm、p<0.001。既往あり群のほうが有意に若年であることは考慮されていない)。所見の判定結果に有意差はなかった(正常は82 vs 87%、境界域9 vs 10%、異常 5 vs 2%)。
高感度トロポニンT、NT-proBNP、CK-MB、CRP、および白血球などの臨床検査値、および心血管核磁気共鳴法(CMR)での左室駆出率などの指標に、有意差が認められた項目はなかった。ただし、感染既往あり群の中で4人(3%)のアスリートは、遅延ガドリニウム造影(late gadolinium enhancement;LGE)が認められ、心筋に何らかのダメージの存在が示唆された。感染既往なし群にはLGEが認められたアスリートはいなかった。
新型コロナウイルス感染以前後でのCMRの比較
感染既往あり群のうち23人(19%。26.8±5歳、女性44%)は、新型コロナウイルス感染以前にも心血管核磁気共鳴法(CMR)が施行されており、感染の前後での比較が可能だった。2回のCMR施行の間隔は16±7カ月で、感染から2回目のCMR施行までは2±2カ月だった。
CMR所見の多くは感染の前後で有意差がなかったが、体表面積で除した左室容積(LVM/BSA)、および左室拡張末期容積あたりの左室容積(LVM/LVEDV)は、新型コロナウイルス感染前の値のほうが有意に高値だった。
なお、心拍数や心電図所見の判定結果は、両方の時点での比較で有意差はなく、新型コロナウイルス感染による影響はみられなかった。
新型コロナウイルス感染でキャリアが絶たれた選手は皆無
前述のように感染の既往あり群のうち4人に、CMRの結果、心筋に何らかのダメージの存在を示唆するLGEが認められた。論文では、この4人の経過が詳しく書かれている。要約すると、4人はすべて男性で、新型コロナウイルス急性期の症状は軽症であり、2人はLGEが消失または心筋炎の活動性が認められず、スポーツ参加の制限なく復帰。他の2人のうち1人はLGEが15カ月間持続したが、心電図所見と心筋バイオマーカー、PET-CT所見が正常化しスポーツに復帰。別の1人も心電図所見と炎症マーカーが正常化してスポーツに復帰していた。
また、この4人以外も含めて新型コロナウイルスに感染したアスリートのうち、心臓に新たな症状や所見が発現したアスリートはおらず、大多数(118人、96%)は依然としてトップレベルのスポーツに参加していた。新型コロナウイルス感染が原因でアスリートとしてのキャリアを断たれた選手は一人もいなかった。
論文は、「我々の前向き対照研究は、新型コロナウイルスに感染したトップレベルアスリートがスポーツを再開することの安全性を実証している。2年間の追跡調査中、新型コロナウイルスに関連した心筋障害が生じたと考えられる4人においても、スポーツへの復帰が心臓に影響を及ぼすことはなかった」とまとめられている。
文献情報
原題のタイトルは、「Long-term cardiac follow-up of athletes infected with SARS-CoV-2 after resumption of elite-level sports」。〔Heart. 2023 Sep 7:heartjnl-2023-323058〕
原文はこちら(BMJ Publishing Group Ltd & British Cardiovascular Society)