新型コロナウイルス感染後のアスリートと非感染者、血液検査の比較で明らかになった違い
重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に感染後のアスリートの血液検査データを、年齢の一致する非感染者と比較したところ、さまざまな有意な差が浮かび上がったとする研究結果が、ドイツから報告された。栄養関連では、既感染アスリートではビタミンDレベルの有意な低下などが観察されたという。また性別の解析では、男性より女性で、既感染アスリートと健常対照との有意差のある項目数が多いという違いが明らかになったとのことだ。
COVID-19に関する膨大の知見の中で、アスリートに特化した研究はごくわずか
3年以上にわたり世界的な流行が続いていた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、現在もなお流行中であるが、日本を含む多くの国で特別なモニタリング体制が終了し、終息とはいかないまでも収束しつつある。この間、COVID-19に関して膨大な研究報告がなされてきた。2023年9月初旬時点で、PubMedで「COVID-19」と検索すると38万報以上、SARS-CoV-2では20万報以上の学術論文がヒットする。
COVID-19罹患のリスク因子や重症化のリスク因子もかなり明らかになっている。一方、アスリートはその多くが、COVID-19の罹患や重症化リスクの低い若年者であるため、研究の対象となりにくいこともあり、COVID-19の影響がアスリートと非アスリートで異なるのかといった研究はほとんどなされていない。アスリートは心拍数や体組成をはじめとする臨床検査値が一般人口と異なるため、COVID-19罹患またはSARS-CoV-2感染時、あるいは、COVID-19急性期以降に症状が遷延または新たに発症する「Long COVID」の臨床像も、一般人口とは異なる可能性がある。
Long COVIDとは
Long COVID(ウィキペディア)SARS-CoV-2感染既往のあるアスリートは何か特徴があるのか?
これを背景として、今回紹介する論文の著者らは、SARS-CoV-2感染の既往のあるアスリートと年齢の一致する非アスリートとで、血液検査データを比較するという研究を行った。
研究参加者は、2020年3月~2021年7月にドイツのウルム大学スポーツ・リハビリテーション医学科で募集された、SARS-CoV-2感染既往のあるアスリートと既往のない非アスリート。アスリート群は、週に3回以上、20MET-時/週を超える運動を行っているアスリート。除外基準は、過去2週間以内のSARS-CoV-2陽性判定、慢性・急性疾患の罹患、ドイツ語の会話能力の欠如など。一方、比較対照群は、同大学スポーツ・リハビリテーション医学科で年に1回定期検査を受けていて、COVID-19ワクチン接種済であり、少なくても過去3カ月にわたりSARS-CoV-2が陰性である、アスリート群と年齢が一致する健常者。
複数の検査値に有意差が観察される
アスリート群59人、健常対照群31人であり、各群の主な特徴は以下のとおり。
アスリート群、健常対照群の順に、年齢は34.5±12.2 vs 31.9±10.4歳、性別(男性の割合)は56.9 vs 38.7%、BMIは23.9±3.9 vs 23.4±3.5、スポーツへの参加率100 vs 64.4%。なお、アスリート群の行っている競技は、持久系が60.0%、レジスタンス系が15.7%、団体または格闘技が22.9%、テクニカル系が1.4%。
統計解析は、アスリートと非アスリートの比較、性別を考慮した比較といった設定で行われている。
アスリートと健常対照グループの比較
血球数
白血球数(p=0.034)、リンパ球数(p=0.023)、および可溶性トランスフェリン受容体(p<0.001)は、アスリート群のほうが有意に低値だった。
炎症・免疫マーカー
SARS-CoV-2スパイク抗体(p<0.001)、C反応性蛋白(CRP、p=0.012)、IgG(p=0.013)、リゾビスホスファチジン酸(LBP、p=0.004)は、アスリート群のほうが有意に低値だった。また、補体関連でCH50(p=0.045)、およびC3c(p=0.030)も、アスリート群のほうが有意に低値だった。
凝固マーカー
部分トロンボプラスチン時間(PTT、p=0.008)は、アスリート群のほうが有意に高値だった。一方、Dダイマーはアスリート群のほうが非有意ながら、低い傾向にあった(p=0.054)。
筋障害・臓器障害マーカー
トロポニンTはアスリート群のほうが有意に低値だった。その他、尿酸、乳酸、クレアチンキナーゼ、ミオグロビン、NT-ProBNPは有意差がなかった。
電解質、微量栄養素、代謝マーカー
カリウム(p<0.0001)、ナトリウム(p=0.039)、および亜鉛(p=0.015)は、アスリート群のほうが有意に高値だった。また、アスリート群は、ALT(p=0.031)、ビタミンB6(p=0.005)、トリグリセライド(p=0.022)、および甲状腺刺激代謝ホルモン(TSH、p=0.026)が有意に高値だった。
一方、25-OHビタミンD(p=0.001)、総タンパク質(p=0.009)は、アスリート群のほうが有意に低値だった。
性別を考慮した比較
性別を考慮した解析では、男性でアスリート群と比較対照群とで有意差のみられた項目は、可溶性トランスフェリン受容体、尿酸、トロポニンT、カリウム、25-OHビタミンDなど比較的少数であるのに対して、女性では網状赤血球、白血球数、可溶性トランスフェリン受容体、リンパ球数、MCHC、MTV、好中球数、SARS-CoV-2スパイク抗体、CRP、FT3、FT4、IgE、補体C3c、TNF-α、LBP、D-ダイマー、PTT、カリウム、ナトリウム、ビタミンB6、25-OHビタミンD、総タンパク質、TSHなど、多くの指標に有意差が観察された。
このほかに、SARS-CoV-2感染からの時間経過で層別化した解析からは、ALT、AST、エリスロポエチン、絶対網状赤血球、葉酸、TNF-αなどに有意差が観察された。
アスリートの「Long COVID」を特徴づける糸口となる研究
以上のように、SARS-CoV-2既感染アスリートと健常対照群でさまざまな血液検査値に有意差が認められた。論文の結論は以下のようにまとめられている。
「SARS-CoV-2に感染したアスリートは、C3c補体とIgGが低下し、ビタミンDレベルが低下して、その他の電解質/微量栄養素濃度が上昇していた。これらの結果は、アスリートに特異な免疫反応が生じていたと解釈できる可能性がある。また、男性アスリートよりも女性アスリートのほうが、免疫反応に大きな違いがみられた。血液マーカーのいくつかの相違は、アスリートがCOVID-19に感染した後の運動制限に関連していた。この研究のみではアスリートの『Long COVID』を特徴づけることはできないが、今後の研究や仮説構築に役立つだろう」。
文献情報
原題のタイトルは、「Blood Profiling of Athletes after COVID-19: Differences in Blood Profiles of Post-COVID-19 Athletes Compared to Uninfected Athletic Individuals—An Exploratory Analysis」。〔Biomedicines. 2023 Jul 6;11(7):1911〕
原文はこちら(MDPI)