新型コロナは東京2020オリンピックの記録に影響を与えたか? 競泳決勝タイムの数学的解析の結果
昨年の東京2020オリンピック(東京2020)は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック下で実施された。パンデミック発生以来、アスリートが十分にトレーニングを行えなかった可能性があるが、その影響は東京2020の記録に現れていたのだろうか? 全身の筋肉を使うスポーツであり、トレーニング量の多寡がタイムの差として現れやすい、競泳選手の記録を数学的に解析した結果が報告された。
トレーニング不足、1年延期、無観客、バブル方式…
多くのスポーツは経年的に記録が進歩しており、水泳も同様2015年から2019年の間に平均すると2~4%、パフォーマンスが向上したことが報告されている。しかし、2019年から2020年にはその進歩が停滞したことを示唆する報告もある。もちろん理由はCOVID-19のパンデミック。また、オリンピックに関して言えば、前例のない1年延期や無観客、バブル方式で行われたことなど、トレーニング量の多寡とは異なる面でメンタル面に影響を及ぼした可能性が考えられる。ただし、実際に影響があったのかどうかは不明。
そこで本論文の著者らは、過去のオリンピックの記録を基に数学的に東京2020の競泳の記録を予測し、その予測値と実際の記録との乖離を検討した。
3通りの予測方法で検討
解析の対象とした記録は、100mと200mの自由形と背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライのファイナリストの記録。オリンピックの公式ウェブサイトに掲載されている、1968年のメキシコシティ大会からのデータを収集。単変量線形回帰分析、および、単変量非線形回帰分析、さらに、ポリウレタン水着(レーザー・レーサー)が禁止された以降のオリンピック(2012年のロンドンと2016年のリオ)の記録を用いた単変量線形回帰分析という3通りの方法で東京2020の記録を予測。これらのうち、経年的な変化との相関が最も高い、単変量線形回帰分析による予測値と、実際の記録とを比較した。
メキシコからリオの記録更新状況
結果について、まず、1968年のメキシコシティから2016年のリオまでの記録の変化を見ると、種目により若干異なるものの、解析対象の最初の3大会では急速に記録が更新されていた。例えば、自由形男子はこの3大会でタイムが-3.65%、女子は-6.76%も短縮されていた。
ところが、1980年のモスクワでは記録の亢進が止まり、むしろ後退していた。例えば自由形男子はタイムが+0.06%、女子は+0.09%だった。なお、モスクワ大会は共産圏で開催された初の五輪だったが、開催前年にソ連がアフガニスタンに侵攻したことを受け、米国、日本、西ドイツ、韓国、および当時はソ連との関係が良くなかった中国など、50カ国近くが参加をボイコットした。
モスクワの次の1984年のロス大会では、逆にソ連や東ドイツ、北朝鮮、キューバや東欧諸国が参加をボイコットした。このロス大会でも女子の記録は停滞気味だったが、翌1988年のソウル大会以降はまた記録の更新が続いた。ただし、初期の記録更新スピードに比較すると、緩やかな向上となった。
東京2020の記録は予測値よりも遅いものの有意差はなく、リオより向上していた
では、東京2020の予測値と実際の記録をみてみよう。論文では、決勝に残った8人の選手のトップ(金メダリスト)と8位の選手の記録、およびファイナリスト8人の平均について、100mと200mの予測値と実際の記録を比較している。ここでは100m金メダリストの予測値と記録について、リオの記録とともに抜粋して紹介する。
リオの 記録 | 東京の 予測値 | 東京の 記録 | リオと東京の 記録の差 | 東京の予測値と 記録の差 | |
---|---|---|---|---|---|
自由形 男子 | 47.58 | 46.52 | 47.02 | -0.56 | 0.50 |
自由形 女子 | 52.70 | 51.49 | 51.56 | -1.14 | 0.07 |
背泳ぎ 男子 | 51.97 | 51.39 | 51.98 | 0.01 | 0.59 |
背泳ぎ 女子 | 58.45 | 57.33 | 57.47 | -0.98 | 0.14 |
平泳ぎ 男子 | 57.13 | 56.96 | 57.37 | 0.24 | 0.41 |
平泳ぎ 女子 | 64.93 | 63.41 | 64.95 | 0.02 | 1.54 |
バタフライ 男子 | 50.39 | 49.85 | 49.45 | -0.94 | -0.40 |
バタフライ 女子 | 55.48 | 54.66 | 55.59 | 0.11 | 0.93 |
2012年のロンドンと2016年のリオの記録からの予測値とは、より近い結果
上記のほか、ファイナリストの平均、8位選手の記録、200mの記録などをも含めて相互的に判断すると、東京2020の競泳選手の記録は予測値よりも遅いものの、統計的には有意差がない範囲だとのことだ。一方、リオの記録との比較では、記録が向上している種目が少なくなく、それは上記の100m金メダリストの記録からも見てとれる。
なお、上記は1968年のメキシコシティ大会からのデータを基に単変量線形回帰分析で予測した値との比較だが、ポリウレタン水着(レーザー・レーサー)が禁止された以降の2012年のロンドンと2016年のリオの記録からの予測値と比較すると、乖離幅はより小さくなることが確認された。
これらの結果から著者らは、「競泳選手のパフォーマンス向上傾向は継続しており、トレーニングの制限や五輪の延期、バブル方式、無観客などの特殊な条件下でも、その傾向が著しく乱れることはなかった」と結論づけている。
文献情報
原題のタイトルは、「Prediction and Analysis of Tokyo Olympic Games Swimming Results: Impact of the COVID-19 Pandemic on Swimmers’ Performance」。〔Int J Environ Res Public Health. 2022 Feb 13;19(4):2110〕
原文はこちら(MDPI)