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動かないと筋肉が減少するメカニズムが解明される 治療薬の開発研究もスタート

動かないと筋肉の量が減少するメカニズムが明らかになった。筋肉を動かさないと筋肉内のカルシウム濃度が低くなり、これが筋肉を減らす引き金になり、また、Piezo1、KLF15、IL-6という3種類のタンパクが順番に働くことによって、筋肉量が減るのだという。神戸大学の研究グループの研究によるもので、米国科学雑誌「Journal of Clinical Investigation」に論文が掲載されるとともに、同大学のサイトにニュースリリースが掲載された。3種類のタンパクに作用する薬剤を開発できれば、筋肉減少に対する治療薬になることが期待されるとのことだ。

動かないと筋肉が減少するメカニズムが解明される 治療薬の開発研究もスタート

研究の背景:筋量低下の悪循環のトリガーを探る

筋肉が減少すると、運動能力が低下するだけでなく、さまざまな病気にかかりやすくなり、寿命の短縮にもつながる。加齢による筋肉の減少と運動能力の低下は「サルコペニア」と呼ばれ、高齢者が増加し続ける我が国で、大きな問題となっている健康上の問題。

運動やトレーニングによって筋肉量が増えること、逆に動かないと筋肉量が減ることは良く知られている。筋肉が減ると運動しにくくなり、運動しなくなるとさらに筋肉が減るという悪循環が生じてしまう。また、入院や手術などによってベッドの上で安静を強いられることがきっかけとなり、このような悪循環が一気に加速することもある。このような悪循環を断ち切ることのできる薬剤の開発が期待されている。

動かないと筋肉が減るメカニズムは良くわかっておらず、運動という筋肉を増加させる刺激がなくなるために筋肉が減少するという仮説も提唱されていた。研究グループでは今回の研究で、筋肉が動かないと細胞内のカルシウム濃度が低下し、それが筋肉を減らす引き金となることを発見した。また、その際に重要な働きをする三つのタンパクの役割を突き止めた。

研究の内容:動かないことで筋量減少のスイッチが入ってしまう

KLF15ノックアウトマウスでは、運動しなくても筋量が減らない

研究グループでは、運動神経の切断やギプス固定などによって、マウスの脚を動かないようにすると、筋肉量が減少するとともに、KLF15というタンパクが筋肉で増えることを発見した。そこで、筋肉だけでKLF15をなくしたマウスを作ったところ、このマウスは脚を動かなくしても筋肉が減らないことがわかった(図1)。このことは、動かないとKLF15が増えることが、筋肉を減少させる原因であることを示している。

図1 筋肉でKLF15をなくしたマウスでは動かなくしても脚の筋肉が減らなくなる

筋肉でKLF15をなくしたマウスでは動かなくしても脚の筋肉が減らなくなる

(出典:神戸大学)

KLF15が増えるのは、細胞内のカルシウム濃度の低下が原因

動かないと、どのようなメカニズムでKLF15が増えるかを検討した結果、細胞内のカルシウム濃度の低下が原因であることを突き止めた。通常、どんな細胞でも細胞内のカルシウム濃度は低く保たれており、細胞に刺激が加わるとカルシウム濃度は数十倍から数百倍に上昇して、さまざまな細胞の反応の引き金となる。

研究グループでは、非常に感度の高い生体イメージング※1を開発。その技術を用いた研究によって、筋肉が動かないと、低く維持されている筋肉細胞内のカルシウム濃度が一層低くなることを発見し、これがKLF15を増加させ、筋量を減らす原因であることを突き止めた(図2)。

細胞内のカルシウム濃度の上昇は多彩な細胞の反応の引き金になることが知られているが、カルシウム濃度の低下によって起こる反応はほとんど知られていない。

※1 生体イメージング:生物の臓器や細胞の中で起こるさまざまな反応を生物が生きたたままの状態で画像的に捉える技術。今回は細胞の中を観察できる2光子顕微鏡という特殊な顕微鏡を使って、細胞の中のカルシウム濃度を画像的に捉えた。筋肉細胞でカルシウム濃度の生体イメージングに成功したのは世界で初めて。生体イメージングは、名古屋大学、東京医科歯科大学との共同研究として行われた。

図2 動かなくした筋肉では細胞内のカルシウム濃度が低くなる

動かなくした筋肉では細胞内のカルシウム濃度が低くなる

(出典:神戸大学)

細胞内カルシウム濃度が低下する原因も明らかに

さらに、なぜ細胞内のカルシウム濃度が低下するかを調べた結果、Piezo1というタンパクが筋肉で減ることが原因だとわかった。

Piezo1は細胞の外から細胞の中へカルシウムを取り込む「窓」のような働きをするタンパク。Piezo1は細胞に圧力が加わると開く窓であることがわかっており、触覚にも関係している※2。マウスの筋肉でPiezo1を減らしてやると、マウスが普通に動いていても、カルシウム濃度の低下や筋肉量の減少など、脚を動かなくした時と同じ変化が起こった(図3)。

※2 触覚にも関係:Piezo1は細胞に圧力が加わると開いて細胞内にカルシウムを取り入れる。皮膚で触覚を感知する細胞(メルケル細胞)にはPiezo1と同じ働きをするPiezo2というタンパクが存在しており、人がものを触るとその圧力でPiezo2が開いてカルシウムを取り込むことが「触った」という感覚を生む。米国のArdem Patapoutian氏はこの発見により2021年、ノーベル医学生理学賞を受賞した。

図3 筋肉でPiezo1をなくすと細胞内のカルシウム濃度が低くなり、筋肉量が減る

筋肉でPiezo1をなくすと細胞内のカルシウム濃度が低くなり、筋肉量が減る

(出典:神戸大学)

Piezo1、KLF15、IL-6という3種類のタンパクが関与

加えて、研究グループでは、KLF15が増えることによりIL-6※3というタンパクが増えて、これが筋肉を減らす作用を持つことも突き止めた。IL-6の働きを抑える抗体をマウスに投与すると、脚を動かなくしても、筋肉が減らなくなることがわかった。

これらの結果から、動かないと筋肉でPiezo1が減ることによって、低く保たれている細胞内カルシウム濃度が一層低くなり、それによってKLF15が増えて、KLF15がIL-6を増やすことにより筋肉量を減らすというメカニズムが初めて明らかとなった(図4)。骨折によるギプス固定によって筋肉減少をきたした患者さんの筋肉サンプルを用いた検討でも、Piezo1、KLF15、IL-6という3種類のタンパクが働いている証拠が得られた。

※3 IL-6:さまざまな炎症の制御に重要な働きをするタンパク。IL-6の働きを抑える抗体は、関節リウマチや新型コロナウイルス肺炎の治療薬として用いられている。

図4 不動化はPiezo1/KLF15/IL-6経路を介して筋萎縮を促進する

不動化はPiezo1/KLF15/IL-6経路を介して筋萎縮を促進する

(出典:神戸大学)

研究グループによると、細胞内のカルシウム濃度が低くなることが筋肉減少の原因となることも、この現象にPiezo1/KLF15/IL-6という経路が関わることも、今まで全く想定されていなかった新発見とのことだ。

動かないと筋肉が減るメカニズムはよくわかっておらず、運動という筋肉を増加させる刺激がなくなるために、筋肉が減少するという仮説も提唱されていた。今回突き止められたPiezo1/KLF15/IL-6経路は、運動による筋肉増加には直接関係しておらず、動かないと、筋肉増加刺激がなくなるだけでなく、「動かないこと」自体によって積極的に筋肉を減らすスイッチが入ることが今回の研究で明らかになった。

今後の展開:Piezo1やKLF15に作用する薬剤の開発に期待

現在、筋肉減少に対する有効な治療薬はない。今回の研究でIL-6の抗体が筋肉減少の抑制薬として有効な可能性が明らかになったが、IL-6の抗体を用いた治療では免疫能を下げるという副作用が懸念される。今後、Piezo1やKLF15に作用する薬剤を開発できれば、画期的な筋肉減少の治療薬になる可能性が期待できる。研究グループでは既に日本医療研究開発機構(AMED)※4の支援を受け、そのような薬剤の開発に取り掛かっているという。

※4 日本医療研究開発機構(AMED):医薬品や医療機器、医療技術の研究開発と成果の実用化を推進・支援するために設置された内閣府所管の国立研究開発法人。Japan Agency for Medical Research and Development。

関連情報

動かないと筋肉が減少するメカニズムを解明(神戸大学)

文献情報

原題のタイトルは、「A Piezo1/KLF15/IL-6 axis mediates immobilization-induced muscle atrophy」。〔J Clin Invest. 2022 Mar 15;e154611〕
原文はこちら(American Society for Clinical Investigation)

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