コロナ禍のストレスはアスリートをも押しつぶす メンタルサポートの重要性あらわに
東京2020オリンピック・パラリンピックの開催まで1カ月を切った。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響によって1年間の延期となったが、今においてもなお、さまざまな立場の人による、さまざまな議論が交わされている異常な状況で本大会を迎えることになった。しかしその議論は、参加する選手たちの思いをどのくらい汲み取ったものなのだろうか。普段とはまったく違ったストレスや不安に晒されているアスリートたちは、今どんなことを考えて本番に向けたトレーニングに励んでいるのだろうか。
アスリートは一般生活者と比較し逆境に強い、つまりレジリエンス(resilience。病気・不幸・困難・苦境などからの回復力、立ち直る力、復活力などの意味)にすぐれていることを示唆する研究報告がある。では、現在のコロナ禍における選手たちの心理的な負担に関してはどうなのか。この点を調査した研究結果が報告された。
3つの仮説をWeb調査で検証
著者らはこの研究にあたり、3つの仮説を立てた。仮説1は、レジリエンスの強さとメンタルヘルス状態が正の相関関係にあるということ、仮説2は、アスリートではアイデンティティーが確立されていることとメンタルヘルス上の問題が少ないことに負の相関関係にあるということ、仮説3は、非アスリートよりもアスリートの方ほうがレジリエンスが高いということだった。
研究対象者は英国およびアイルランドから募集された。研究期間は2020年6月23日~同年7月13日で、これは同地域でロックダウンが開始された14~16週目に相当し、外出禁止が解除された2週間後からに相当する。
英国とアイルランドの20のスポーツ関連団体を通じてアスリートへの調査協力が呼びかけられた。一方、非アスリートは、口コミおよび北アイルランドのオンライン情報サイトを通じて募集された。計753人が回答(18歳以上)。このうち9人は英国・アイルランド以外のパンデミック状況の異なる地域に居住していたため除外し、744人を解析対象とした。
回答者の背景について
解析対象744人の内訳は以下のとおり。居住国は英国が558人、北アイルランドが186人。男性アスリート199人、女性アスリート161人、男性の非アスリート148人、女性の非アスリート236人)。社会的距離を保つ生活は、アスリート/非アスリートともに13~15週間が多くを占めていた(その割合は同順に38%、47%)。また外出禁止を経験した人は8%、10%だった。社会的距離を維持している期間中に面会した他世帯の人の数は、3.52±1.44人、3.20±1.40人であり、いずれも有意差がなかった。
360人のアスリートの参加競技は、球技(50.8%)と陸上(29.7%)が多くを占めた。
評価指標について
メンタルヘルス状態は、以下の評価スケールを用いて把握した。
- Mental Health Continuum Short Form(MHC-SF):幸福度を測定する3要素14項目の質問票。全体的な幸福度スコアと、社会的、感情的、心理的幸福という3つのサブスケールのスコアを得られる。
- Hospital Anxiety and Depression Scale(HADS):不安と抑うつ症状の重症度を評価する2要素14項目の質問票。不安(HADS-A)とうつ(HADS-D)が評価され、0~7点は正常の範囲内、8~10は軽度の症状、11~21点は中等度~重度と判定される。
- Brief Resilience Scale(BRS):5ポイントのリッカートスコアで評価するレジリエンスの指標。
- Short Loneliness Scale(SLS):孤独感の評価スケール。5ポイントのリッカートスコアで評価され、0点は完全に社会と共存、6点は極端な孤独状態と判定。
- Athletic Identity Measurement Scale(AIMS):運動アイデンティティーの尺度。社会的アイデンティティー、否定的な感情、および排他性が評価される。
アスリートのメンタル面のモニタリングが必要
それでは、3つの仮説を検証した結果をみていこう。まずは、レジリエンスとメンタルヘルスは正の相関関係にあるか否かについて。
レジリエンスとメンタルヘルスは正の相関がある
仮説1の検証は、アスリートと非アスリートごとに実施された。その結果、アスリート、非アスリートともに、レジリエンスの強さが幸福度の指標であるMHC-SFの4つの変数(総合評価および社会的、心理的、感情的幸福)との間に、中程度に正の相関が認められた。また、孤独感(SLS)や不安(HADS-A)、うつ(HADS-D)とは、中程度の負の相関が認められた。
これらの関係は、仮説1を支持するものと考えられた。
アスリートのアイデンティティーとメンタル不調の負の相関は部分的に確認される
続いて、アスリートはアイデンティティーが確立されているほどメンタルヘルス上の問題が少ないという負の相関関係にあるという、仮説2が検証された。その結果、アイデンティティーのスコア(AIMS-O)は、感情的な幸福との弱い負の相関と、うつスコア(HADS-A)および孤独感(SLS)と、弱いながら正の相関が認められた。
一方、非アスリートではアイデンティティーと他の指標との間に有意な相関がみられなかった。
アスリートのほうが非アスリートよりもレジリエンスが高いとは証明されない
最後の仮説3は、非アスリートよりもアスリートのほうがレジリエンスが高いという仮説だったが、有意差はなくこの仮説は証明されなかった。なお、性差は有意であり、女性よりも男性のほうが回復力が高かった(p=0.037)。
以上の結果から著者は、「COVID-19パンデミック以前に行われた研究で示唆されていた知見とは異なり、ロックダウンからの移行期という状況下で実施された今回の検討では、アスリートが非アスリートよりも回復力にすぐれているという結果は得られなかった」と結論をまとめている。また、「現在、社会的距離の維持という規制が徐々に緩和されつつあるが、アスリートのメンタルヘルスをモニタリングしサポートを続けることの重要性が示された」とも記している。
文献情報
原題のタイトルは、「Comparing Mental Health of Athletes and Non-athletes as They Emerge From a COVID-19 Pandemic Lockdown」。〔Front Sports Act Living. 2021 May 20;3:612532〕
原文はこちら(Frontiers Media)