アスリートのための新型コロナウイルス感染症対策 予防から発症、チーム対応、練習復帰までを考察
米国整形外科スポーツ医学会の「Sports Health」に、新型コロナウイルス感染症「COVID-19」に対しアスリートが考慮すべきことをまとめた論説が掲載された。
アスリートは一般的に若く、併存疾患が一般集団よりも少ないため、重症化リスクは低いと考えられる。しかし視野を社会全体に広げれば、COVID-19の伝播を防止することが犠牲者数の減少につながることから、パンデミックの速度をできるだけ抑制する必要があり、アスリートやスポーツ界に身を置く人たちもその努力が求められる。
本論説は、COVID-19のスポーツへの影響、アスリートのCOVID-19予防手段、トレーニングの変更、COVID-19を疑う症状、チームとしての管理などについて、要点を整理している。以下はその抜粋。
なお、発症後の対処法についても書かれているが、米国と日本の医療環境、医療逼迫度等の相違、およびエビデンスの蓄積による治療法そのものの変化・進歩が想定されるため、この記述をそのまま日本において変更なく適用できるとは限らないことに留意が必要。
COVID-19のスポーツへの影響
2020年3月初旬以降、COVID-19によって主要なスポーツ大会が中止された。当初は無観客でイベントが開催され、感染者間の密接な接触による伝播の抑制に努めた。しかしプレイヤーがCOVID-19陽性となる事例が相次ぎ、開催事態を中止せざるを得なくなった。3月24日には、国際オリンピック委員会が東京開催のオリンピック・パラリンピック「東京2020」を2021に延期すると発表した。
アスリートにおけるCOVID-19の予防
予防の目的
典型的なアスリートはCOVID-19に罹患した場合、結果として軽度の症状で済む可能性がある。しかし、複数の理由のため予防は必要である。
何よりもまず、COVID-19の感染を防ぐことは、高齢者や免疫不全者を含む重症化または死亡リスクが高い人々への感染リスクを減らすために欠くことはできない。もちろん、アスリートが罹患することによってトレーニングを中断せざるを得ない事態になるリスクを抑え、また罹患によって呼吸機能や有酸素運動能力に及ぼす悪影響を抑制するためにも重要である。
基本的な予防策
COVID-19は主に口からの飛沫を介して人から人へと広がっていく。ウイルスを含む飛沫がかかった表面に触れた手で、目や鼻、口に触れる場合にも感染する。ウイルスは数時間から数日間は失活化しない。
以下の予防策が基本となるので、アスリートや指導者、チームのスタッフは参考にしてほしい。
- 手指衛生:石鹸と水で少なくとも20秒間しっかりと手を洗う。石鹸や水を利用できない場合は手指消毒剤(アルコール濃度60%以上)を使用する。ウイルスは数日間失活しないため、頻繁に触れる物の表面は定期的に消毒する。
- ソーシャルディスタンス(社会的距離):米国疾病対策予防センター(CDC)は、他の人との距離を6フィート(約1.8m)維持するべきと説明している。
- 旅 行:伝播抑制のために、多くの国がフライトの一時停止から、入国禁止、帰国後14日間の自宅隔離など、さまざまな制限を課している。混雑する空港は伝播の格好な環境であるため国内旅行は困難になっている。ただし、スポーツ大会のほとんどが中止されているため、アスリートが競技会参加またはトレーニングのために移動を要する機会は今はない。
- フェイスマスク:感染徴候のないアスリートは、感染防止目的でのマスクの着用は推奨されない。マスクの不適切な使用は、現在既に生じているように、医療従事者のマスク使用が妨げられるほど需給を逼迫させる可能性がある。
練習メニューの変更
長時間にわたる激しい練習は、数時間から数日間、一時的に免疫能の低下を招く可能性が示唆されている。COVID-19予防のため、練習時間を60分未満とし、練習の強度は最大能力の80%未満に制限すべきかもしれない。ただし激しい運動後の感染症感受性亢進については議論が続いている。
ワクチンの完成はいつになる?
ワクチンは開発初期段階にあり、2021年初頭から半ばまでに利用可能になる可能性は低い。
COVID-19感染の症状
潜伏期間は通常、ウイルス曝露から14日以内であり、95%の症例が5日以内に発症する。下記は、最も一般的な症状とその頻度。
- 発熱(99%)
- 疲労(70%)
- 乾咳(痰のない咳。59%)
- 筋肉痛(35%)
また、無嗅覚症(臭いを感じない)、味覚異常(味覚の変化)、喉の痛み、鼻漏、胃腸症状が現れる場合がある。
肺炎は深刻な症状として最も一般的であり、胸部画像で両側性浸潤が見られる。中国の約5万症例のうち、81%は軽度で入院の必要がなかったが、14%は重症で呼吸困難、低酸素症を停止、5%は呼吸不全、ショック、臓器不全と重篤だった。
COVID-19診断のための検査
COVID-19の外来検査体制はその臨床的ニーズに対応しきれていない。検査結果はRNA検出ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により判定される。初回検査が陰性であっても疾患の可能性が高い場合、再検査が必要になることがある。胸部CT検査によりウイルス性肺炎の徴候の評価も行われる。
COVID-19に感染したアスリートの管理
COVID-19の治療は重症度により異なる。ニューヨーク市では、COVID-19陽性と判定された18~45歳の患者の10%が入院を必要とした。しかし、検査が限定的に行われていることを勘案すると、隠れているCOVID-19の患者数は遥かに多い可能性があることから、この年齢層の入院リスクは、実際の数字よりも低いと推測できる。
これらの結果から推測すると、COVID-19に罹患した45歳未満の健康なアスリートの場合、限定的なインフルエンザ様症状を経験することになると考えられる。アスリートにおけるCOVID-19症状の管理には、主に休息、そして市販の解熱薬による症状管理が含まれる。
家庭内隔離
COVID-19が確認されている、もしくは疑われるものの重度の症状を示していない個人には、自宅での隔離が推奨される。同居する家族は、同じ部屋にいる時間を最小限に抑え、互いにマスクを着用する必要がある。
解熱薬
フランスは最近、COVID-19関連の発熱治療にアセトアミノフェンの使用を提唱し、イブプロフェンは感染を悪化させる可能性があることを示した。これは、非ステロイド性消炎薬(NSAIDs)の抗炎症効果が免疫系に悪影響を与える可能性があるという理論的な懸念に基づいたもののようだ。
コルチコステロイド
世界保健機関(WHO)は、COVID-19肺炎に対し、慢性閉塞性肺疾患の悪化などの理由がない限り、コルチコステロイドを使用しないことを推奨している。コルチコステロイドは、インフルエンザ患者の死亡リスクの増加、MERS(中東呼吸器症候群)患者のウイルス除去遅延との関連が認められている。コルチコステロイドで治療されたSARS(重症急性呼吸器症候群)患者に短期・長期的な有害性が認められたとの報告も存在する。
家庭内隔離を終了する目安
CDCは、次の基準がすべて満たされている場合、家庭内隔離を終了しても良いとしている。
- 解熱薬を使用しておらず、発熱が認められない
- 呼吸器症状が認められない
- 24時間以上間隔をおいて実施された2回のCOVID-19検査がいずれも陰性
メンタルヘルスサポート
競技生活を一時中断すると、アスリートに重大な悲しみ、ストレス、不安、欲求不満、悲しみを引き起こすことがある。COVID-19がアスリートに与える心理的影響は、アスリートを支える社会的ネットワークの欠如や、ルーチンのトレーニングが減ることで、さらに高まる。
スポーツ医学関係者は、アスリートにメンタルヘルスサポートが必要でないか判断する必要がある。メンタルヘルスサポートの手段としては、アスリートとの定期的な意思疎通機会の確保、スポーツ心理学者との遠隔医療相談、電話やビデオチャット等による家族や友人、チームメイトとの交流の維持・奨励も該当する。
COVID-19に対するチームの管理
チームに所属するアスリートの1人にCOVID-19と一致する症状がみられた場合、そのチームメイト、指導者、および過去14日間に当該アスリートと密接に接触していたチームのスタッフは、自宅隔離とする必要がある。
検査の結果が陰性であれば、それら関係者の自宅隔離は中止可能だ。一方、検査結果が陽性の場合、または、検査が施行されずに当該アスリートの感染が推定される状態が続いている場合、濃厚接触者はアスリートとの最後の接触から14日間、自宅隔離を継続する必要がある。
この場合、症状のないチームメイトやコーチ、およびその他のスタッフからは、検査を受けたいとの要望が出ることが予測される。検査を施行可能かどうかは、その時々の医療環境によって異なる。
この間、個々のアスリートやスタッフに症状が現れた場合、チームドクターにそれを報告し、それらの症状がCOVID-19の兆候と考えられるかどうかを判断することになる。チームドクターもまた、毎日の体温チェックの実施を検討すべき状況もあり得る。
トレーニングの再開
COVID-19感染が確定または推定されているアスリートは、症状が完全に解消しエネルギーレベルが正常に戻ったら、トレーニングを開始できる。症状が解消してから最低72時間は自宅での隔離が必要であるため、その間は低強度の屋内トレーニングを試みる。自宅隔離終了後、アスリートは徐々にトレーニングに戻ることができる。
無症状ながら、直近の旅行(海外への渡航)やCOVID-19患者との濃厚な接触により隔離状態にあるために、心血管機能の維持が困難なアスリートがいるだろう。そういった場合でも、自宅での隔離期間中にも、エアロバイクやトレッドミル、レジスタンストレーニングなどの機器によるトレーニングを継続できる。コーチや運動生理学の専門家から、リモートでアドバイスを受けることも可能だ。
文献情報
原題のタイトルは、「Coronavirus Disease 2019 (COVID-19): Considerations for the Competitive Athlete」。〔Sports Health,1941738120918876 2020 Apr 6〕
原文はこちら(American Orthopaedic Society for Sports Medicine)