パラアスリートがCOVID-19パンデミックで受けたストレスの影響 健常アスリートとの比較
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックによるアスリートへの影響を検討した報告は少なくない。しかしそれらの大半は健常者アスリートを対象に行った研究報告である。これに対して今回紹介する論文は、パラアスリートと健常者アスリートを対象に、心理的ストレスの程度を比較検討した研究だ。結果は後述するが、著者らは、スポーツへの参加と、障害を克服し生活を送るという経験が、パンデミックによるストレスへの緩衝作用として働いているのではないかと考察を述べている。イタリア発の報告。
パンデミックの影響はパラアスリートの方が強く現れるのか?
COVID-19パンデミックは、アスリートのトレーニングを行う場所を制限し、トレーナーなどのサポートスタッフへのアクセスに障害をもたらし、競技会に参加する機会を奪い、モチベーションの維持を困難にした。一般に、障害者は障害のない人に比べ社会参加という点で格差が存在し、脆弱な存在と捉えられることが多い。よってパラアスリートには、パンデミックの影響がより強く現れているのではないかとの推測が成り立つ。しかし、パラアスリート対象にパンデミックの影響を調査した研究は数少ないために、そのような推測が正しいものなのか否かはわかっていない。
このような背景のもと、本研究はイタリアのパラアスリートと健常者アスリートを対象とするオンライン調査として実施された。なお、同国には現在、約1万4,650人のパラアスリートが活動しており、1,824人のコーチ、3,700人のマネージャーが参加しているという。
調査実施期間は、同国で1回目のロックダウンが行われたのと同じ、2020年3月12日~5月3日。調査回答者は、先に回答した人が別の人を紹介するというスノーボールサンプリング法で増やしていった。なお、本研究では精神障害パラアスリートは検討に含めなかった。
パラアスリート73人(年齢42.11±13.70歳)が回答。年齢層の一致する健常者アスリート73人(40.23±13.73歳)の回答とあわせ、計146人の回答を解析した。
パラアスリートの障害は、視覚障害が52%と半数強を占め、四肢切断などによる運動障害が34%であり、聴覚障害アスリートも14%含まれていた。行っている競技は、パラアスリート、健常者アスリートともに、個人競技とチーム競技がほぼ半数ずつだった。
パンデミックやロックダウンによる心理的苦痛の程度は、自記式の質問票(impact of event scale-revised;IES-R)で評価した。IES-Rは22項目の質問からなり、それぞれに0~4点(全く当てはまらない~強く当てはまる)で回答してもらい、その合計スコアが88点満点中32点以上の場合を「主観的な苦痛が強い」と判定した。
パラアスリートは健常者アスリートよりも逆境に強い?
健常者アスリートでは、「主観的な苦痛が強い」の該当者が30.14%を占めた。それに対してパラアスリートでは8.22%だった。
論文では、この結果に続いて、パラアスリート群内での年齢や競技種目・レベル別に比較検討した結果、および、パラアスリートと健常者アスリートとを比較検討した結果を述べている。その順序にそって、ポイントのみ紹介する。
パラアスリート群内での検討:個人競技、若年者のストレスがより強い
まず、性別で比較すると、男性のIES-Rのスコアは11.36±10.67点であるのに対し、女性は17.05±14.97点であり、女性のほうが高い傾向にあったが群間差は有意水準に至らなかった(p=0.073)。
次に年齢層で比較すると、若年者(18~36歳)のIES-Rのスコアは16.58±12.40点であるのに対して、非若年層(37歳以上)は10.38±11.55点であり、若年者のほうが強いストレスを感じており群間に有意差がみられた(p=0.031)。
個人競技とチーム競技とで比較すると、個人競技は15.94±13.69点、チーム競技は10.32±10.16点であり、個人競技アスリートのほうがストレスを有意に強く感じていることがわかった(p=0.049)。
競技レベル別の検討では、有意差は認められなかった。
IES-Rのすべてのサブスケールが、パラアスリートの方が低値
次に、パラアスリートと健常者アスリートとの比較では、前述のように「主観的な苦痛が強い」の該当者の割合はパラアスリートに少なく健常者アスリートに多いという有意差が存在した。IES-Rスコアを比較すると、パラアスリートは13.01±12.23点であるのに対して健常者アスリートは25.49±16.16点であり、健常者アスリートのスコアが倍近く高く有意差が存在した(p<0.001)。
さらに、IES-Rのサブスケール(侵入症状、回避症状、過覚醒症状)を個別に検討した場合、それらのすべてにおいて、健常者アスリートのスコアが高く有意差がみられた(すべてp<0.001)。
障害のある状態から前向きな変化を生み出すヒントとなる可能性
これらの結果について著者らは、既報研究からの知見とあわせ、詳細な考察を加えている。
例えば、本研究において、女性の心理的ストレスが強い傾向はみられたものの、性別は有意な差異を及ぼしていなかった。この点は、一般人口を対象に世界各国で行われてきたCOVID-19パンデミックの影響を調べた多くの研究報告と異なる「やや驚くべき結果」だと述べている。一方、年齢に関しては、一般人口を対象に行われた研究と同様に、若年者でより大きなストレスとなっている実態が明らかになった。
個人競技とチーム競技との比較では、個人競技のパラアスリートのほうが強いストレスを感じていた。この点もまた、健常者アスリートを対象に行われた多くの既報研究と同様であり、恐らく、チームメートなどとの連絡の機会が多いことが、チーム競技アスリートのストレス緩和に役立っていると考えられるという。
そして、パラアスリートと健常者アスリートの比較では、パラアスリートのストレスのほうが大幅に少ないことが示された。この点については、障害者はその人生においてレジリエンスを達成するための訓練をしており、課題を克服するための粘り強さを身に付け、感情をうまくコントロールでき、パンデミックという困難に対処するスキルが育まれていたのではないかと推察している。
以上から著者らは結論を以下のようにまとめている。
「障害者は健常者よりも弱者とされることの多い現状から考えれば、外出禁止などの措置によってパラアスリートは、より疎外された立場に置かれる可能性がある。よって、格差拡大を防ぐための対策が必要とされる。しかし本研究からは、パラアスリートは逆境への対応能力が高いことが示された。この結果に基づき今後、障害者の社会参加に関する研究を推進することによって、障害のある人の前向きな行動のサポートに役立つ情報を得られるのではないだろうか」。
文献情報
原題のタイトルは、「Stress Impact of COVID-19 Sports Restrictions on Disabled Athletes」。〔Int J Environ Res Public Health. 2021 Nov 16;18(22):12040〕
原文はこちら(MDPI)