日本人に必要な1日の水分は体重1kgあたり45~56mL
一般的な日本人における1日の水分必要量は体重あたり45~56mLの範囲と推測されるとする研究結果が報告された。早稲田大学スポーツ科学学術院の渡邉大輝氏らが、国民健康・栄養調査のデータを基に、国際的な二重標識水研究のデータベースを利用して開発された計算式を用いて推測したもの。「Nutrition Journal」に論文が掲載されるとともに、同大学のサイトにニュースリリースが掲載された。ここではニュースリリースのテキストや図を引用しながら、論文の要旨を紹介する。
ある集団における水分摂取必要量の算出は意外に困難
水はすべての生物にとって不可欠な物質であり、ヒトの全体重の約50~70%を占めている。ヒトは水分を数日間摂取しないだけで命の危険が生じる。よって水分摂取必要量を明らかにすることは、生命と健康の維持のために重要。
米国、カナダでは、成人が1日に必要とする水分摂取量を男性3.7L、女性2.7Lとしている。ただし必要な水分量は当然のことながら体格や気候条件などによって異なるため、この数値をそのまま日本人に用いることはできず、日本における日本人集団でのその値を明らかにする必要がある。しかし日本ではこのトピックに関する信頼性の高い研究が乏しいため、「日本人の食事摂取基準(2020年版)」にも目安量は示されていない。
水分摂取の必要量を評価する一つの方法として、二重標識水(Doubly-Labeled Water;DLW)法により水代謝回転(water turnover)量を測定するという方法がある。ただしこの手法は測定が煩雑で高コスト。日本人の水分摂取必要量の設定には多数の無作為化されたサンプルで検討する必要があり、DLW法の採用はあまり現実的でない。
水分摂取の必要量を評価するもう一つの方法は、食事記録や24時間蓄尿などに基づき人々が実際に摂取および排泄している水分量を評価するという方法がある。しかし摂取量を評価する方法は過少評価されやすいことが知られている。
一方、渡邉氏らも参加している国際的なDLW関連データベース(International Doubly Labeled Water Database)の研究グループによって最近、体格やライフスタイル、環境因子などのパラメーターを基に水代謝回転量を予測する計算式が開発された。同氏らは、この計算式を用いることで日本人の水代謝回転量を推測し、それをもって日本人の水分摂取必要量の目安とすることが可能と考え、本検討を行った。
日本人の非アスリート集団における性別・年齢層別の水分摂取必要量
国際DLWデータベースの研究グループが開発した計算式には、年齢、性別、体重、気温、湿度、標高、身体活動量、アスリートか否か、その国や地域の人々の健康、教育、生活水準の側面から、国の発展レベルを測る指標である「人間開発指数(human development index;HDI)」などが利用される。渡邉氏らは、これらのパラメーターのうち国民健康・栄養調査のデータを利用できるものについては2016年の同調査の集計表データ(15~80歳の男性1万546名、女性1万2,355人)を利用。環境関連パラメーターについては、気象庁のデータを用いて、標高は全国平均である189.2m、気温・湿度は11月の平均(10.9℃、74.7%)と設定した。
なお、国民健康・栄養調査では調査対象がアスリートか否かは把握されていないため、全員非アスリートとみなした。また日本は高HDI国であるとした。
その他、論文中には用いたパラメーターの根拠や計算式が詳細に示されているが、ここでは結果のみを紹介する。
男性では水代謝回転が年齢と負の関連
日本人男性の1日あたりの水代謝回転量(mL/日)は、15~19歳が3,291、20代は3,151、30代3,213、40代3,243、50代3,205、60代3,104で、70歳以上は2,790mL/日であり、年齢と負の関連(高齢であるほど水代謝回転が少ない)が認められた(図1A)。
体内への水の流入源は、食事や飲料からの水分摂取である「前形成水(pre-formed-water)」と呼ばれるもののほかに、栄養素の代謝過程で生成される代謝水、呼吸時に体内に取り込む呼吸水、皮膚から体内に取り込む皮膚水がある。これらのうち前形成水としての摂取量をみると、前記同様の年齢層順に、2,735、2,654、2,718、2,742、2,699、2,597、2,318mL/日であった(図1B)。
この水代謝回転量と前形成水量を体重で補正すると、年齢との関連性が異なる結果となった(図1C、D)。
図1 男性における制限付き3次スプラインモデルを用いた水消費量と年齢の関係
女性では水代謝回転が年齢と逆U字型の関連
次に、日本人女性の1日あたりの水代謝回転量は、15~19歳が2,641、20代は2,594、30代2,741、40代2,739、50代2,753、60代2,707で、70歳以上は2,482mL/日であり、年齢と逆U字型の関連が認められた(図2A)。前形成水としての摂取量は同順に、2,228、2,206、2,339、2,339、2,345、2,294、2,088mL/日であった(図2B)。
体重で補正した場合、男性と同様に年齢との関連性が異なる結果となった(図2C、D)。
男性も女性も体重で補正すると、年齢と水代謝回転量や前形成水量との関連が変化することから、必要とされる水分摂取量が歳とともに変わる理由として、体重変化の影響が大きいと考えられた。
図2 女性における制限付き3次スプラインモデルを用いた水消費量と年齢の関係
食事記録から推定した前形成水量は2~4割過少の可能性
一方、食事記録を基に推定した前形成水量は、上記の計算式で算出した値よりも2~4割マイナスとなり、大きく過少評価する可能性のあることがわかった。
乖離幅は若年層ほど大きく、15~19歳の男性では-39.7%、女性では-41.7%に及んだ。70歳以上でも、男性は-22.2%、女性-25.1%だった。
アスリートのコンディショニングのための目安は今後に期待
結論として、日本人一般住民の体重当たりの水分摂取必要量は、男性も女性も1日あたり45~56mL/kgの範囲と考えられた。
著者らは早稲田大学発のリリースの中で、「ヒトの水の必要量を評価することは脱水症の予防を目的とした水分摂取ガイドラインを確立するために不可欠。我々が提示した研究の方法論は、各国の国民健康・栄養調査データと予測式を使用することで各国・地域における水必要量の評価や、将来の食事摂取基準における水摂取目安量の設定の際に役立つ可能性がある。なお、今回示した値は日本の11月の気温と湿度から算出しているため、夏の気温や湿度が高い季節では示した値よりも水の必要量が高いと思われる」と述べている。
また、「今後は熱中症の予防に有効な水分摂取量や、アスリートのパフォーマンスやコンディショニングの向上のための適切な水分摂取量の目安を明らかにできればと考えている」とも示されている。
文献情報
原題のタイトルは、「Distribution of water turnover by sex and age as estimated by prediction equation in Japanese adolescents and adults: the 2016 National Health and Nutrition Survey, Japan」。〔Nutr J. 2023 Nov 29;22(1):64〕
原文はこちら(Springer Nature)
出典
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