中学・高校の部活動中の熱中症対策は、競技種目、時期、場所、WBGTが重要 国立環境研究所
国内の中学校・高校における運動部活動のさまざまな状況が熱中症の発生リスクに与える影響を定量的に分析した結果、熱中症発生リスクを減らすためには、暑さ指数(WBGT)、部活動の種類、時期、地域、活動場所に応じた対策が重要であることが明らかになった。国立環境研究所気候変動適応センターの研究チームによるもので、「International Journal of Biometeorology」に論文が掲載されるとともに、プレスリリースが発行された。著者らは、「この知見は、毎年数千件の熱中症が発生している運動部活動をはじめとした、身体活動中の熱中症に対する、より効果的な予防につながることが期待される」と述べている。
研究の背景と目的:WBGT以外の部活動中熱中症のリスク因子を探る
青少年期における身体活動には、短期的には身体・精神面の健康、長期的には健康的なライフスタイルの促進や慢性疾患リスクの低減に効果があり、国内で数百万人の学生が参加する運動部活動は多くの人々の心身に良い影響を与えてきたと考えられる。一方で、運動中は安静時と比べて体内で多くの熱が発生するため、熱中症が起こりやすく、国内の運動部活動では毎年数千件の熱中症が発生している。
「運動部活動」と一口に言っても、部活動の種類、時期、地域、活動場所、学校種別といった状況によって、気温などはもちろん、運動の特性、暑さへのなれ(暑熱馴化※1)といった条件が異なる。しかし、このような状況に応じた熱中症の発生リスクの違いに着目した研究はほとんど行われていなかった。そこで本研究では、運動部活動中の熱中症発生のオッズ比※2が、暑さ指数(WBGT)※3や活動状況に応じてどのように異なるのかを定量的に分析し、より効果的な熱中症予防のための知見を得ることを目的とした。
研究手法:全国中学校・高校の部活動中の熱中症事例を12の変数から解析
本研究では、2010~2019年に全国の中学校・高校で運動部活動中に発生した熱中症事例のデータと、各事例にひもづく環境条件および活動条件に関する12の変数※4に基づいて、熱中症発生の有無を予測する条件付きロジスティック回帰モデル(以下、全体モデル)を構築。その全体モデルを用いて、どの条件が熱中症発生に寄与しているのかを分析した。また、データを変数によって層化※5したモデル(以下、層化モデル)を構築し、さまざまな条件下での熱中症発生のオッズ比と、それらオッズ比が他の条件下とどの程度異なるのかを詳細に分析した。
さらに、ある条件下でオッズ比が有意に高い場合、どの程度WBGTを低くすれば熱中症リスクが低減できるのかも分析した。これによって、運動部活動の実施を判断するために参照される暑熱基準※6について、熱中症対策の観点から、運動部活動がおかれるさまざまな状況に応じて、調整する根拠となる情報を得ることを目指した。
研究結果と考察:熱中症リスクの高い部活動の種類などが明かに
全体モデルを用いた分析から、熱中症発生時点のWBGT、前日の平均WBGT、前々日の平均WBGT(以下、それぞれWBGT-0、WBGT-1、WBGT-2とする)が、有意に熱中症の発生と関係していることが確認された。WBGT-0とWBGT-1は高まるほど熱中症が発生しやすい傾向があった(図1)。
図1 熱中症発生時の暑さ指数(WBGT-0)の区分に応じた熱中症発生オッズ比
大都市や報道事例に着目した既報研究では、当日のWBGTが高いほど熱中症が発生しやすいという関係が指摘されていたが、この結果は、その関係が全国規模でも成立し、さらに前日のWBGTにも当てはまることを示している。
一方、WBGT-2は高まるほど熱中症が発生しにくい傾向があった。この結果は、ある日のWBGTが高いと、その少し後の日に積極的な熱中症対策が講じられるといった行動変容によるものである可能性がある。
次に、層化モデルを用いた分析で、部活動の種類、地域、場所、年、月、夏季平均WBGTといった変数で層化すると、WBGT-0が28°C超かつ31°C以下(「激しい運動は中止」とされる暑熱基準に相当)の場合、および、WBGT-0が31°C超(「運動は原則中止」とされる暑熱基準に相当)の場合に、オッズ比に有意差が認められた(表1)。
層化に用いた変数 | 熱中症発生リスクが高い層 | 左欄の層より熱中症発生リスクが低い層 |
---|---|---|
部活動 | 弓道 | バドミントン、野球、バスケットボール、サッカー、ハンドボール、剣道、ラグビー、水泳、卓球、テニス、陸上、バレーボール、その他 |
サッカー・フットサル | バレーボール | |
ソフトボール | バドミントン、バスケットボール、サッカー、剣道、卓球、バレーボール、その他 | |
野球 | バスケットボール、卓球、バレーボール | |
テニス | バスケットボール、卓球、バレーボール | |
陸上 | バスケットボール、バレーボール | |
夏季平均WBGT | WBGT ≦ 18°C | 18°C < WBGT ≦ 20°C、20°C < WBGT ≦ 22°C、22°C < WBGT ≦ 24°C |
月 | 4~5月 | 7月、8月 |
6月 | 8月 | |
地域 | 北海道 | 関東甲信、近畿、中国、四国、北九州、南九州・奄美 |
東北 | 北九州 | |
北陸 | 近畿、北九州、南九州・奄美 | |
場所 | 運動場・校庭 | 体育館・屋内運動場、学校外体育館、その他 |
学校外運動場・競技場 | 体育館・屋内運動場、学校外体育館、その他 | |
道路 | 体育館・屋内運動場、学校外体育館、その他 | |
年 | 2019 | 2017 |
具体的には、表1の中央列に示す層では、右列に示す層よりも熱中症発生リスクが高いと考えられる。また、熱中症発生リスクが高い層について、WBGT-0が3°C下がると、いずれの層でも有意差がなくなり、熱中症リスクを低減できることを確認した(なお、いずれの層でも、ほとんど熱中症が発生していないWBGT-0が21°C以下の場合のオッズ比を1としている)。
このことから、熱中症が発生しやすい状況下では、暑熱基準を引き下げることが熱中症対策として有効と考えられる。
例えば、4~6月のまだ暑熱馴化が進んでいない時期には、7~8月よりも3°C低い暑熱基準を参照する(活動時のWBGTが25°C超かつ28°C以下であれば「激しい運動は中止」、28°C超であれば「運動は原則中止」の目安とする)ことが推奨される。
今後の展望:より有効性の高い予防対策の確立へ
本研究を通じて、WBGTに加えて、部活動の種類、時期、地域、活動場所といった状況に応じて、運動部活動中の熱中症発生リスクが異なることがわかった。
具体的には、
- 熱中症が発生しやすい部活動(野球、ソフトボール、サッカー・フットサル、テニス、陸上競技、弓道、その他持続的運動や厚手のユニフォームを着用するもの)、
- 4~6月までの期間、
- 比較的涼しい地域(北海道、東北、北陸、または夏季平均WBGTが18°C以下の地域)、
- 屋外活動、
- 涼しい時期から急に暑くなり暑熱馴化が不十分な場合
に熱中症が発生しやすくなると考えられる。同時に、これらの状況において、活動の是非を判断するための暑熱基準を引き下げる熱中症対策が、有効であることが明らかになった。
この知見は、毎年数千件の熱中症が発生する運動部活動をはじめとした、身体活動中の熱中症に対する、より効果的な予防につながることが期待される。
しかし、暑熱基準を引き下げて対応できない場合もある。例えば、大会が迫っており練習を積み重ねなければいけない時期などだ。そのような場合には、活動前(例:冷水・アイススラリーの摂取)、活動中(例:水掛け、アイスベストの着用)、活動後(例:冷水浴)といった身体冷却や、屋外練習から屋内練習への切り替え、比較的涼しい日への練習の集約、暑熱馴化期間の導入といった対策の組合せを積極的に講じるべきと考えられる。
研究チームでは、「今後は本研究の対象よりも低学年の児童や、運動部活動以外の活動の評価、2020年以降(COVID-19発生後)の状況との比較、環境条件のデータの改良とともに、将来の気候変動下における身体活動中の熱中症リスクについて研究を実施する予定」としている。
プレスリリース
運動部活動における状況に応じた熱中症対策の重要性ー暑さ指数(WBGT)、部活動の種類、時期、地域、活動場所を考慮してー(国立環境研究所)
文献情報
原題のタイトルは、「Proposing adjustments to heat safety thresholds for junior high and high school sports clubs in Japan」。〔Int J Biometeorol. 2024 Oct 28〕
原文はこちら(Springer Nature)
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