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現代スポーツは既にゲームオーバー? スポーツに関する見過ごされがちな健康被害を考える

今回は、「Frontiers in Sports and Active Living」に本年2月掲載された論文に着目する。同誌はスポーツ科学関連の論文を多く掲載しており、本コーナーでもこれまでに同誌掲載論文を数多く紹介してきている。そんななか今回取り上げるのは、健康的とされていて、時にその活動が礼賛されることもあるスポーツについて負の側面に焦点をあてて考察した、やや異色の論文。

現代スポーツは既にゲームオーバー? スポーツに関する見過ごされがちな健康被害を考える

論文のタイトルは「Game over: dissecting the overlooked health harms of modern sports」であり、現代スポーツのゲームオーバーを避けるために、いくつかの問題を投げかけていている。全体として栄養との直接的な関連は薄いが、現在のスポーツを取り巻く一面を掘り下げた内容であり、その一部の要旨のみを抜粋して紹介する。なお、論文の著者は、米国のハーバード大学やパレスチナのガザ・イスラーム大学などの、医学、疫学、生命倫理、社会医学などの研究者。

イントロダクション

組織化されたスポーツに参加するアスリートの鍛え抜かれた肉体イメージは人々の注目を集め、競技は単にスリリングなゲームではなく集団のwellbeingを高めるものとも捉えられる傾向があり、公衆衛生施策に活用されてきている。これに対して著者らは、このような傾向が現代スポーツの負の側面を覆い隠してしまいかねないと主張している。負の側面として、例えば、健康被害さえも美化することによる生物学的なダメージのリスク、あるいはアスリートやスポーツ産業にかかわる一部の労働者からの搾取といった社会的課題が存在しているという。

著者らは本論文の目的を、スポーツ全体を否定したり悪者扱いしたりすることではなく、むしろ、スポーツが真に健康促進につながるための条件と、容認することのできない生理学的または社会的な課題に焦点を当てることだとしている。

身体活動による健康への影響と、スポーツによる健康への影響を区別する必要性

早歩きや自転車通勤あるいは家事なども含め、これらの習慣的な身体活動は、ヒトの健康に対して最も強力でコストの低い決定因子の一つと言え、それを証明した数々のエビデンスが存在する。さらに習慣的な身体活動のメリットは、心理学的、社会学的な領域にも及び、自尊心の維持や社会的なつながりの強化、回復力の向上などとの関連が示されている。

一方、組織的なスポーツも一般的には健康増進につながると考えられており、アスリートにおいて健康リスクが低いことも示唆されている。しかし、それらの知見は商業化されたスポーツシステムやエリートスポーツの参加者ではなく、低強度から中強度の運動を行うレクリエーションアスリート対象の研究から得られたものであることが多い。

こうした違いは「スポーツ=健康」という概念に疑問を投げかけている。身体活動が過度の競争、階層構造、絶え間ない評価と結びついたとき、その健康上のメリットは損なわれる可能性がある。2019年に報告されたエリートスポーツ領域でのレビューでは、勝利のためなら手段を選ばないという風潮があることが示されている。例えば、怪我をしたままプレーを続けることを高く評価したり、さらには痛みを競技への献身の証として称賛したりするとった文化が根付いていると指摘されている。

グローバルスポーツはアスリートや労働者からの搾取を助長する可能性

現代の産業保健の視点からは、労働者の雇用に伴い被雇用者の健康にプラスの影響が期待される。しかし、そのような考え方が、高度にメディア化され雇用者に大きな利潤を生むスポーツの世界にまで及ぶことはほとんどない。例えば米国では長年、大学生アスリートは公正な賃金、社会保障、健康保険なしで活動し、数十億ドルのメディア収入を生み出すことを余儀なくされてきた。2021年になり、一部のアスリートは氏名や肖像権を収益化できるようになったが、大半の選手は無給のままである。

アスリート以外に、例えば砂漠の酷暑の中でワールドカップのスタジアムを建設する移民の存在も指摘できる。2022年FIFAワールドカップ・カタール大会では、交渉力の最も弱い人々が、多くの健康リスクを伴う環境で労働に従事した。このような負荷は個人のみでなく、家庭やコミュニティーに浸透し、将来の世代へ引き継がれていく可能性もある。

スポーツと米国帝国主義、そして健康

現代の米国の帝国主義(imperialism)は征服を常態化させ、身体的影響を覆い隠す文化の流れを拡散することで維持されている。例えばイラクで働く医師たちは、2003年の米軍作戦中に投下された爆弾に起因する爆発による負傷を負う子どもたちを、現在も治療し続けている。外国の植民地支配とそれに伴う暴力的な搾取から、予測可能な形で生じるパターン化された傷害プロファイル、トラウマ、栄養失調、感染症、有害物質への曝露、絶望が報告されてきている。

しばしば見過ごされていることは、こうした傷害を助長する文化的メカニズムの存在である。現代の観戦型スポーツはこの仕組みの中核を担うことがあり、武力による暴力が避けられないものであるとの理解、もしくはそれが正当化されるような感情的な誘導に援用されることがある。ことに米国においては2001年9月11日以降、プロスポーツ界と国防総省の協調が顕著となり、現在のイスラエルによるガザ侵攻を支持するために、スポーツ界を動員しようとする動きもある。

2025年6月時点でイスラエルは785人のパレスチナ人アスリートとスポーツ関係者を殺害し、288のスポーツ施設を破壊した。その一方で米国のスポーツ専門放送局(ESPN)やNBAはアリーナを青と白のグラフィックで(注:イスラエル国旗をイメージし)ライトアップし、パレスチナでの停戦を求める声をかき消した。国家が支援するスポーツ、アスリート、チームが、国家の正当性を拡散するメカニズムとして機能している。

エンディング

スポーツにかかわるスタッフの一部は、アスリートのパフォーマンスよりもアスリートやその関係者の健康を優先することの重要性を認識するのに適した立場にいるだろう。そのような立場にある人は、アスリートが痛みを耐えて、あたかも自分の体が自分のものではなくコーチのものであるかのように振る舞うことを変化させる働きかけができるだろう。スポーツにかかわる労働者からの搾取について話し合うことができるだろう。

猛暑下で暑熱指数にかかわらず進められたスタジアムの建設に従事し命を落とす移民の存在を無視して競技を称賛したり、ハーフタイムショーでガザ攻撃を正当化しながらチームスピリットを称えたりといったことをさらに続けることは、学術的・職業的怠慢と言わざるを得ない。21世紀にふさわしいスポーツ倫理は、だれかの犠牲のうえで成り立つものであってはならない。

スポーツ倫理は、ドーピングや脳震盪などの問題にとどまらず、労働者の権利、労働環境基準、スポンサーシップのガバナンス、そして非軍事化を、健康の第一義的な決定要因として扱うべきだと我々は主張する。我々の課題は、スポーツの高揚感が、他者の目に見えない労働、傷ついた身体、そして気づかれることのない葬儀に依存しない文化を醸成することである。

文献情報

原典論文のタイトルは、「Game over: dissecting the overlooked health harms of modern sports」。〔Review Front Sports Act Living. 2026 Feb 18:8:1753432〕
原文はこちら(Frontiers Media)

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