東京2020で競技場外の医療機関を受診したアスリートの特徴が明らかに
2021年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会(東京2020)において、競技会場外の医療機関を受診したアスリートの受療理由や重症度などを詳細に分析した結果が報告された。国士舘大学体育学部スポーツ医科学科の坂梨秀地氏、田中秀治氏らの研究によるもので、「Sports Medicine and Health Science」に論文が掲載された。東京2020開催前から懸念されていた熱中症による当該事例は6件であり、いずれも外来診療のみで治療が完結していたという。
会場外医療機関での治療を要したアスリートの背景因子や治療経過を詳細に検討
東京2020には、206カ国、1万1,420人のオリンピック選手と、163カ国、4,403人のパラリンピック選手が参加した。選手と観客、関係者の医療ニーズに対応するため、主要会場には診療所が設置され、全会場に救急車が待機し、迅速な医療が提供可能な体制が整えられていた。
ただし、会場内の診療所で行われた医療に関しては比較的多くの報告があるのに対して、会場外施設の受診を要した選手に関する調査はあまり行われていない。坂梨氏、田中氏らはこの点に着目し、オリパラ組織委員会医療部門のデータと外部医療機関の診療情報データなどを用いて以下の検討を行った。
傷病分類と重症度について
会場外医療機関への受診は244件記録されていた。これらから、大会開催期間以外の受診、アスリート以外の受診、メディカルチェック目的での受診の記録を除外し、84人を解析対象とした。
傷病は、怪我、疾患、熱中症に分類。重症度については、外来受診のみの場合を「軽症」、1週間以内の入院を要した場合を「中等症」、三次医療機関への搬送や手術および1週間を上回る入院を要した場合を「重症」と定義した。
解析結果を、オリンピック選手、パラリンピック選手に分けてみていこう。
会場外医療機関を受診したオリンピック選手の背景、傷病分類、重症度
オリンピック選手の0.6%にあたる66人が会場外医療機関を受診していた。平均年齢は26.9±4.4歳で、59.1%が男性であり、56.1%は救急車により搬送され、43.9%はタクシーや関係者の車両で搬送されていた。
参加競技別にみた場合に最も受診した選手が多い競技はサッカーで17件あり、次いでボクシングと自転車(コース)が各6件、柔道5件、自転車(ロード)4件などが続いた。1,000人あたりでみた発生率は全体で8.3であり、競技別では自転車(コース)が30.8と最も高く、次いでサッカーが27.6、ボクシングが20.8、自転車(ロード)が19.9、トライアスロンが18.3と続いた。
傷病分類は怪我が72.7%、疾患が19.7%、熱中症7.6%だった。怪我の部位は四肢が52.1%と最多で、頭部が22.9%、顔面12.5%、頸椎と胸部が各6.3%であり、疾患は耳鼻咽喉科領域が38.5%、消化器疾患が23.1%、呼吸器疾患が15.4%だった。
重症度は軽症が83.3%、中等症が6.06%、重症が10.6%だった。重症者は7人であり、その参加競技はバスケットボールが2件、自転車(コース)、柔道、バレーボール、自転車(BMX)、テニスが各1件だった。
会場外医療機関を受診したパラリンピック選手の背景、傷病分類、重症度
パラリンピック選手の0.4%にあたる18人が会場外医療機関を受診していた。平均年齢は36.9±10.5歳で、61.1%が男性であり、61.6%は救急車により搬送され、30.8%はタクシーや関係者の車両で搬送されていた。
参加競技別にみた場合に最も受診した選手が多い競技は水泳で5件あり、次いで自転車(ロード)4件、陸上3件などが続いた。1,000人あたりでみた発生率は全体で7.2であり、競技別では自転車(ロード)が17.2と最も高く、次いでブラインドサッカーが12.8、パワーリフティングが11.2、車椅子フェンシングが10.4と続いた。
傷病分類は疾患が55.6%、怪我が38.9%、熱中症5.6%だった。疾患は痙攣が44.4%、脳神経領域が20.0%であり、怪我の部位は四肢が57.1%、頭部が28.6%、胸部が14.3%だった。
重症度は軽症が61.1%、中等症が33.3%、重症が5.6%だった。重症者は1人であり、参加競技は車椅子テニスだった。
熱中症での会場外医療機関の受診は計6人で、いずれも軽症
東京2020開催前から懸念されていた熱中症による会場外医療機関の受診はオリンピックで5人(マラソンで3人、自転車〈コース〉と陸上で各1人)、パラリンピックで1人(陸上)であり、すべて外来診療のみで治療が完結していた。この点については、専門委員会の熱中症指針に従い、氷水に浸水させる「アイスバス」などの熱中症対策を徹底したことが、重度熱中症の発症抑止につながったのと考察が述べられている。
著者らは、「本研究によって、これまで明らかでなかった、オリンピック・パラリンピックにおける会場外医療機関を受診した選手の特徴や経過が明確になった。この知見は、今後の国際的な大規模スポーツイベントの医療提供システムの整備に役立つのではないか」と述べている。
文献情報
原題のタイトルは、「Injuries and illness of athletes at the Tokyo 2020 Olympic and Paralympic summer games visiting outside facilities」。〔Sports Med Health Sci. 2024 Jan 17;6(1):48-53〕
原文はこちら(Elsevier)
シリーズ「熱中症を防ぐ」
熱中症・水分補給に関する記事
- 日本の蒸し暑さは死亡リスク 世界739都市を対象に湿度・気温と死亡の関連を調査 東京大学
- 重要性を増すアスリートの暑熱対策 チームスタッフ、イベント主催者はアスリート優先の対策を
- 子どもの体水分状態は不足しがち 暑くない季節でも習慣的な水分補給が必要
- すぐに視聴できる見逃し配信がスタート! リポビタンSports Webセミナー「誰もが知っておきたいアイススラリーの基礎知識」
- 微量の汗を正確に連続測定可能、発汗量や速度を視覚化できるウェアラブルパッチを開発 筑波大学
- 【参加者募集】7/23開催リポビタンSports×SNDJセミナー「誰もが知っておきたいアイススラリーの基礎知識」アンバサダー募集も!
- 暑熱環境で長時間にわたる運動時の水分補給戦略 アイソトニック飲料は水よりも有効か?
- 子どもたちが自ら考えて熱中症を予防するためのアニメを制作・公開 早稲田大学・新潟大学
- 真夏の試合期の脱水による認知機能への影響は、夜間安静時には認められず U-18女子サッカー選手での検討
- 2040年には都市圏の熱中症救急搬送社数は今の約2倍になる? 医療体制の整備・熱中症予防の啓発が必要