世界レベルで戦う日本女子レスリング選手の試合前の栄養戦略 全日本選手権での事例報告
全日本レスリング選手権大会に参加したある女子選手の栄養・トレーニング戦略を詳細に観察した事例報告が、「Journal of Nutritional Science and Vitaminology」に論文掲載された。筑波大学体育系の近藤衣美氏らの研究によるもの。この選手は試合の1カ月前から試合前の計量まで7.6%減量し、試合までに4.9g/kgの炭水化物を含む回復食を摂取したという。
トップレベルにある選手の減量方法の詳細なレポート
体重別階級のあるスポーツでは、有利な条件で戦うために計量前の短期間で急速な減量(rapid weight loss;RWL)を行うことが少なくないが、女子レスリングのトップアスリートにおけるその方法や、パフォーマンスへの影響の程度などは十分明らかにされていない。近藤氏らは、全日本レスリング選手権大会に参加する、ある日本人女子レスリング選手の同意を得たうえで、大会参加1カ月前からの栄養素摂取量やトレーニング負荷などを観察する研究を行った。
エネルギー消費を二重標識水法と三軸加速度計により把握するなど詳細な観察が行われ、論文中にはそれらが詳述されているが、ここでは主に栄養戦略に的を絞って紹介する。
17日間で約5kgの減量
この選手は、55kg級に出場を予定していた競技歴14年の女子選手で、5年間で世界大会に7回優勝した実績を有するトップアスリート。15歳から試合前の減量を行うようになり、通常14日間で約4kg減量していた。初潮発来は15歳で、月経は年に6回と希発月経だった。
試合の1カ月前(ベースライン)時の体格関連指標は、身長159.0cm、体重59.3kg、除脂肪体重50.9kgで、総消費エネルギー量は3,003kcal/日、安静時エネルギー消費量は1,184kcal/日だった。
試合前の9日間で7.6%の減量に伴い、免疫能低下などが観察される
この選手は試合前の17日間で約5kg減量し、とくに直近の9日間で4.5kg(ベースライン体重の7.6%)を減らしていた。
減量方法としては、食事を1~2食抜くこと、および、水分摂取制限、減塩、トレーニング量の増加、暖房の効いた部屋でのトレーニング、サウナスーツを着用したトレーニングなどを用いていた。平均するとトレーニング後に1.1kg/日、体重が減少し、翌日のトレーニング前には0.8kg/日増加していた。
試合3日前の時点で、主観的な睡眠の質はベースラインより低下し、トレーニング意欲も低下。空腹感や口渇感、食欲はベースラインよりも上昇していた。また唾液中の分泌型免疫グロブリンA(SIgA)は、ベースラインが28.0mg/mLであるのに対して、試合3日前には15.5mg/mLであり、免疫能の低下が示唆された。
一方、握力はベースラインから試合3日前までに、右手は3.9kg(38.7→42.6kg)、左手は2.2kg(35.6→37.8kg)、それぞれ上昇していた。
計量後5時間半で1,260kcalを摂取
計量をパス後、最初の試合までの約5.5時間で、1,260kcalの食品と1,262gの水分を摂取していた。摂取された飲食物は、卵粥250g、カステラ3個、エナジーゼリー360g、羊羹1個、チョコレート3個、オレンジジュース250mL、経口補水液500mLであり、栄養素としては、炭水化物270g、タンパク質18g、脂質14g、ナトリウム1,242mgだった。
これらの回復食は、消化器症状等を引き起こすことなく、試合パフォーマンスに寄与したと考えられ、この選手はこの大会において優勝を収めた。
著者らは、「観察された栄養・トレーニング戦略は、当該選手のパフォーマンス発揮に結びついた可能性があるが、急速な減量の健康への影響、とくに生殖機能や脱水症への影響については、さらなる研究を必要とする」と結論づけている。なお、論文中では本稿で紹介したデータのほかに、心理的パラメーターへの影響なども記されており、また減量中にも免疫能を維持するための戦略といった考察が加えられている。
文献情報
原題のタイトルは、「Nutritional and Training Strategies for Actual Competition in World-Class Japanese Female Wrestler: A Case Report」。〔J Nutr Sci Vitaminol (Tokyo). 2024;70(1):72-75〕
原文はこちら(J-STAGE)