高齢者サロン(通いの場)での熱中症教育の効果を確認――全国有数の暑い地域「館林」での研究
夏になると毎年、熱中症に対する注意が喚起・啓発されるが、高齢者の救急搬送や不幸な転帰となる事故が後を絶たない。これに対して、地域密着型の高齢者サロン(いわゆる通いの場など)を利用した熱中症予防プログラムによって、高齢者が積極的に熱中症予防行動をとるという有意な変化が生じることが報告された。筑波大学体育系の國吉光氏、渡部厚一氏らの研究であり、「Journal of UOEH(産業医科大学雑誌)」に論文が掲載された。
熱中症リスク啓発活動の限界
気候変動(温暖化)と高齢化によって近年、国内で高齢者を中心に熱中症患者が多発するようになった。それに対応し、行政府やマスコミなどが、熱中症の予防や症状、発生時の対処法などに関する情報を盛んに発信している。それにもかかわらず、熱中症で救急搬送される高齢者は著減することなく、亡くなる人もいる。
関連情報
8月の熱中症による救急搬送は3万4,835人、平成20年以降では3番目に多い人数
熱中症の危険性の啓発が続けられているにもかかわらず、熱中症患者数が減らない理由として、高齢者は自分自身が暑熱環境の影響を受けやすい状態にあるとは思っていないことが多く、単なる情報発信では高齢者の行動変容を起こすのに限界があることが示唆されている。
一方、国内では地域ごとに、高齢者の生き生きとした生活をサポートする機会として、高齢者サロンが設けられ、フレイル予防や熱中症予防啓発などの健康支援も行われている。渡部氏らは、この高齢者サロンで行われている熱中症予防啓発活動の実効性をより高める取り組みを模索し以下の研究を行った。
館林市内の高齢者サロン利用者を対象に介入研究
この研究は、群馬県館林市内の2カ所の高齢者サロン利用者を対象に実施された。館林市はかつて日本一の高温を記録したことがあり、現在も「暑い地域」として全国的に知られている。
研究参加者は、高齢者サロン利用者の中から65歳以上で認知機能低下のないことを適格条件として雪だるま式に増やしていき、最終的な解析対象者数は59人となった。研究デザインは非無作為化介入試験であり、教育介入のために必要なDVD視聴環境の有無に応じて全体を2群に分け、視聴可能な環境の31人を介入群、その他の28人を非介入群とした。
ベースライン時点データを比較すると、年齢は介入群が75.6±4.9歳、非介入群が77.9±4.6歳で後者の方が高齢だったが、有意水準は境界域だった(p=0.05)。その他、性別の分布や教育歴、処方薬数、認知機能、居住状況(同居者の有無)、住宅構造(木造かコンクリート造りか等)などに有意差はなかった。ただし、水分摂取量は介入群が中央値1.2L、非介入群が1.5Lで後者が多く有意差がみられた。
介入群の介入方法について
介入群に対しては、2022年7~9月に、隔週開催している高齢者サロンの際、教育用DVDの視聴、屋内外での湿球黒球温度(wet bulb globe temperature;WBGT.暑さ指数)の測定、リーフレットの配布といった介入を行った。DVDの内容は熱中症やスポーツ医学の専門家などによって内容の正確さやわかりやすさ、時間の適格さなどが評価され、適当と判断されるまで修正を重ねて作成し、その結果、エアコンの適切な使用、暑熱を和らげる服装、危険な時間帯での外出回避の推奨などの内容を含む11分の動画として用いた。
このほか、介入群に対しては毎晩就寝前に暑さ指数を測定し記録するよう指示。また、参加者の電話連絡網を活用し、サロンに通わない週に、互いに電話を介して注意を呼び掛けることを促した。
評価法について
研究参加時点にベースライン調査を行った後、介入から1カ月半経過した時点で中間評価、9月初旬に最終評価を行った。中間評価は介入群に対してのみ行われ、最終評価は両群に対して行われた。
介入効果はアンケートにより、暑さに対してとった行動(水分摂取量、エアコンの稼働時間など)を確認するとともに、熱中症関連の知識を問う15項目の質問(高齢者は若年者より熱中症になりにくい、高齢者は屋内よりも屋外で熱中症発症率が高い、熱中症には気温のみが関係しているなど〈これらはいずれも不正解〉)の正答率で評価した。また、実際に熱中症様の症状が現れたかどうかも確認した。
介入群で予防行動が増加し、熱中症症状発現率が非介入群より有意に低値
結果について、ここでは両群に対して評価が行われた最終評価の結果のみを紹介する。
熱中症予防のための行動
まず、水分摂取量については、介入群のベースライン時は前述のように中央値1.2L/日であったものが、最終評価では1.8Lと有意に増加していた。非介入群は1.5Lのままで変化がなかった。
以下、介入群での変化を記載すると、1日あたりのWBGT測定回数はベースライン時に4回であったものが5回に増加し、気温が28度以上の日中のエアコン稼働時間は4時間から6時間、夜間のエアコン稼働時間は7時間から10時間に増加していた。また、他者に電話をかけた回数、および電話を受けた回数はいずれもベースライン時が1回、最終評価時が5回だった。
熱中症関連の知識と、熱中症症状の発現頻度
15項目の質問で評価した熱中症関連の知識については、ベースライン時には両群ともに60点満点中42点だった。しかし最終評価時点では、介入群が54点と有意に上昇していたのに対して、非介入群では43点であって有意な変化がなかった。
2022年の夏季に熱中症様の症状を自覚した割合は、介入群が17.2%、非介入群は44.4%であり、介入群のほうが有意に少なかった。
今後はオンラインサロンなどの活用を視野に
著者は本研究を、「高齢者サロンでの複合的な教育プログラムの実施が、高齢者の熱中症に対する認識向上と予防行動改善につながることを実証した初の研究」とし、結論として「サロンに通う高齢者へのアプローチが、熱中症の予防につながる可能性があると示唆される」とまとめている。
一方で、サンプルサイズが比較的小さいことや、研究期間が新型コロナウイルス感染症パンデミックと重なったため結果に何らかの影響が生じた可能性があることなどを、研究の限界点として挙げるとともに、今後はオンラインサロンなどの活用が期待されると付け加えている。
文献情報
原題のタイトルは、「Community-Based Trial Educational Heat Disorder Program in Local Salons for Older Adults」。〔J UOEH. 2023;45(3):143-153〕
原文はこちら(J-STAGE)
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