東京2020オリンピックに冬のオーストラリアから参加した競歩選手は、どのような暑熱対策をしていたか
早いもので、東京2020オリンピックから間もなく1年がたつ。東京2020は予測されていた酷暑に対して、さまざまな対策が必要とされた。しかもコロナパンデミックのため、参加選手の事前合宿もままならなかった。これは南半球から来日するアスリートにとって、極めて不利な条件だった。こうしたなか、オーストラリア競歩選手が事前にとった暑熱対策が、論文化され発表されている。その要旨を紹介する

東京2020は近代五輪史上、最も過酷な気象環境
東京2020は、アスリートを近代オリンピック史上、最も過酷な気候条件に曝すと予測されていた。そのため国際オリンピック委員会は、競歩やマラソンの開催地を東京から札幌へ移し、さらにスタート時刻を変更した。しかしそれでも、南半球に位置するオーストラリアからの参加は、冬から高温多湿な地域に移動するという課題に直面した。さらに札幌周辺の選手村へのアクセスが制限されたため、通常の五輪のように事前に現地で十分なトレーニングを行うことが不能となった。
暑熱対策戦略として、グリセロールやナトリウムなどの浸透圧剤の摂取により、体内の水分量を高め運動前の血漿量を増加させ、深部体温を低下させるなどの方法が考えられる。ただし、東京2020に出場したアスリートがどのように暑熱対策を実践したかというレポートは限られている。
本論文は、高温多湿な条件下で開催される国際大会に参加するアスリートのための、具体的な対策戦略をまとめたもの。
オーストラリアの競歩体表選手6名の観察研究
東京2020開催前の2021年7月12~30日に、オーストラリアの北部に位置するケアンズにて、同国陸上競技チームのキャンプがもたれていた。トレーニングセッションは、午前8~10時と午後4~6時で、平均気温が午前は23.0±2.0℃、湿度71.4±11.2%、午後は24.3±1.6℃、67.4±10.1%。ちなみに2010~2020年8月の日本の札幌は平均27.1±1.2℃、74.7±3.0%だった。
研究の観察対象者は、6名の競歩選手で年齢は24±4歳、男女各3名。すべて同国の代表アスリートだった。
キャンプ前からキャンプ中の暑熱馴化と冷却・栄養戦略
キャンプ開催前に参加者は個々のコーチのもとでトレーニングを実施。自宅にて、競歩特有の熱順応セッションをトレッドミルを用いて行った。熱順応セッションの時間とトレッドミルの速度は、キャンプに向けて徐々に増加させた。
キャンプに入ると、競歩セッション6回、ランニングセッション1回、レジスタンストレーニングセッション2回などで構成されるメニューを継続。18日間の熱順応トレーニングを完了した。
冷却戦略
アスリートは、キャンプ中にさまざまな冷却戦略を検討し、札幌でのレース当日に採用する方法を選択した。例えば、水温を段階的に下げる30分の冷水浸漬プロトコルや、氷冷タオルの塗布などが利用された。
内部予冷としては、チームスポーツ栄養士が用意したアイススラリーを用いた。アイススラリーの摂取は、トレーニングセッションまたはレース開始予定時刻の60分前に開始され、レース開始予定時刻の30分前に終了した。
外部冷却としては、衣服の中に氷を入れる、または手に持つ、冷たいタオル、氷水に浸したキャップ、ネッククーラーなどが検討された。また、感覚的な冷却を生じさせる戦略として、メントールゲル(濃度0.7%)の摂取が試みられた。
栄養介入
トレーニングに際して、グリセロールと塩化ナトリウムを追加することを含む過水和プロトコルを採用した。グリセロールは0.7~1.0mL/kgを17.85mL/kgの水とトレーニングセッションの180分前に摂取。塩化ナトリウムは7.5g/Lとし、四等分して20分サイクルで各5分以内に摂取された。トレーニング中の胃腸症状のモニタリングも行った。
6名中2名のアスリートについては、チームスポーツ栄養士の監視のもと、5日間の低エネルギー可用性介入が実施され、レースに向けて理想的な体組成を実現させた。
東京2020での成績
東京2020の競歩は、2021年8月21日に行われた。
本研究に参加した女子選手3名の20kmレースは16時30分にスタート。気象条件はスタート時が31℃、64%、終了時点が30℃、69%だった。記録は1名が6位入賞を果たした。その選手の記録は、キャンプ地での気象条件よりさらに過酷な環境であったのにもかかわらず、過去2番目の成績であり、パフォーマンスの低下は自己ベストから2.0%にとどまっていた。
男子は2名が20kmに出場し、他の1名は50kmレースに出場。後者は5:30スタートで、スタート時が25℃、86%、終了時点が30℃、79%だった。20kmに出場した選手の1人と50kmに出場した選手は、過酷な環境下でいずれも自己ベストを更新し、それぞれ0.5%、0.4%、タイムを短縮した。
論文中にはもちろん、上記以外の暑熱馴化戦略が詳細に記されている。それらの実践に基づき、結論では、「高温多湿の条件下でのレースを控えているエリート競歩アスリートには、断続的な熱順応(週に1~2セッション)と熱暴露トレーニングを6~7週間組み合わせて実行することを推奨する。冷却戦略と水分補給戦略をレース前とレース中に実施する必要がある。また、経験豊富なスポーツ栄養士の指導のもとでの栄養戦略を実施し、体組成を変更することも検討可能」とまとめられている。
文献情報
原題のタイトルは、「Competing in Hot Conditions at the Tokyo Olympic Games: Preparation Strategies Used by Australian Race Walkers」。〔Front Physio. 2022 Mar 23;13:836858〕
原文はこちら(Frontiers Media)
シリーズ「熱中症を防ぐ」
熱中症・水分補給に関する記事
- ゴルフ場従業員の熱中症リスク抑制に定時休憩やアイスベスト等が有効な可能性 国内研究
- 暑い日が多いと翌年以降の認知症発症と全死亡が増える 国内の高齢者6万人対象研究で明らかに
- スポーツ庁が『運動・スポーツ中の安全確保対策の評価・改善のためのガイドライン』策定 事故・暴力防止、食事、睡眠管理の重要性などにも配慮
- 長期的な暑熱適応を考慮しても国内の熱中症死亡者数は増加 21世紀半ばには1.6倍に増加と予測
- サッカーU-17チリ代表選手の水分補給を検証 公式試合期は体重減少が激しく練習期とは異なることを考慮すべき
- 夏季は野球選手の靴・靴下・ストッキングを白にすべき理由 黒だと下肢温度が50°Cを超えることも
- 8月の熱中症による救急搬送は3万1,526人 住居での発生が最多、高齢者が全体の55%を占める
- 水分補給の習慣や尿浸透圧が、喫煙や飲酒習慣、ウエスト周囲長や疲労などの健康行動・状態と関連
- プロテニス選手の栄養戦略を国際テニス連盟など3団体が共同提言 栄養管理の実践指針やREDsや水分補給の課題などを示す
- オリエンテーリングなど長時間の競技で水分不足を防ぐには、水分補給のタイミングが重要か








熱中症予防情報
SNDJユニフォーム注文受付中!

