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剣道における熱中症リスクと予防策 これまでの知見と今後の研究の必要性 スコーピングレビュー

剣道の稽古や試合に伴う熱ストレスに関する研究を対象とする、スコーピングレビューの結果が報告された。剣道は重い防具をつけて行う熱ストレスの高い競技であるにもかかわらず、この領域の知見が十分でないことが浮き彫りにされている。女子栄養大学栄養科学研究所の宍戸初音氏、香川雅春氏による論文が、「Journal of functional morphology and kinesiology」に掲載された。

剣道における熱中症リスクと予防策 これまでの知見と今後の研究の必要性 スコーピングレビュー

剣道特有の熱ストレスとは

地球の温暖化により近年、夏季の気温上昇が顕著となり、もともと高温多湿である日本の夏がさらに過酷になってきている。それとともにスポーツ中の熱中症発症リスクも上昇しているとされ、さまざまな対策が推奨・実施されるようになった。サッカーやテニスをはじめとする複数の競技で、夏季の熱中症対策が明文化されている。

剣道は日本の伝統的な武道であり、中学校の必修科目の中の「武道」の選択肢としても位置づけられている。国内の競技人口は200万人以上に上り、そのうち女性が約60万人を占めると推計されている。

剣道では道着と袴を着た上に、頭部から胴部、上肢を覆う防具を着用する。このため稽古や試合中の熱放散が妨げられる。さらに、熱中症予防に重要な水分摂取も、防具(面)を装着後はそれを外すまで行いにくい。加えて新型コロナウイルス感染症パンデミック以降は、マスク等の着用も推奨されていることも、熱放散や水分摂取にとっては負の影響となっている。実際、剣道は熱中症発症リスクの高いスポーツの一つであることが、国内の教育現場から報告されている。

このように剣道は熱ストレスという点で他のスポーツとは異なる特殊性を有する。しかし、それにもかかわらず、剣道に特化した熱中症予防ガイドラインは存在しない。また、剣道同様にフェンシングやアメリカンフットボールなどの頭部プロテクターを着用するスポーツに比べて、熱ストレス関連の研究自体が少ない。

以上を背景として香川氏らは、剣道選手の熱ストレスに関するスコーピングレビュー(知見が不十分な領域のトピックについて、情報の整理や課題の抽出を目的とするレビュー)を行った。

文献検索について

スコーピングレビューのためのガイドラインであるPRISMA拡張版(PRISMA-ScR)に則して、PubMed、SCOPUS、医中誌Web、CiNii、Google Scholarという5種類の文献データベースに、2024年10月までに収載された論文を対象とする検索を行った。包括条件は、健康な剣道選手を対象に行われた、熱中症リスクに関する研究の報告であり、英語または日本語で執筆されており、全文が公開されていることとした。学会発表の抄録は除外した。

剣道、熱中症、熱ストレス、熱疲労、脱水、水分補給などのキーワードを用いた検索によりヒットした論文に参考文献として示されている論文も、ハンドサーチで検索した。計246件がヒットし、92件の重複を削除後に内容を精査して、最終的に15件の論文を適格と判定した。

抽出された研究の特徴

報告年は1991~2024年の範囲であり、1990年代が6件、2000年代が1件、2010年代5件、2020年代3件と、気温上昇が深刻になる以前、およびCOVID-19パンデミック以前の研究が大半を占めていた。国別にみると、ブラジルからの1件を除く14件はすべて日本発の報告だった。

研究対象者は大半(12件、80.0%)が男子大学生であり、女性が含まれていた研究は1件のみであって、その研究も性別の解析はなされていなかった。大学生以外の研究はわずかだった。

脱水症状の指標として、体重変化を評価したものが最多であり、ほかには体温、心拍数、血液検体を用いた研究がそれぞれ複数存在した。一方、尿検体を用いた研究は1件にすぎなかった。15件中9件は実際の稽古中に検討され、4件は研究室内、2件はそれら双方の環境下で検討されていた。

本論文には、これらの研究結果を詳細に分析した結果が述べられているが、本稿では要旨のみ紹介する。

全体として研究の少なさが強調される結果に

体温・体重の変化

稽古中に体温の変化を評価した研究が5件あり、そのすべてで稽古後の体温上昇を報告していた。研究室内で道着と防具を着用し、自転車エルゴメーターまたはトレッドミルによる負荷を加えた2件の研究から、ショートパンツや水着などの軽装で負荷を加える条件に比べて、体温の上昇が有意に大きくなることが示された。また、道着の素材の違いを稽古中に検討した研究からは、ポリエステル素材のほうが綿素材よりも熱ストレスが少ないことが示唆された。さらに、COVID-19パンデミック発生後に実施された、マスクやフェイスシールドを面の下に着用することの影響を検討した研究は、それらを直用しない場合よりも体温が有意に高くなったことが報告されていた。

スポーツ活動中の熱中症リスクを押し上げる脱水の指標としては一般的に、体重変化が広く用いられている。解析対象とした15件の研究の中で、体重変化を評価した研究は13件(15条件)であった。報告されている体重変化は0.6~4.0%の範囲だった。

脱水予防戦略、防具(面)越しの水分摂取の工夫

脱水予防のための水分補給戦略に関する研究のうち、剣道という競技の特徴に配慮した研究として、被験者が防具(面)を外さずに飲めるように、ストローを用意しておく場合とそれをしない場合とで、水分摂取量を比較した研究が挙げられる。その研究は、ストローを用いたほうが、水分摂取量が有意に多いという結果を示していた。ただし、ストロー使用の有無にかかわらず、稽古後には体重減少が確認されたという。

なお、脱水の評価方法として、一般的には非侵襲で評価可能な尿検体(比色や比重)が用いられることが多いが、解析対象15研究のうち尿検体を利用していたのは前述のように1件のみで、多くは血液検体(ヘマトクリット、バソプレシンなど)を用いていた。また、生体インピーダンス法を用いて体組成の変化を検討した報告はなかった。

熱中症予防戦略

解析対象とした研究の多くで、熱中症のリスクが評価されていたのに対して、熱中症の予防戦略を検討した研究は1件のみだった。その研究では、防具を着用した稽古中に、手のひらを冷却することで体温上昇幅が有意に抑制され、また自転車エルゴメーターで計測したパワーの低下が抑制されたという。

このほか、剣道選手の水分補給や熱ストレスに対する知識や態度に関する研究報告は、みられなかった。

著者らは本研究を、「剣道選手の熱中症のリスクとその管理に関する既存のエビデンスを系統的に検索した、初のレビューである」としたうえで、「剣道は熱中症リスクが高い武道・スポーツであるにもかかわらず、研究数自体が少なく、しかもかなり以前の報告が多くを占めていた。それらの論文は、研究プロトコルや検討に用いた測定テクノロジーなどの点で、今日の研究レベルではやや見劣りするものが多い。また、女性や大学生以外での知見は皆無に近い。地球温暖化によりこのトピックの重要性が増している現在、剣道選手の熱ストレスに関するさらなる研究が必要と考えられる」と総括している。

文献情報

原題のタイトルは、「Current Situation of Heat Stress Studies on Kendo Players: A Scoping Review」。〔J Funct Morphol Kinesiol. 2024 Nov 4;9(4):219〕
原文はこちら(MDPI)

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