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「強くあれ」のプレッシャーが生む孤独:ラグビー選手のメンタルヘルスと過度な自律

国内の男性ラグビー選手を対象とする調査から、古典的な男性的価値観の一部である「過度な自律」を重視することが、メンタル的に困難な状況に直面した際に周囲へ助けを求めることを妨げる可能性があることが明らかになった。国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所の小塩靖崇氏らの研究によるもので、その成果は「BMJ Open Sport & Exercise Medicine」に掲載された。

「強くあれ」のプレッシャーが生む孤独:ラグビー選手のメンタルヘルスと過度な自律

身体能力の高い男性選手は常に“男らしく”あらねばならないのか?

トップアスリートは、日々激しい競争にさらされ、また周囲からの高い期待を受けながら、つねに強いプレッシャーの中で過ごしている。このようなストレスフルな状況は、不安症やうつ病などのリスクを高める。しかし、そういったメンタルの不調を抱えていることが他者に知られると、「弱さ」と見なされ、レギュラー入りや代表選考などにおいて不利に評価されることが少なくない。

このようなスティグマ(社会的烙印)の影響はとくに、「強靭な肉体」をもち「男らしくあること」が求められる男性選手により強く表れると考えられる。その典型的な競技の一つがラグビーであり、小塩氏らはこれまでも国内のエリートレベルの男性ラグビー選手を対象としたメンタルヘルスに関する研究を行ってきた。今回の研究では、選手本人が「自律的であるべき」と考える意識が、助けを求める必要性の認識、その意思および実際の行動とどのように関係しているのかを調査した。

ジャパンラグビーリーグワンの現役選手を対象にweb調査を実施

本調査は、日本ラグビーフットボール選手会に属し、リーグワン(1部)のリーグ戦に出場している18歳以上のエリートレベルの選手541人を対象に、webアンケートとして実施された。347人(64.1%)が回答し、そのうちすべての質問項目に回答した220人を解析対象とした。

解析対象者のおもな特徴は、年齢27.97±3.98歳、ラグビー経験16.97±5.00年、既婚46.82%であった。居住状況は、家族と同居が50.00%、独居が22.27%、寮生活が27.73%。12.73%の選手は日本代表メンバー経験を有していた。

古典的な男性的価値観の評価方法

古典的な男性的価値観は、「IMVS(Intentions Masculine Values Scale)」を用いて評価した。IMVSは海外で開発され、精度が検証された指標であり、本研究では、日本語に翻訳した後に英語へ再翻訳し、IMVSの開発者に確認・承認を得たうえで使用した。IMVSでは、「男性は他者に気を遣うべき」、「男性は決断を自分ですべき」など8項目の質問について、5段階のリッカートスコアで回答を得て、総合スコアおよび「解放的で無私」「健康的かつ自律的」の二つのサブスケールスコアを算出した。本研究におけるIMVSの総合スコアは20.95±5.21点、「解放的で無私」のスコアは9.43±3.06点、「健康的かつ自律的」のスコアは11.52±2.79点であった。

自律性の高さが、メンタル不調時のサポート要請を妨げる可能性

メンタルヘルス上の問題への対処について、本研究では次の3つの項目について調査を行った。「専門家のサポートを求める必要性の認識」、「サポートを求めようとする態度」、「実際にサポートを受けるという行動」。

一つ目の「専門家のサポートを求める必要性の認識」は、「メンタルヘルス上の問題が生じた際に専門家のサポートが必要だと思うか」と質問。その結果、全体の60.0%がサポートの必要性を認め、9.5%がその必要性を否定した。

二つ目の「サポートを求めようとする態度」は、「自分がメンタルヘルス上の問題を抱えていると感じた場合、専門家にサポートを求める可能性はどの程度か」と質問。その結果、47.7%は「サポートを求める可能性がある」と回答し、17.8%は「求めない」と予測した。

三つ目の「実際にサポートを受ける行動」については、「過去3カ月以内に、うつ病や不安などの症状で実際に相談やサポートを受けたか」と質問。その結果、59.1%が「そのような状況ではなかった」と回答した。一方、21.8%はメンタルヘルス上の問題を抱えていたにもかかわらず、相談やサポートを求めていなかった。実際に相談やサポートを求めた場合は19.1%であった。。

「開放的で無私」を重視する価値観は、サポートの認識や態度と相関するが、行動とは関連せず

IMVSで評価された「開放的で無私」な価値観は、「専門家のサポートを求める必要性の認識」と有意に相関していた(β=0.059、p=0.009)。また、「サポートを求めようとする態度」とも有意な相関が認められた(β=0.064、p=0.006)。

しかし、過去3カ月以内にうつ病や不安などの症状があったと回答した選手に限定した解析では、「実際に相談やサポートを求める行動」との関連は認められなかった。つまり、日頃の考え方や態度が、実際の行動には必ずしも結びつかないことが示唆された。

「健康的かつ自律的」を重視する価値観は、必要な時にサポートを求めなかったことと有意に相関

一方、IMVSで評価された「健康的かつ自律的」を重視する価値観は、「専門家のサポートを求める必要性の認識」との相関は有意水準未満(p=0.054)で、「サポートを求めようとする態度」とは関連も認められなかった(p=0.586)。

さらに、過去3カ月以内にうつや不安などの症状が出現したと回答した選手に限定した解析では、「実際に相談したりサポートを求めなかったこと」と、有意な関連が認められた(β=0.266、p=0.014)。つまり、古典的な男性的価値観の一つである過度な自律性を意識している選手ほど、メンタルの不調時周囲への助けを求めることを避ける傾向があった。

行動の変化に結びつく指導や環境改善が必要

著者らは、本研究が横断研究であるため因果関係は不明なこと、また自己申告の回答に基づく解析であるためバイアスのリスクがあることを限界点として挙げた。そのうえで、研究の結論を以下のようにまとめている。

「我々の研究結果は、日本の男性ラグビー選手において、男性的な価値観と必要な時にメンタルヘルス上のサポートを求める行動との間に大きなギャップがあることを示している。アスリートの精神的健康のリスクに対する認識を高め、態度の変容を促し、実際にサポートを求める行動につなげるための取り組みが必要である。また、本研究の知見を一般化するためには、他の競技のアスリートや異なる文化的背景をもつ集団を対象とした研究が求められる」。

文献情報

原題のタイトルは、「Mental health help-seeking knowledge, attitudes and behaviour among male elite rugby players: the role of masculine health-related values」。〔BMJ Open Sport Exerc Med. 2025 Jan 31;11(1):e002275〕
原文はこちら(BMJ Publishing Group Ltd & British Association of Sport and Exercise Medicine)

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