運動することによって脳内ドーパミンが刺激され、認知機能の向上を促す可能性
有酸素運動がもたらす反応の速さの向上には、骨格筋の生理的変化だけでなく、脳内でのドーパミン遊離が関係していることが明らかになった。電気通信大学や東北大学、明治安田厚生事業団の共同研究グループの研究によるもので、英国生理学会発行「Journal of Physiology」に論文が掲載されるとともに、関係機関のサイトにニュースリリースが掲載された。この研究は1回の運動による効果を示したものだが、研究グループは「習慣的な運動が脳にもたらす有益な効果を検証するうえでも重要な知見であると言える」と述べている。
研究の背景と手法:なぜ運動により反応時間が短縮するのか?
これまでに数多くの研究から、1回の有酸素運動が認知パフォーマンスを向上させることは広く知られており、それらの評価の多くは認知課題に対する反応の速さ(反応時間)の向上によって示されてきた。これらの過去の研究では、1回の運動による反応の速さの向上は、運動による覚醒レベルの上昇などに起因するとされてきた。しかし、運動により反応の速さが短縮するメカニズムは明らかでなかった。
そこで本研究グループでは、脳の神経伝達物質であるドーパミンに着目し、ポジトロン断層法(positron emission tomography;PET)を用いて、運動による脳内のドーパミン遊離を検証した(図1)。あわせて、運動中に認知課題(Go/No-Go課題)を行い、反応の速さを認知パフォーマンスの指標として評価し、脳内のドーパミン遊離と認知課題に対する反応の速さとの関係について検証した。
図1 ポジトロン断層法の実験
研究の成果:パフォーマンス向上には脳内の神経活動が必要
まず初めにポジトロン断層法を用いた実験から、一過性の有酸素運動により脳内でのドーパミン遊離がみられることを捉え、さらに運動によるドーパミンの遊離と認知課題に対する反応の速さとの間に有意な相関関係があることを明らかにした(図2)。
図2 運動による反応時間の短縮と脳内(左尾状核)のドーパミンの遊離量との関係
実験2として、運動による認知パフォーマンスの向上を引き起こす要因の解明を試みるために、電気刺激を活用した下肢への骨格筋収縮による不随意運動誘発モデルを用いて、骨格筋の運動(筋収縮)に伴う生理的変化が運動による認知パフォーマンスの向上へ及ぼす影響を検証した。
その結果、電気刺激による骨格筋の筋収縮(運動)だけでは認知課題に対する反応の速さに変化はみられなかった(図3上)。そこで、実験3では下肢の筋群への電気刺激(不随意運動)に腕エルゴメーター(随意運動)を併用した運動を行うと、認知課題に対する反応の速さの向上がみられた(図3下)。
したがって、実験2と3より運動による認知課題に対するパフォーマンスの向上には、骨格筋の収縮に伴う生理的変化だけでは十分とは言い難く、随意運動に伴う脳内の神経活動が必要であることが示唆された。
以上の結果から、1回の有酸素運動による認知課題に対する反応の速さ、すなわち認知パフォーマンスの向上には脳内でのドーパミンが関係していること、さらに運動による認知パフォーマンスの向上には随意運動に伴う脳内での神経活動が必要であることが明らかになった。
図3
今後の期待:習慣的な運動の脳への効果の理解に向けて
脳の神経伝達物質であるドーパミンは認知機能や運動制御だけでなく、パーキンソン病、統合失調症、うつ病、注意欠如・多動症を含むいくつかの疾患において重要な役割を担っていることが知られている。本研究から得られた知見は1回の運動による効果を示したものだが、習慣的な運動が脳の健康をもたらすメカニズムの解明につながる可能性があり、引き続き探求が必要な研究課題であると考えられる。
ニュースリリース
運動による脳内ドーパミンの遊離が認知パフォーマンスの向上に関係(電気通信大学)
文献情報
原題のタイトルは、「The neuromodulatory role of dopamine in improved reaction time by acute cardiovascular exercise」。〔J Physiol. 2024 Feb;602(3):461-484〕
原文はこちら(John Wiley & Sons)