自宅でも作れる昆布だしのうま味が、高齢者の唾液分泌や味覚を改善して、健康的な食生活を促進
日本食の伝統的な調理素材であり、自宅で簡単に作ることのできる昆布だしが、高齢者の健康を支えるかもしれない――。口腔乾燥感のある患者に、昆布だしを自作して含漱(うがい)を継続してもらったところ、唾液分泌や味覚の客観的指標が改善し、かつ、摂食・嚥下などに関する主観的評価も改善したという。東北大学病院総合歯科診療部の佐藤しづ子氏らの研究によるもので、「Frontiers in Nutrition」に論文が掲載された。
唾液分泌の低下に伴う味覚障害は、高齢者の健康リスク
高齢者には唾液分泌の低下がよくみられ、それが味覚障害につながることが多い。唾液分泌低下はオラールフレイルとして高齢者のフレイルに関与するが、唾液分泌低下で生じた味覚障害は、食欲の低下を招きフレイルの危険性をより一層高める。
唾液分泌の低下に対する治療として、副交感神経を刺激するコリン作動薬などが用いられているが、頭痛、嘔気・嘔吐、発汗などの副作用のリスクがある。それに対して、味覚―唾液反射の利用が有用と考えられるが、酸味刺激は、唾液分泌が低下した高齢者には口腔粘膜炎が併発しているために痛みを生じてしまう。一方、基本五味のうち、うま味は酸味と同程度に唾液分泌を刺激し、かつその作用が長く続くという報告がある。
以上を背景として佐藤氏らは、うま味だしとして国内で古くから広く用いられてきている昆布だしが、高齢者の唾液分泌低下を改善し、それを介して味覚機能も改善するのではないかとの仮説の下、以下の研究を行った。
なお、唾液は大唾液腺と小唾液腺から分泌され、前者が9割以上を占める。小唾液腺から分泌される唾液は量はわずかだが、ムチンや免疫グロブリンA(IgA)が豊富であり、嚥下や免疫など口腔の健康に重要と考えられている。近年、世界的に、総唾液分泌量(大唾液腺唾液が主体)が正常であっても小唾液腺の分泌量低下は、高齢者の口腔乾燥症に強く関わることが明らかにされている。本研究では、大唾液腺の分泌についてはガムを10分間咀嚼するテストで評価するとともに、小唾液腺の分泌も専用の機器を用いて測定した。
口腔乾燥感のある高齢者に昆布だし含漱を続けてもらい、唾液分泌や味覚への影響を検討
研究参加者は、2017年5月~2021年12月に口腔乾燥感を主訴として東北大学病院歯科を受診した患者から、20歳未満、認知機能低下、頭頸部・口腔への放射線療法または化学療法の既往、ヨウ素摂取の禁忌(甲状腺疾患ほか)、昆布アレルギーなどを除外した54人。治療介入前(ベースライン時点)に、大唾液腺・小唾液腺の唾液分泌量、基本五味に対する感度、自覚症状を評価した後、全患者に対して以下の方法で、昆布だしを用いた含漱を行ってもらった。
まず、通常の水を口に含み、味をよく味わいながら30秒間含漱することを、1日10回(朝、昼、晩に3~4回ずつ)、2週間継続。次に、昆布10gを細かく刻み、500mLのペットボトルの水に混ぜて室温でひと晩抽出させ、冷蔵庫で保管。これを2日ごとに作成し、常に新鮮な昆布だし液で、水含嗽と同様に1日10回、2週間にわたり含漱。最後に、昆布を40gに増やした昆布だし液で、同様に2週間の含漱をしてもらった。
ベースライン時の主な特徴
研究期間中の脱落や昆布だしを規定外の方法で作成した患者などを除外し、35人(72.31±10.61歳、女性94.2%)を解析対象とした。このうち14人は、総唾液分泌量は基準値内ながら小唾液腺の分泌が低下していた(normal whole saliva secretion flow rate with low minor saliva secretion flow rate;NWS-LMS)。他の21人は、総唾液分泌量が少なく、小唾液腺の分泌も低下していた(low whole saliva secretion flow rate with low minor saliva secretion flow rate;LWS-LMS)。
この両群間で、年齢、性別の分布、喫煙状況、処方薬数、糖尿病・不安症/うつ病の割合などに有意差はなかったが、シェーグレン症候群はLWS-LMS群に多かった(p=0.045)。基本五味の味覚障害の割合は、すべてLWS-LMS群のほうが高かったが、群間差は非有意だった。また、嚥下困難、発話困難、口腔粘膜の灼熱感なども、群間差は非有意だった。
なお、患者が作成した昆布だしを分析した結果、含有されるアミノ酸量はアルギン酸、アラニン、プロリンなどはごくわずかであるのに対しグルタミン酸が圧倒的に多く、その濃度は患者間で有意差がなかった。また、グルタミン酸は、昆布10gより40gによる昆布だし液のほうが有意に高濃度だった。
昆布だしの含漱は、小唾液腺分泌が低下している場合において、より有効
唾液分泌への影響
小唾液腺分泌量の変化
まず、水の含漱を2週間継続した前後で比べると小唾液腺の分泌量は前後で変わらず、両群ともに有意な差はなかった(NWS-LMS群p=0.902、LWS-LMS群p=0.862)。
しかし、10g/500mLの昆布だしの含漱を2週間継続した前後での比較では、両群ともに小唾液腺の分泌量が増加していた(同順にp=0.028、0.029)。さらにその後、40g/500mLの昆布だしの含漱を2週間継続した前後での比較でも、両群ともに小唾液腺の分泌量が増加していた(p=0.048、0.011)。
また、NWS-LMS群およびLWS-LMS群の両群において、40g/500mL昆布だし含漱による小唾液腺分泌量の増加幅は、10g/500mL昆布だし含漱での増加幅よりも有意に大きかった(p=0.048、0.011)。
総唾液分泌量の変化:
一方、総唾液分泌量は、水の含漱を2週間継続した前後で変わらず、両群ともに有意な差はなかった(いずれもp=1.000)。また、NWS-LMS群では、昆布だしの含漱を2週間継続した前後での比較でも、用いた昆布の量にかかわらず有意な変化がなかった(10g/500mLはp=0.960、40g/500mLはp=0.852)。
それに対して、LWS-LMS群では、昆布だしの含漱を2週間継続した前後での比較で総唾液分泌量が有意に増加した(10g/500mLはp=0.041、40g/500mLはp=0.005)。また、40g/500mL昆布だし含漱による総唾液分泌量の増加幅は、10g/500mL昆布だし含漱での増加幅よりも有意に大きかった(p=0.005)。
味覚感度への影響
続いて味覚感度への影響をみると、水の含漱を2週間継続した前後の比較では、NWS-LMS群、LWS-LMS群ともに、有意な変化はみられなかった。
しかし、昆布だしの含漱を2週間継続した前後での比較では、用いた昆布の量にかかわらず、両群ともにうま味の感度が改善していた(すべてp<0.0001)。
うま味以外の四味に関しては、LWS-LMS群では、10g/500mL昆布だし含漱の前後で有意な変化がなかったものの、40g/500mL昆布だし含漱の前後では有意に改善していた(p値は甘味0.002、塩味0.016、酸味0.016、苦味0.040)。NWS-LMS群については用いた昆布の量にかかわらず、有意な変化がみられなかった。
総唾液分泌量が正常でも小唾液腺分泌の低下が摂食困難を招き、昆布だしがそれを改善
本研究の特筆すべきこととして著者らは、高齢者においてはたとえ総唾液分泌量が基準範囲内であっても、小唾液腺の分泌が低下していると、味覚障害、摂食・嚥下障害、口腔粘膜灼熱感などを生じさせ得ると判明したことを挙げている。そして、昆布だしの含漱で、水の含嗽では変化がなかった、主観的摂食・嚥下障害および口腔粘膜灼熱感などの症状にも改善が認められた。
以上より論文の結論は、「昆布だしは高齢者の味覚を維持し、健康的な食習慣を促進する可能性がある」と総括されている。
なお、昆布だしが唾液分泌量を持続的に増加させるメカニズムについては、先行研究を基に、うま味の後味が寄与している可能性が考察として述べられている。すなわち、酸味刺激による唾液分泌は、酸味の後味は急速に減衰するために続かないのに対して、昆布だし液は、うま味の後味が長時間持続するために、唾液分泌により大きな効果を与えると考えられるという。
文献情報
原題のタイトルは、「Contribution of kelp dashi liquid to sustainable maintenance of taste sensation and promotion of healthy eating in older adults throughout the umami-taste salivary reflex」。〔Front Nutr. 2024 Aug 27:11:1406633〕
原文はこちら(Frontiers Media)