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人工型トランス脂肪酸「エライジン酸」が細胞の老化や炎症を促進する仕組みを解明

代表的なトランス脂肪酸であるエライジン酸が、DNA損傷※1の際に起きる細胞老化※2および炎症を促進する作用とその分子機構が解明された。エライジン酸を摂取したマウスでは、代謝関連脂肪肝疾患(MASLD)※3の発症時に、肝臓の細胞老化および炎症が亢進するという。東北大学などの研究グループの研究によるもので、「iScience」に論文が掲載されるとともに、プレスリリースが発行された。著者らは、「動脈硬化症やMASLDをはじめとした、トランス脂肪酸関連疾患の画期的な予防・治療戦略の開発につながることが期待される」としている。

人工型トランス脂肪酸「エライジン酸」が細胞の老化や炎症を促進する仕組みを解明

※1 DNA損傷:紫外線や活性酸素などの細胞内外からのストレスによって、DNAが修飾や切断を受けて障害され、正常な状態を維持できなくなること。損傷の程度が重度な場合は、アポトーシスなどの自発的な細胞死を起こして、損傷が蓄積した細胞を排除することで細胞のがん化を防ぐ。一方、損傷が中程度の場合は、後述の細胞老化を誘導する。
※2 細胞老化:DNA損傷やストレスに応答して細胞が増殖を停止する現象で、体内の組織の恒常性維持やがん抑制に関与する。老化細胞は、サイトカイン(IL-1α,IL-6)やケモカイン(IL-8)などの炎症誘導因子を産生・分泌する老化関連分泌表現型(Senescence-Associated Secretory Phenotype;SASP)という形質を獲得し、炎症や組織リモデリングなどによって、さまざまな生理応答や病態に関与することが知られる。
※3 代謝関連脂肪肝疾患(MASLD):Metabolic dysfunction-Associated Steatotic Liver Disease。代謝異常に関連して肝臓に脂肪が蓄積する疾患群で、世界的に患者数が増加しているにもかかわらず、根本的な治療法が確立されていない。生活習慣病と密接に関係しており、心血管疾患や肝疾患のリスクを高めることが知られている。進行すると肝炎(Metabolic dysfunction-Associated Steatohepatitis;MASH)が発症し、さらに肝硬変、肝がんの原因となることがある。従来は、非アルコール性脂肪性肝疾患(Non-Alcoholic Fatty Liver Disease;NAFLD)と呼ばれていたが、2023年に国際的な定義変更が行われ、MASLDという呼称が用いられるようになった。

研究の概要:トランス脂肪酸がDNA損傷の際に起きる細胞老化および炎症を促進する

一部の加工食品に含まれるエライジン酸などのトランス脂肪酸の摂取は、過去の疫学的知見から、動脈硬化症や生活習慣病(MASLDなど)をはじめとした、加齢や炎症が関連する疾患のリスク因子とされてきたが、炎症誘導の詳細な分子機構は不明だった。東北大学大学院薬学研究科、帝京大学薬学部、静岡県立大学薬学部、岩手医科大学薬学部の共同研究グループは、最も主要なトランス脂肪酸であるエライジン酸が、DNA損傷の際に起きる細胞老化および炎症を促進することを発見した。

エライジン酸は細胞膜上の脂質ラフト※4と呼ばれる膜上の微少領域に取り込まれ、この領域内にサイトカインIL-1受容体を集積させることで、受容体下流における炎症誘導シグナルの活性化を増強し、細胞老化や炎症反応を増幅することが明らかになった。エライジン酸を摂取させたマウスでは、心血管疾患や肝がんの引き金となるMASLDの発症時に、肝臓の細胞老化および炎症が亢進した。動脈硬化症やMASLDなどのトランス脂肪酸関連疾患の画期的な予防・治療戦略の開発につながる重要な研究成果といえる。

※4 脂質ラフト:細胞膜の中に存在する脂質とタンパク質が集まった微少領域。スフィンゴ脂質やコレステロールを特に豊富に含むため疎水性が高く、秩序だった構造を取っており、膜全体に均一に存在するわけではなく、「いかだ(raft)」のように点在する。本領域には受容体やシグナル分子が集まりやすく、さまざまなシグナル伝達のプラットフォームとして、細胞内情報伝達を効率よく行うために重要な役割を担う。

詳細な説明:代表的な人工型であるエライジン酸のみが炎症促進作用を有している

研究の背景:人工型でなく、天然型のトランス脂肪酸の分子機構は未解明

トランス脂肪酸は、トランス型の炭素-炭素間二重結合を一つ以上含む脂肪酸の総称。食用油脂の製造・加工過程で副産物として産生され、一部の加工食品に含有されるエライジン酸などの「人工型」トランス脂肪酸は、過去の疫学調査を中心とした知見から、動脈硬化症、神経変性疾患、生活習慣病(糖尿病、MASLD)などの加齢や炎症が関連する諸疾患のリスクファクターとなることが示唆されている。欧米諸国ではこれまでに、食品中含有量の制限等の規制も導入されてきた。

一方、主にウシなどの反芻動物の胃の中の微生物によって産生され、乳製品や牛肉などに多く含まれるトランスバクセン酸などの「天然型」トランス脂肪酸については、上記疾患との疫学的関連性は低いものの、実際の毒性の有無については科学的根拠が乏しいのが現状。その主な要因は、トランス脂肪酸摂取に伴う関連疾患の発症・増悪の詳細な分子機構についての理解が十分に進んでいないことにある。

研究の概要:エライジン酸が細胞老化・炎症を促す分子機構を解明

研究グループは、トランス脂肪酸関連疾患全般に細胞老化および炎症が共通して密接に関与することに着目して、U2OS(ヒト骨肉腫)などの細胞株にエライジン酸を前処置して、予め細胞内に取り込ませたうえでDNA損傷を与え、細胞老化を誘導した。その結果、エライジン酸存在下では、細胞老化およびそれに伴うIL-1α、IL-6、IL-8などの炎症促進因子の産生が亢進した。本作用は、エライジン酸の幾何異性体にあたるオレイン酸(天然に豊富に存在するシス型二重結合を有する脂肪酸)、あるいは食品中に含まれるエライジン酸以外の主要なトランス脂肪酸4種類ではいずれも認められなかったことから、エライジン酸特有の作用であることが判明した。

詳細な解析から、DNA損傷時に、エライジン酸が炎症関連因子の発現誘導に主要に寄与する転写因子NF-κBの活性化を促進すること、その上流で働くキナーゼ分子群TAK1、IKKの活性化が増強することを見いだした。そこで、TAK1/IKK/NF-κB経路※5の最上流にあたるIL-1受容体の関与を想定し、その活性化に重要とされる細胞膜上の脂質ラフトと呼ばれる膜上の微少領域に着目した。

※5 TAK1/IKK/NF-κB経路:細胞が外部からの刺激やストレスに応答して炎症や免疫反応を活性化するための重要なシグナル伝達経路。IL-1受容体などの受容体の活性化に伴い、その下流でキナーゼ分子TAK1(transforming growth factor β-activated kinase 1)が活性化され、その下流でIKK(IκB kinase)をリン酸化して活性化し、最終的に炎症関連因子のマスター転写因子NF-κB(nuclear factor-κB)が核内に移動し、さまざまな炎症関連因子の転写を誘導する。本経路は感染防御に不可欠である一方、過剰に働くと炎症性疾患やがんの原因にもなる。

エライジン酸存在下では、IL-1αによるリガンド刺激時のIL-6/8の発現が上昇したこと、メチル-β-シクロデキストリン処置による薬理的な脂質ラフトの除去によって、IKKやNF-κBの活性化が抑制されたことから、IL-1受容体および脂質ラフトの寄与が確認できた。さらに、脂質ラフト画分を生化学的に分離して脂質解析を行ったところ、細胞に添加したエライジン酸が実際に脂質ラフト画分に効率よく取り込まれることが確認され、エライジン酸存在下では、同画分中におけるIL-1受容体の存在量が有意に増加していた。

以上の結果から、エライジン酸は脂質ラフトに取り込まれることで、IL-1受容体を同領域内に集積させ、IL-1リガンド刺激に伴うNFκBの活性化を増強することでIL-1α/6/8の産生を促進することが明らかとなり、細胞老化および炎症を正のフィードバック機構によって促進する一連の分子機構が解明された(図1)。

図1 エライジン酸による細胞老化および炎症の促進機構

エライジン酸による細胞老化および炎症の促進機構
エライジン酸はリン脂質成分として脂質ラフトと呼ばれる細胞膜上の微少領域に取り込まれ、本領域へのIL-1受容体の集積を促進する。DNA損傷時に細胞老化が起きると、IL-1α/6/8などの炎症関連因子が発現誘導されるが、エライジン酸存在下では、IL-1αの産生・分泌に伴うIL-1受容体の活性化が増幅され、TAK1/IKK経路を介した転写因子NF-κBの活性化が亢進することで、さらなる細胞老化・炎症が引き起こされる(正のフィードバック機構)。本機構による炎症反応の促進作用は、代謝関連脂肪肝疾患(MAFLD)などのトランス脂肪酸関連疾患の発症や進展に寄与すると考えられる。
(出典:東北大学)

さらに、野生型マウス(C57BL/6J)に12週間高脂肪食を与えることでMASLDを誘導した際の餌中のエライジン酸の有無が本病態に与える影響を解析したところ、エライジン酸摂取時には、肝臓における老化細胞数、およびIL-1βやcol1a1などの炎症や肝臓線維化にかかわる遺伝子群の発現の有意な増加が認められた。したがって、エライジン酸の摂取に伴い、MASLD発症時に、実際に肝臓における細胞老化および炎症が亢進することが、マウス個体レベルでの実験でも確認できた。

社会的意義と今後の展望:関連疾患の予防・治療戦略の開発や提案に期待

トランス脂肪酸関連疾患には細胞死も深く関与するが、同研究グループを中心に、エライジン酸などの人工型トランス脂肪酸が細胞死を促進することが示され、その分子機構について解明が進んできた。その一方で、トランス脂肪酸摂取と全身性炎症(血中の炎症マーカーCRPの増加)の関連性を示した知見や、トランス脂肪酸が実際に炎症を誘導・促進することを示した細胞・個体レベルでの知見は存在するが、その背景にある具体的な分子機構については謎に包まれていた。

本研究成果は、トランス脂肪酸による炎症誘導・促進メカニズム、および老化や関連疾患の発症・増悪機構の全容解明につながる重要な基礎的知見として位置付けられる。また、トランス脂肪酸の中でも、代表的な「人工型」であるエライジン酸のみが炎症促進作用を有していたことから、乳製品や牛肉に含まれる天然型のトランス脂肪酸については過度に注意する必要はない一方で、人工型トランス脂肪酸の食品中含有量や摂取量について引き続き注視していく必要があると考えられる。

なお、本研究成果は、あくまでもがん細胞株を利用した分子メカニズムの解析、マウスを利用した個体レベルでの解析の結果に基づくもの。したがって、実際の生理的な条件、具体的には、正常な細胞やヒトの体内において、本知見によって得られた分子機構や現象が同様に認められるか否かについては、今後のさらなる調査や検証が必要であり、今回得られた知見に関しては、そのような観点から、慎重な解釈が必要。今後、トランス脂肪酸による細胞老化や炎症の誘導・促進作用に関する研究や解明が進むことで、関連疾患の予防・治療戦略の開発や提案につながることが期待される。

プレスリリース

トランス脂肪酸が老化・炎症を促進する分子メカニズムを発見 -生活習慣病の発症予防・治療戦略の開発に期待-(東北大学)

文献情報

原題のタイトルは、「Elaidic acid drives cellular senescence and inflammation via lipid raft-mediated IL-1R signaling」。〔iScience. 2025 Aug 6;28(9):113305〕
原文はこちら(Elsevier)

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