元オリンピアンは心血管疾患が少ない一方で皮膚癌や関節症が多い 引退後の健康リスクを一般住民と比較
オリンピックに出場経験のあるアスリートの引退後の健康状態を、一般住民と比較検討した結果が英国から報告された。元アスリートは、肥満、糖尿病、狭心症、脳卒中などが少なく、また女性の元アスリートで骨粗鬆症の有病率の低下なども認められた。その一方で、メラノーマ(黒色腫)を含む皮膚癌と変形性関節症の有病率は一般人口よりも高いという。
高強度のトレーニングを続けていたアスリートの引退後の健康状態は?
運動が健康増進に有益であることは疑いないものの、トップアスリートが行う高強度・高負荷のトレーニングも、健康増進のための運動と同様の効果があるのかという点は興味深い疑問であり、死亡リスクからこの疑問について検討した研究結果がいくつか報告されている。しかし、疾患の有病率を一般住民と比較した研究の報告は限られている。
日本人オリンピックアスリートは一般人口より長寿 戦後開催大会参加選手を調査
米国オリンピックアスリートは5年長生き 1921年以降参加の8,000人以上を調査
オリンピアンは長寿?筋肉量や筋力は一般高齢者より優れている? 東京大学の研究
英国の元オリンピアンと一般住民の健康状態を比較
この研究では、英国の元オリンピアンと一般住民の健康状態が、横断的に比較された。
英国オリンピック協会を通じて、過去の夏季および冬季オリンピックで国家代表選手となった経歴のあるアスリートのうち連絡先が明らかな2,742人に、郵送またはメールにてアプローチし、健康状態に関する質問への回答を依頼。743人(27.1%)から回答を得られ、引退していない選手および50歳未満の元選手を除外し、493人を解析対象とした。
一方、一般住民については、英国で実施されている50歳以上の地域住民対象の加齢に関する前向きコホート研究である「English Longitudinal Study of Ageing(ELSA)」の第6波の参加者10万601人から、元アスリート集団と比較する項目に含めた関節の状態などに関するデータに欠落のない8,024人を解析対象とした。
元アスリートは一般住民に比べて疾患を有する割合は低いが薬剤使用中の割合は高い
解析対象者は合計8,517人で、おもな特徴は、年齢67.1±9.7歳、女性54.0%、BMI28.1±5.2、何らかの疾患を有している割合76.5%、何らかの薬剤を使用している割合49.8%、多剤併用(5剤以上)中の割合1.0%だった。
これを元アスリートと一般住民とで比較すると、年齢には有意差がなく、女性の割合は一般住民のほうが高く(35.7 vs 55.2%)、BMIは元アスリートのほうが低かった(25.0±4.0 vs 28.3±5.3)。また、何らかの疾患を有している割合は一般住民のほうが高い一方で(66.1 vs 77.1%)、何らかの薬剤を使用している割合(56.0 vs 49.4%)や多剤併用中の割合(6.5 vs 0.7%)は、いずれも元アスリートのほうが高かった。
アスリートは引退後の皮膚癌リスクが高い可能性
疾患の有病率については、アスリートにおける有病率が1%以上の疾患について、一般住民と比較した。
年齢と性別を調整した標準化罹患率比(standardized morbidity ratios;SMR〈研究デザイン上は「有病率比」と解釈されるが論文に従い表記〉)を算出。その結果、主として心血管代謝疾患については元アスリートで少なく、皮膚癌と変形性関節症については元アスリートに多くみられた。詳細は以下のとおり。
なお、統計学的有意性は、一般的な95%信頼区間ではなく99%信頼区間により判定されている。
元アスリートのほうがSMRの低い疾患
- 肥満
- SMR0.35(99%信頼区間0.23~0.50)。性別の解析ではいずれも有意。
- 糖尿病
- SMR0.43(同0.22~0.74)。性別の解析ではいずれも有意。
- 脳卒中
- SMR0.39(0.12~0.90)。性別の解析ではいずれも有意。
- 狭心症
- SMR0.18(0.05~0.46)。性別にみると男性はSMR0.23(0.06~0.60)、女性は元アスリートでの発症がわずかであるため解析されていない。
- 不整脈
- 性別の解析で女性はSMR0.45(0.40~0.54)。全体解析および男性のみの解析では非有意。
- 喘息
- SMR0.29(0.12~0.59)。性別の解析ではいずれも有意。
- 慢性閉塞性肺疾患
- SMR0.29(0.06~0.81)。性別の解析では女性はSMR0.21(同0.13~0.36)、男性は非有意。
- 骨粗鬆症
- 性別の解析で女性はSMR0.46(0.42~0.51)。全体解析および男性のみの解析では非有意。
- 関節リウマチ
- 性別の解析で女性はSMR0.24(0.03~0.88)。全体解析および男性のみの解析では非有意。
- 緑内障
- SMR0.06(0.01~0.18)。性別の解析ではいずれも有意。
元アスリートのほうがSMRの高い疾患
- メラノーマを含む皮膚癌
- SMR5.64(2.80~10.06)。性別の解析ではいずれも有意。
- 癌(皮膚癌、大腸癌・膀胱癌、前立腺癌、乳癌のいずれか)
- SMR2.14(1.52~2.91)。性別の解析ではいずれも有意。
- 変形性関節症
- SMR1.44(1.18~1.75)。性別の解析ではいずれも有意。
このほか、高血圧、心筋梗塞、大腸癌・膀胱癌、前立腺癌、乳癌、不安、うつに関しては、SMRの99%信頼区間が1をまたぎ、一般住民との有病率に有意差がなかった。著者らは、「引退後の元アスリートの皮膚癌と変形性関節症のリスクを抑制するために、的を絞った予防戦略の実施が望まれる」と総括している。
文献情報
原題のタイトルは、「Health among Retired Great Britain’s Olympic Athletes: A cross-sectional Study of Disease and Multimorbidity」。〔Sports Med Open. 2025 Aug 7;11(1):93〕
原文はこちら(Springer Nature)