中学・高校での運動部活動中の暴力によるPTSD・複雑性PTSDを国際トラウマ質問票で検出可能
中学や高校の6年間、運動部活動を行っていた成人を対象に、その活動中に遭遇した被暴力行為に伴うPTSDや複雑性PTSD(CPTSD)のリスクを、国際トラウマ質問票(ITQ)を用いて検出できるかを検討した結果が「Frontiers in Psychology」に掲載された。山梨大学大学院医工農学総合教育部の豐田隼氏らの研究によるもので、ITQの有用性が確認されるとともに、PTSDやCPTSDの関連要因が明らかになった。
学校の運動部活動中に受けた暴力による、その後の人生への影響を推し量る
国内の中学や高校の授業以外で行われる運動部活動では、伝統的に規律の維持が重視され、体罰を含む処罰による統制を美徳と評価する慣習が長く存在していた。2013年に日本スポーツ協会などの関連諸団体が「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」を採択し改善の努力がなされているものの、2020年に国際人権団体が日本の成長期アスリートの暴力被害の実態に関する報告書を発表するなど海外からも問題視され、さらなる対策が急がれている。また近年では、身体的な暴力のみでなく、言葉による虐待などの心理的暴力に対しても、批判の声が高まりつつある。
「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」(日本体育協会、日本オリンピック委員会、日本障害者スポーツ協会、全国高等学校体育連盟、日本中学校体育連盟)
「数えきれないほど叩かれて」日本のスポーツにおける子どもの虐待(Human Rights Watch: 世界で人権を守る)
欧米を中心に行われてきた研究から、未成年期の被暴力体験は、心的外傷後ストレス症(post-traumatic stress disorder;PTSD)、成人後のQOL低下、摂食症、自尊心の低下、自傷行為、希死念慮などのリスクを高めることが明らかにされつつある。また、2018年に改訂された「国際疾病分類(international classification of disease)」の11版(ICD-11)では、PTSDとは別に「複雑性PTSD(complex PTSD;CPTSD)」という疾患カテゴリーが位置づけられた。CPTSDは、トラウマ体験が長期間続いた結果、PTSD症状に加えて感情調節の障害、否定的な自己概念、対人関係の困難さで構成される「自己組織化の障害(disturbance of self–organization;DSO)」も生じた病態とされている。さらに、PTSDとCPTSDの包括的評価ツールとして、「国際トラウマ質問票(International Trauma Questionnaire;ITQ)」が既に開発されており、臨床での使用も始まっている。
このように国際的には、身体的暴力に加えて心理的暴力を受けることによる長期的な影響の研究が進められているが、国内の学校の運動部活動中での被暴力体験によるPTSDやCPTSDのリスク評価に、ITQを利用可能か否かは検討されていない。今回紹介する豐田氏らの研究は、以上を背景として行われた。
国際トラウマ質問票(ITQ)の妥当性が確認され、PTSD/CPTSDの関連要因を特定
この研究は2023年7月に、インターネットアンケートの調査パネルに登録している18~25歳の成人7,000人の中から、中学・高校時代の6年間継続して、組織的な運動部活動に参加していた2,332人を対象として実施された。回答が1,200人に達した時点で受付を終了。データ欠落のある回答や回答内容が不自然なものなどを除外し、651人のデータを解析対象とした。
対象者のおもな特徴は、年齢21.31±1.97歳、男性31.95%で、行っていたスポーツを団体競技/個人競技で分けると中学では団体競技が51.31%、高校では同56.68%だった。競技レベルは、市町村大会レベルが32.57%、県大会レベルが30.72%、地方大会レベルが13.83%、全国大会レベルが11.67%であり、33.18%は競技の早期専門化を経験していた。また、11.06%は親元を離れて学校生活を送っていた。
中学・高校時代の被暴力体験は、スポーツにおける対人暴力の質問票(Interpersonal Violence in Sport)の日本語版(IViS-J)を用いて、怒鳴られた、罵倒された、平手打ちされた、殴られたなどの体験を把握した。このほか、国際トラウマ質問票(ITQ)のPTSDやCPTSDのリスク評価での利用可能性の検証のため、感情制御の困難性、自己嫌悪感、対人関係の問題などのなどの程度を、先行研究で精度検証済みの評価ツールを用いて把握。それらのスコアと、ITQのスコアの相関を検討した。
統計学的な解析の結果、ITQの評価精度や妥当性が確認された。ITQで評価したPTSDやCPTSD関連症状の強さは、被心理的暴力体験、被身体的暴力体験、感情制御の困難性、自己嫌悪感、対人関係の問題などの、評価したすべての尺度と有意な正の相関が確認された(すべてp<0.001)。
性的マイノリティであることなどがPTSDおよびCPTSDに独立して関連
次に、PTSDおよびCPTSDを従属変数とするロジスティック回帰分析を施行し、それぞれの存在に独立した関連のある要因を検討した。
その結果、PTSD、CPTSDともに、心理的被暴力体験、身体的被暴力体験がそれぞれ、独立した関連要因として特定された。それら以外の関連要因として、PTSDに関しては、性別(女性)、性的マイノリティ(LGBTの自己認識)、および、親元を離れての生活という項目が特定され、計5項目となった。CPTSDの関連要因としては、性的マイノリティ(LGBTの自己認識)が特定され、計3項目だった。
著者らは本研究が横断的デザインによる研究であるため因果関係は考察できないこと、対象が20代前半の比較的若年成人のみに限られていること、性的暴力の様子を考慮していないことなどを限界点として挙げたうえで、結論を以下のようにまとめている。
「本研究は、スポーツ領域でのCPTSDに焦点を当てた初の社会調査であり、ITQでPTSDやCPTSDの関連要因を検出可能であることを示した。日本の運動部活動は、合理的とは言えない指導が依然としてなされることがあり、管理の及ばないある種の“聖域”と見なされることがある。そのような慣行の改善と暴力を経験したアスリートへのケアの確立が求められる。我々の研究結果はそのような望ましい方向へ向かうための一つの道標となるのではないか」。
文献情報
原題のタイトルは、「Predicting PTSD and complex PTSD from interpersonal violence in Japanese school-based extracurricular sports activities: using the International Trauma Questionnaire (ITQ)」。〔Front Psychol. 2024 Dec 6:15:1463641〕
原文はこちら(Frontiers Media)