日本人アスリートのハムストリングスの状態を評価する指標を開発 肉ばなれ後の回復判断や再発防止に活用 広島大学
ハムストリングスのコンディションを客観化できる海外で作成された評価指標の日本語版が登場した。高い妥当性と信頼性が確認され、肉ばなれ後の競技復帰の判断や、再発予防に利用できる可能性があるという。広島大学の研究チームの成果であり、「Scientific reports」に論文が掲載されるとともに、プレスリリースが発行された。
研究成果のポイント
ノルウェーで作成された、ハムストリングスのコンディションを客観化できる、選手立脚型指標(Hamstring Outcome Score;HaOS)の国内での普及を目的として、日本語版を製作し、その妥当性と信頼性を検証した。その結果、日本語版HaOSは高い妥当性、信頼性を示し、また過去の肉ばなれの経験の有無で、スコアが異なる傾向となることが示された。この結果は、今後のハムストリングス肉ばなれ後の競技復帰までのフォローアップや再発予防のためのスクリーニングにつながることが期待できる。
研究の背景:ハムストリングス肉ばなれのダメージを客観的に評価できないか
ハムストリングス肉ばなれは再発率が高いスポーツ傷害の代表例として知られ、多くの先行研究が発表されている。それらの研究から、ハムストリングス肉ばなれを発症する選手はハムストリングスの筋力低下を呈していることや、初回の重症度が高いことは再発のリスクと指摘されている。一方で、ハムストリングス肉ばなれ発生率は、過去数十年にわたって減少していないことが問題視されている。これらは、ハムストリングス肉ばなれ発生に関与する因子が、多岐にわたることを示唆するものと考えられる。
スポーツ傷害の研究では、けがをした箇所のコンディションや選手の心理的不安などを客観的に得点化した「選手立脚型指標」を用いて、再受傷予防につなげる取り組みがなされており、その有益性も多く報告されている。しかし、ハムストリングス肉ばなれの予防に関するこれまでの研究は、筋力や関節可動域、また画像情報から得られた組織損傷に焦点を当てたものが大半を占めており、選手立脚型指標に関する知見は多くない。
そこで本研究では、過去に国外で有効性が報告されている、ハムストリングスに特化した選手立脚型指標である、Hamstring Outcome Score(HaOS)が、日本でも活用できるのかどうかを検証した。
研究の内容:既往の有無でスコアに有意差が生じることを確認
HaOSは19個の質問からなる選手立脚型指標。総得点(0~100点)以外にも「Symptoms(例:スポーツ活動中の症状)」、「Soreness(例:張りの程度)」、「Pain(例:痛みの程度)」、「Activity(例:活動の制限)」、「Quality of life(例:不安や自信)」という5項目ごとに、ハムストリングスのコンディションを点数化できる(図1)。
図1 Hamstring outcome scoreの概要
本研究では、HaOS原作者(オスロ大学病院のDr. Anders)より日本語訳の許可を得た後、先行研究の方法に基づいて段階的に作業を進めた。Dr. Andersの最終承認を得てから、国内での信頼性を検証する研究を実施。日本語を母国語とする学生アスリート233人を対象に、日本語版HaOSに2度回答してもらい、同一人物の間で大きな誤差が生じていないかを確認した。次に、ハムストリングス肉ばなれの既往の有無で、日本語版HaOSの傾向に違いがみられるのかを検証した。
結果として、日本語版HaOSには高い信頼性があること、またハムストリングス肉ばなれの既往がある群では、既往のない群と比較してHaOSが低値を示すことがわかった。さらに既往の回数を1回、2回以上(再発)に細分化し、既往なし群との3群で比較したところ、「Symptoms」、「Soreness」、「Quality of life」の項目で有意差がみられ、とくに「Quality of life」では、1度でも既往があれば低値となるという結果が得られた(図2)。
図2 ハムストリングス肉ばなれの既往の有無による日本語版HaOSの比較
以上から、日本語版HaOSは、これまで曖昧な表現のまま解釈されていた筋の張り感、さらに、肉ばなれを起こしてしまうのではないかといった不安感までも、客観化できる指標であることが示唆された。日本語版HaOSが作成されたことで、ハムストリングスのコンディションを点数化でき、本邦でも選手の微妙なコンディションの変化を誰もが簡便に把握できるようになった。
今後の展開:復帰や再発リスク予測のカットオフ値設定が課題
今回の研究は横断研究であったために、検証できたのは肉ばなれ既往の有無によるスコアの比較にとどまる。しかし、HaOSは本邦において、肉ばなれ受傷した選手の競技復帰基準や、選手の傷害予防にも応用できる可能性がある(図3)。これらを実現するためには、それぞれの基準値(例:HaOSが何点以上であれば再発リスクが低い状態で競技復帰が可能/肉ばなれが発生しにくいか)を明確にする必要がある。
図3 HaOSを用いた将来展望と有用性について
研究グループでは、「今後は基準値を作成するために調査を進めていき、将来的には日本語版HaOSを競技復帰基準としての一指標として、かつ、スポーツ現場での定期的なモニタリングによる傷害予防のために普及させていきたいと考えている」としている。
関連情報
【研究成果】ハムストリングスのコンディションを客観的に評価できる指標を、日本人スポーツ選手向けに作成しました ~競技復帰や再発予防への活用に向けて~(広島大学)
文献情報
原題のタイトルは、「The validity and reliability of a Japanese version of the web-based hamstring outcome score」。〔Sci Rep. 2024 Oct 14;14(1):24001〕
原文はこちら(Springer Nature)