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ほんの少しの軽い運動で、子どもの脳の血流が増加 認知機能に関する運動プログラムの開発に期待 早稲田大学

41人の子どもを対象に、短時間で低強度の運動中の前頭部の脳血流を測定したところ、単調な動きのストレッチでは脳血流はほとんど変化しなかったのに対して、体をひねるストレッチなどの一定の身体的・認知的負荷を伴う軽運動では、顕著に増加することが明らかになった。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科などの共同研究グループの研究によるもので、「Scientific Reports」に論文として掲載されるとともに、大学のサイトにプレスリリースが発表された。著者らは、「この結果が今後、学校や塾など教育現場において、誰もが取り組みやすい脳を活性化する軽運動プログラムの開発に役立てられることが期待される」としている。

ほんの少しの軽い運動で、子どもの脳の血流が増加 認知機能に関する運動プログラムの開発に期待

研究の概要:短時間かつ軽強度の運動による子どもの脳血流への影響を調べる

この研究では、41人の子ども(小学5年生~中学3年生、平均12.1歳)を対象に、7種類の軽運動中の前頭部の脳血流変化を専用機器「fNIRS」※1で測定した。その結果、単調なストレッチ(両手を組んで上に伸ばすなど)では脳血流の増加があまりみられなかったが、一定の身体的負荷や認知的負荷がある種目(椅子に座って体をひねる、手指の体操、片足立ちなど)では脳血流が顕著に増加することを発見した。この結果は、子どもの認知機能向上をもたらす、誰もが取り組みやすい短時間・低強度の運動プログラムの開発に役立てられる可能性がある。

※1 fNIRS(エフニルス):Functional near infrared spectroscopy(機能的近赤外分光法)の略。生体に高い透過性を持つ近赤外線を頭蓋内に照射し、血中のヘモグロビン濃度変化を測定することで、脳血流変化を捉えるイメージング技術。

図1 fNIRSを頭に装着して軽運動を行う様子(イメージ)

fNIRSを頭に装着して軽運動を行う様子(イメージ)
(出典:早稲田大学)

これまでの研究でわかっていたこと:子どもでの知見は限られていた

運動が高次認知機能である実行機能※2に良い影響を与えることは、これまで多くの研究で示されている。運動が認知機能を改善する要因として、脳血流の向上、脳の構造変化、神経効率の向上などが考えられている。このうち、脳血流については、中~高強度の有酸素運動の最中や直後に増加することが先行研究で示されている。しかし、低強度の運動時の脳血流変化を調べた研究はこれまでほとんどなく、とりわけ子どもを対象とした研究は存在しない。そして、従来の研究では単一の種目(自転車こぎのみ、ランニングのみなど)で行われており、運動の内容(種目)の違いが脳血流に及ぼす影響を検証した研究はなかった。

※2 実行機能:ある目標を達成するために適切な行動を選択する能力で、脳の前頭前野※3がその働きを担っている。自己コントロールや対人関係、学力、心身の健康に影響を及ぼすため、子ども期に実行機能を育むことが重要。運動によって向上することがさまざまな研究で示されている。
※3 前頭前野:大脳新皮質の前方にある領域で、人間の高度な思考や判断、計画、自己制御などの機能を司る部位。脳の司令塔とも呼ばれ、実行機能の中枢も担っている。

これまで中~高強度の身体活動(通常歩行、ランニング、スポーツ活動など)の健康への有益性が数多くの研究で報告され、WHOや各国のガイドラインにおいて子どもは1日あたり60分以上の中~高強度の身体活動の実施が推奨されている。しかし、世界の80%以上の子どもはこの推奨値に達していない。近年では、低強度の身体活動(立って会話する、ストレッチ、ゆっくり歩くなど)の増加が子どもの肥満指標の改善や心血管系の健康に有益であることが報告されており、より取り組みやすい低強度の身体活動・運動がもたらす恩恵への注目が高まっている。

新たに明らかになったこと:単調でなく、負荷を伴う運動が有用

脳血流を増加させる運動タイプを明らかにすることは、認知機能を高める運動プログラムを開発するうえできわめて重要。しかし、低強度の運動時の脳血流変化を調べた研究はほとんどなく、とくに子どもにおいて検討した研究はなかった。本研究では、学校や自宅などの教育現場での実践のしやすさという観点を重視し、特別な道具を必要とせず、その場で簡単にできる低強度の運動に着目し、これらの運動が前頭前野※3の脳血流に及ぼす影響を調査した。

実験には7種目の運動を用いた(図2)。頭部の傾きや動きがfNIRSの測定値に影響を及ぼすため、本実験で行う種目の選定においては、頭をできる限り動かさない種目とした。そのため、体を前屈したり、後ろに反らしたり、横に倒すような運動種目は含まれていない。

図2 本実験で用いた低強度運動種目とやり方

本実験で用いた低強度運動種目とやり方
(出典:早稲田大学)

実験の手順は図3のとおり、7種目の低強度運動を1動作10秒と20秒の2種類のパターンで実施した。各パターンとも1種目につき10秒の休憩を挟み2回の運動を行い、次の種目に移る際は30秒の休憩を挟んだ。そして、対象者の前頭部に装着したfNIRSで各種目における安静時(運動を開始する0~5秒前)と運動時の酸素化ヘモグロビン(脳血流量を示す指標)を測定した。

図3 実験の手順

実験の手順

実施順による測定値への影響を取り除くため、種目(A-G)やパターン(1-2)の実施順は、すべての対象者でランダム化して行った。
(出典:早稲田大学)

データ分析では、前頭前野を三つの領域(左、真ん中、右)に分け、実験で得られたデータから各領域の脳血流の変化を算出した(図4)。その結果、単調なストレッチ(種目A、B)では安静時と運動中に大きな変化は示されなかった。しかし、単調なストレッチに比べて身体的負荷や認知的負荷が増す動的ストレッチ(種目C)、ひねり動作を加えたストレッチ(種目D)、手指の体操(種目E、F)、片足立ちバランス(種目G)では、安静時に比べ運動時に多くの領域で脳血流の有意な増加が示された。なお、1動作10秒と20秒の各パターンの前頭前野の脳血流の増加割合を比較したところ、有意な差は示されなかった。

これらの結果は、短時間かつ低強度の運動であっても、一定の身体的・認知的負荷を伴うタイプの運動であれば前頭前野が活性化し、脳血流が増加することを示唆している。

図4 運動タイプごとの脳血流が増加した前頭前野(PFC)領域の割合

運動タイプごとの脳血流が増加した前頭前野(PFC)領域の割合

赤色が濃くなるほど、各領域において脳血流が有意に増加した割合が高いことを示している。
(出典:早稲田大学)

研究の波及効果や社会的影響:脳血流上昇が実行機能向上につながるか?

低強度・短時間の運動であっても、種目によっては前頭前野の脳血流が高まることが示された。本研究で明らかとなった前頭前野の血流を高めやすいタイプの運動を組み合わせることで、子どもの実行機能を高める、誰もが取り組みやすい運動プログラムが開発される可能性がある。また、身体活動量が低い成人や高齢者の認知機能低下を防ぐための対策にも、将来的に活用される可能性がある。

ただし、短時間かつ低強度の運動であっても前頭前野の脳血流が高まるということが本研究で示されたものの、それが実行機能の向上に実際に結びつくかについては、今後検証する必要がある。

課題、今後の展望:だれもができるプログラムの作成に期待

本研究において、一定の身体的または認知的負荷があるタイプの運動であれば、低強度かつ短時間であっても前頭前野の脳血流が高まることが示された。研究グループでは、「今後は、脳血流を高めやすい動きを組み合わせた3分程度の運動プログラムを作成し、その運動プログラムの実施が実行機能の向上に結び付くかどうかの検証を行う」としている。

プレスリリース

わずか10-20秒の軽運動で子どもの脳血流が増加 -小中学生を対象とした実験で判明- (早稲田大学)

文献情報

原題のタイトルは、「Hemodynamics of short-duration light-intensity physical exercise in the prefrontal cortex of children: a functional near-infrared spectroscopy study」。〔Sci Rep. 2024 Jul 6;14(1):15587〕
原文はこちら(Springer Nature)

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