骨格筋は温度変化を感じとってパフォーマンスを向上 ウォーミングアップの効果をタンパク質レベルで解明
運動前のウォーミングアップが筋肉のパフォーマンスを高めるメカニズムを、タンパク質のレベルで新たに説明する研究成果が報告された。骨格筋は、心臓よりも温度の変化に敏感に反応するという事実が関係しているという。東京慈恵会医科大学、量子科学技術研究開発機構、大阪大学蛋白質研究所の共同研究グループの研究によるもので、「Journal of General Physiology」に論文が掲載されるとともに大阪大学蛋白質研究所のサイトにプレスリリースが掲載された。
研究の概要
身体を動かす筋肉(骨格筋)は、神経からの電気信号に応じて、筋細胞内のタンパク質が活性化して収縮する。研究グループではこれまでに、筋収縮の温度感受性を精密に評価できる顕微解析法を開発して、筋肉から抽出し精製した主要なタンパク質を用いることで、心臓が体温付近で効率よく収縮できる性質を備えていることを明らかにしてきている。しかし、骨格筋の収縮と温度との関係はよくわかっておらず、心臓とどのように違うのかについても不明だった。
そこで本研究では、骨格筋と心筋の精製タンパク質を用いて筋収縮システムを再構成し、両者の性質の違いを調べた。その結果、骨格筋の筋収縮システムが、心臓の筋収縮システムよりも約2℃高くないと活性化しない一方で、体温付近では、温度の上昇に対して心臓よりも1.6倍ほど鋭敏に応答することがわかった。この結果は、常に拍動している心臓とは異なり、骨格筋には「不要な時は動かず、必要な時は必要な力を瞬時に出す性質」が備わっていることを示唆している。
本成果は、運動前のウォーミングアップが筋肉のパフォーマンスを高めるメカニズムを、タンパク質のレベルで新たに説明するものと言える。また、筋肉のタンパク質が温度センサーとして機能するという事実の発見は、骨格筋を温めることで機能を向上させる温熱療法へと発展し、超高齢社会の課題解決の一助となることが期待される。
研究の背景
身体を動かす際に起こる骨格筋の収縮は、筋細胞に届く電気的な刺激によって、細胞内カルシウムイオン(Ca2+)濃度が上昇することで始まる。この筋収縮は、力を発生するミオシン分子が、「細いフィラメント」とよばれるフィラメントを綱引きすることで起こる。細いフィラメントとは、アクチン分子を主とする「アクチンフィラメント」に「トロポニン・トロポミオシン複合体」などが結合したフィラメント(図1)。
筋肉が弛緩している時には細胞内Ca2+濃度は低く、トロポニン・トロポミオシン複合体がアクチンフィラメントとミオシン分子の相互作用を阻害している(OFF状態)。電気的な刺激によって細胞内Ca2+濃度が上昇すると、この筋収縮のスイッチを担うトロポニン・トロポミオシン複合体にCa2+が作用し、アクチンフィラメントにミオシン分子が結合できる状態(ON状態)になることで、筋収縮が始まる。
このCa2+シグナルによる収縮制御のメカニズムに加え、本研究グループはこれまでに、温度上昇(熱シグナル)にも心臓の筋収縮を誘導する作用があることを報告してきている。これは、加熱された細いフィラメントは低Ca2+濃度にもかかわらず、ON状態になるというもの。であれば、骨格筋にも同様の温度センサーが備わっているのだろうか。もしあるとすれば、その感度や仕組みは心臓と同じなのだろうか?
図1 筋肉の階層構造と細いフィラメントの活性化
研究の手法
本研究では骨格筋と心筋の温度感受性を調べるために、精製したタンパク質だけで筋収縮を再現できる「in vitro滑り運動系」を利用した。これはアクチン、トロポミオシン、トロポニンから細いフィラメントを再構成し、ガラス基板上に接着させたミオシン分子と相互作用させることで、筋収縮システムの活性を評価する手法(図2A)。蛍光標識した一本一本の細いフィラメントの動き(滑り運動)を蛍光顕微鏡で観察することで、細いフィラメントのON-OFF状態変化を見分けることができる(図2B)。
本研究では、光熱変換顕微鏡※によって局所的な温度勾配を形成することで、さまざまな温度に加熱されたフィラメントの様子を同一視野内で観察した。
図2 研究の手法
研究の成果
骨格筋の筋収縮システムを再構成し、筋弛緩時と同程度の低Ca2+濃度で加熱実験を行ったところ、32.5℃以上で半数以上のフィラメントが動き始めた(図3A)。この閾値は心臓の筋収縮システムに比べて約2℃高く、温度上昇に対する移動速度の上昇率から算出した温度感受性も骨格筋の方が1.6倍高いことがわかった(図3B)。
これは、心筋に比べて骨格筋の筋収縮システムは体温付近の温度変化に対して鋭敏に応答することを示唆している。ヒトが生きていくうえで、心臓は恒常的に働き続けることを求められるのに対し、骨格筋は必要に応じて最大のパフォーマンスを発揮することが求められる。この生理的機能の違いを考えると、それぞれ理にかなった温度感受性を持っていることがわかる。
図3 研究結果
さらに、ミオシンと細いフィラメントの組み合わせを変えて実験を行うことで、骨格筋、心筋それぞれのミオシンと細いフィラメントの温度感受性が異なることを明らかにした。骨格筋ミオシンは心筋ミオシンに比べて温度感受性が低いものの、骨格筋の細いフィラメントは心筋のものに比べて温度感受性が高いために、骨格筋の筋収縮システムは心筋より温度感受性が高いことがわかった(図4)。
図4 温度感受性
研究成果の意義
今回の結果は、骨格筋の二つの役割である筋収縮と熱産生の相乗効果を明らかにしている。
運動前のウォーミングアップは、細いフィラメントを活性化することで筋肉のパフォーマンスを高めていると考えることができる。また、熱中症などの高体温時には細いフィラメントが活性化し過ぎてしまい、骨格筋の熱産生が上がることで、さらなる体温上昇を起こしてしまう可能性も考えられる。
研究グループでは、ヒトを含めた生き物の内部で産生される熱に着目。産生された熱が環境へ散逸する過程では、体温が上昇するだけでなく、もしかすると細胞内のさまざまなシステムに影響し、システムの働きを補助したり、制御しているのではないかという仮説を立て、これを実験的に検証する研究を進めてきた。そして、この隠された熱の役割を「熱(サーマル)シグナリング」と呼ぶことを提案している。これは、より大きなスケールにおいて、生き物が知覚する環境温度への応答が「温度シグナリング」と呼ばれるのと、対になる言葉といえる。
筋肉は、収縮と熱産生の二つの機能を含む、特殊な臓器と言える。今回の発見から、筋肉の二つの機能が、細胞という微小な領域において、「熱シグナリング」を介して密接に結びついていることが、再確認された。
これまで「電気刺激→Ca2+シグナル→筋収縮」の仕組みを生かした医療機器開発や筋トレーニング・リハビリテーションの技術開発が進んだように、本成果は「熱シグナル→筋収縮」に基づいた新しい温熱療法、健康医療のための技術開発の扉を開くことが期待される。
プレスリリース
骨格筋はわずかな温度の変化を敏感に感じてパフォーマンスを向上させる! ~ウォーミングアップの効果をタンパク質レベルで解明~(大阪大学蛋白質研究所)
文献情報
原題のタイトルは、「Myosin and tropomyosin–troponin complementarily regulate thermal activation of muscles」。〔J Gen Physiol. 2023 Dec 4;155(12):e202313414〕
原文はこちら(Rockefeller University Press)