閉経後の脂質代謝改善には低GI食と運動タイミングが鍵? 女性の代謝改善に関する新研究 早稲田大学
閉経後女性の食後脂質・糖代謝を改善することの重要性と、最適な運動タイミングが明らかにされた。早稲田大学の研究グループの研究によるもので、「European Journal of Clinical Nutrition」に論文が掲載されるとともに、大学のサイトにプレスリリースが掲載された。運動の60分前よりも、120分前に低グリセミック食品を摂ることにより、運動後の脂質代謝が促進するという。一方、運動中の代謝や運動後の食欲への影響はみられないとのことだ。
研究の概要
グリセミック指数(glycemic index;GI)※1の低い「低グリセミック食品」は、食後血糖とインスリン※2の上昇を抑えて、その後の運動の脂質代謝を促進することが明らかになっている。早稲田大学スポーツ科学学術院の宮下政司氏、同大学スポーツ科学研究科博士後期課程の坂崎未季氏(当時)らの研究グループは、女性は加齢に伴って肥満や脂質代謝異常を生じやすくなるため、低GIの朝食を摂ったあとに運動を行うことが脂質代謝を改善する観点から有用ではないかと考えた。とくに閉経後の女性を対象に、GIの違いによる食後の血糖・インスリンの経時的な変化において、異なるタイミングで運動を行うことによる代謝や食欲への影響を検討したところ、歩行中の脂質・糖代謝やその後の食欲に影響はみられなかったが、歩行後の脂質代謝は、歩行の60分前よりも120分前に低GI食を摂る方が促進することを明らかにした。
※1 グリセミック指数(glycemic index;GI):食後の血糖の上昇度合いを示す指標のこと。対象となる食品(炭水化物)を摂取したときの血糖の上昇度合いを、同量のブドウ糖を摂取したときを100とした場合の相対値で表す。
※2 インスリン:血糖を下げる働きや、脂質の分解を抑制する働きをもつ膵臓のβ細胞で作られるホルモン。
図1
これまでの研究でわかっていたこと
低GIの食品は、食後の血糖値の急激な上昇やインスリンの分泌を抑えることによって、食後の脂質代謝を促すことが知られている。また、GIの違いは食欲を調節するホルモンに影響することもわかっている。ただし、食事のGIの違いだけでは体重管理や生活習慣病の予防・改善に与えるインパクトは限られていることから、運動との組み合わせによるアプローチが重要だと考えられる。
低GI食と運動を組み合わせたこれまでの多くの研究では、アスリートや運動習慣を持つ人を対象として運動パフォーマンスに与える影響を検討していた。これらの研究では、運動前に低GI食を摂ることによって、糖質だけでなく脂質をエネルギー源として効率的に利用することができ、運動パフォーマンスを向上させる可能性が示唆されていた。
さらに健康の維持や改善の観点では、同研究グループでは既に、中年女性を対象に歩行の120分前に低GIに設定された朝食を摂ることによって、高GIの朝食と比較して運動中の脂質代謝を促進し、糖代謝を抑制することを報告している(J Nutr Sci. 2023 Nov 20:12:e114.)。
今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
低GI食を歩行前に摂ることによって脂質代謝を促進させることは、加齢とともに肥満や脂質代謝異常を生じやすい閉経後の女性にとって、より重要な役割を果たすと考えられる。一方で、食後の血糖・インスリンの経時的な変化を考慮すると、食事から運動開始までの時間がどの程度であれば運動中の脂質代謝を促すのに最も適したタイミングであるのかは不明だった。そこで、本研究では閉経後の女性15名(平均年齢58歳)を対象に、運動前の食事のGIと運動のタイミングの違いが、代謝や食欲に及ぼす影響について検討した。
試験の参加者は、(1)食事開始から運動開始までの時間が120分で高GI試行、(2)同じく120分で低GI試行、(3)食事開始から運動開始までの時間が60分で高GI試行、(4)同じく60分で低GI試行――という4条件の試行を、それぞれ1週間以上あけて行った。
高GI試行の場合は高GIの朝食(パンやマッシュドポテトなど)、低GI試行の場合は低GIの朝食(玄米やヨーグルトなど)を9時に摂ることとして、120分後または60分後に30分間の歩行運動を行ったあと、13時まで安静にした。試験中は脂質・糖質の利用量を測定するために呼気ガスを継続的に採取した。また、30分間隔で血液を採取し、食欲に関するアンケートを行った。
その結果、30分間の歩行中の脂質・糖質の利用を示す「累積脂質・糖質酸化量」は4試行間に違いがみられなかった。また、食欲に関してもGIや運動のタイミングの違いによって明確な影響はみられなかった。
一方で、歩行後の1時間の血糖(図2左)およびインスリン(図2右)の上昇曲線下面積※3は、120分の試行よりも60分の試行で、高GI、低GIのいずれの試行においても高値を示した。インスリンの経時的な変化をみると、とくに60分-高GI試行において、運動により低下したインスリンが再度上昇していた。
※3 上昇曲線下面積:時間経過にともなう増加量(初期値を0とした場合)の面積のこと。
図2
また、脂質代謝の血液中の指標である遊離脂肪酸は、60分の試行よりも120分の試行で高値を示し、120分-低GI試行がどの試行よりも有意に高値だった(図3)。
図3
したがって、低GI食を摂ってから120分後に運動をすることによって、血糖およびインスリンの上昇を抑えることにより、運動後の脂質代謝が亢進することがわかった。
研究の波及効果や社会的影響
本研究では、閉経後の女性が低GIの食事を摂って60分後に運動を行うよりも時間を空けて120分後に運動を行う方が、運動後の脂質代謝を促進することを明らかにした。加齢とともに食後の血糖およびインスリンの応答が異なるため、単純に低GIの食事を摂ったからといって、すぐに食後の血糖やインスリンの上昇が抑制されるとは限らず、健康維持や生活習慣病の予防の観点から、「どのような食事を摂るべきか」に加え、「食後どのタイミングで運動をしたら最適か」という疑問に対する一つの提案となるような結果であり、実生活に活用が可能な研究であると考えられる。
今後の課題
閉経前の女性を対象とした同研究グループのこれまでの研究(J Nutr Sci. 2023 Nov 20:12:e114.)と比較して、閉経後の女性では低GIとして推定値で設定していた朝食を摂取した後でも、インスリンが比較的高い値まで上昇していたことが本研究で確認された。これにより、運動中の脂質・糖質代謝の違いがみられなかった可能性がある。したがって、食事と運動による生活習慣病の予防・改善のためのアプローチには、加齢に伴うインスリン抵抗性※4を予防することが必要不可欠であると考えられる。
今後の展望として、高齢者や男性を含む幅広い年代や性別を対象に、低GI食の摂取と最適な運動のタイミングを検討する必要がある。
※4 インスリン抵抗性:インスリンの効果が低下している状態のこと。インスリンが十分に分泌されていても、血糖が下がりにくくなる。
研究者コメント
これまで、女性を対象として低GI食の摂取と運動の組み合わせによる代謝や食欲への影響を検討した研究はなかった。また、当該研究領域は、欧米の若年者を対象にこれまで主に研究されてきているため、加齢や人種による食後のインスリン分泌能が異なることで、その後の運動に伴う脂質代謝に影響するのではないかという疑問を抱いていた。さらに、とくに日本人は欧米と比較して炭水化物の摂取割合が高い傾向にある一方で、近年、極端な糖質制限が体重管理や生活習慣病の予防・改善の一つのアプローチとして実践されていることに疑問を抱き、GIは「食後の代謝応答を把握する」うえで食事の質的管理として重要な指標の一つになると考え、本研究に着手した。
本研究では、食事のGIの違いだけでなく運動のタイミングというアプローチを加えることにより、加齢とともに脂質代謝に関する健康リスクが上昇する可能性のある閉経後女性において、実生活に応用可能な汎用性の高い知見を得ることができた。今後も、日常生活における食事や行動の改善から健康維持・増進に繋がるような研究に取り組んでいきたい。
プレスリリース
閉経後女性の代謝に最適な食事・運動のタイミングとは?(早稲田大学)
文献情報
原題のタイトルは、「Acute effects of pre-exercise high and low glycaemic index meals and exercise timings on substrate metabolism and appetite in postmenopausal women」。〔Eur J Clin Nutr. 2025 Apr 15〕
原文はこちら(Springer Nature)