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肉を食べたときに感じる味・匂い・食感などの「複雑さ」を数値化する方法を考案 農研機構

2024年04月15日

肉などを食べた際に感じられる「複雑さ」を、客観的に数値化する方法を提案する研究結果が報告された。国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の研究によるもので、「Food Quality and Preference」に論文が掲載されるとともに、同機構のサイトにプレスリリースが掲載された。この手法を用いることで今後、国産畜産物の品質評価や高付加価値化に役立つ可能性があるという。

肉を食べたときに感じる味・匂い・食感などの「複雑さ」を数値化する方法を考案 農研機構

研究の概要

食品を食べるときに感じられる味、匂い、食感の複合(以下、「複雑さ」)は、食べ物の好き嫌いに直結する重要な感覚要素。例えば、コーヒーにおいては豆の種類や焙煎の程度が「酸味」、「苦味」および「匂い」といったさまざまな感覚要素に影響し、その組み合わせにより生み出される複雑な風味が「おいしさ」に影響する。また、ワインにおいては、複雑な味わいのワインを好む消費者とシンプルな味わいを好む消費者が、どちらも存在することが知られている。

食肉は、うま味成分などが引き起こす「味」、加熱時に発生する「匂い」、筋肉内の脂肪含量の違いや加熱の程度が影響する「食感」など、多くの感覚要素が寄与する複雑な官能特性を有する食品。よって、食肉を食べるときに感じる「複雑さ」は、食肉の「好ましさ」や「おいしさ」に関係する重要な品質要素の一つと考えられる。しかし、食肉を食べるときに感じる「複雑さ」は、食肉を食べた一人一人が主観的に評価しているのが現状であり、「複雑さ」を客観的に評価するためには、「複雑さ」を数値化する方法が必要とされていた(図1)。

そこで農研機構は、食肉を食べるときに感じる「複雑さ」を数値化する方法として、味や匂いなど「評価中に注目を引き付けた感覚の数」、「評価中に注目を引き付けた感覚が切り替わった回数」、「同じ時点での感覚の入り組み度合い」という3種類の指標を考案し、食肉のエキスを用いたモデル実験でこれらの指標が複雑さの評価に活用可能であることを明らかにした。今後、本成果により得られた指標と実際に消費者が主観的に感じる複雑さの関係を明らかにすることで、食肉のおいしさにとって重要な要素と考えられる「複雑さ」の数値化が可能となり、国産畜産物の品質評価や高付加価値化への活用が期待される。

図1 主観に基づく「複雑さ」の評価の問題点と「複雑さ」の数値化の必要性

主観に基づく「複雑さ」の評価の問題点と「複雑さ」の数値化の必要性

(出典:農研機構)

研究の背景

開発の社会的背景

ワイン、コーヒーおよびチョコレートなどのさまざまな食品群において、食べるときに感じる「複雑さ」が「好み」や「おいしさ」に影響することが知られている。食肉は、味、匂い、食感などさまざまな感覚が寄与し、複雑な官能特性を有することから、食肉の「好ましさ」や「おいしさ」にとって、「複雑さ」は重要な品質要素の一つと考えられる。

一方、食肉を食べるときに感じる「複雑さ」を一つの意味として理解できる定義づけは行われていない。このため、「複雑さ」を標的として食肉の品質評価を行う場合、被験者の主観に基づいた「複雑さ」を評価せざるを得ず、「複雑さ」に対する認識の個人差を包含したあいまいな評価しかできていない(図1)。この問題を解決するためには、すべての人が同じ意味として理解可能な客観的な「複雑さの数値化方法」が必要とされる。

研究の経緯

農研機構では、食品を食べている間に被験者が感じたさまざまな感覚要素の中から、評価中に「最も注目を引きつける」と評価された感覚を経時的に解析できるTemporal Dominance of Sensations(TDS法)という官能評価法を用いて、主に食肉を食べたときの感覚の変化を測定してきた。食品の「複雑さ」は、食品を食べている間に次々と生じる感覚の複合的な変化を感じ取ることで認識されると考えられる。そこで、TDS法により得られる経時的な感覚変化のデータから、「複雑さ」の意味に合致する指標が開発できるのではないかと考えた。

Temporal Dominance of Sensations(TDS)法:食品を食べるときに感じる感覚から、最も注目を引き付ける感覚を被験者が選択し、注目を引き付ける感覚が変わったと感じたら、選択する感覚を次々に変えていき、これを感覚がなくなるまで続けて測定する経時的な官能評価の方法。調理方法や食べ方の違いが食品の味、匂い、食感の感じ方に及ぼす影響の解析や化粧品を塗っている間の感触の変化の解析など、様々な分野で感覚の経時的な分析に用いられている。

研究の内容・意義

工程1:2種類の鶏肉エキスを調製

食肉において、脂肪は「複雑さ」を引き起こす成分と考えられることから、鶏モモ肉から熱水抽出したエキスとこれにチキンオイルを添加したエキスをそれぞれ調製し、両者を比較するモデル実験を行った。

工程2:TDS法による感覚の経時変化を記録

工程1で調製した2種類の鶏肉エキスを、TDS法を用いて訓練された被験者に評価させた。

具体的には、コンピュータスクリーン上に8種類の感覚を表す用語を提示し、評価を開始した直後に最も注目を引き付けた感覚用語をこの中から一つだけ選択させた(図2)。その後、評価中に注目を引き付ける感覚が変わったと感じるたびに新たな感覚用語を次々と選択させ、これを感覚が感じられなくなるか、評価開始から60秒が経過するまで継続して行った。選択された感覚用語は、評価開始から終了まで0.2秒ごとに記録した。

図2 TDS法における評価画面

TDS法における評価画面

(出典:農研機構)

工程3:感覚の数と感覚が切り替わった回数により「複雑さ」を数値化

TDS法により得たデータは、図3に示すように、被験者が感じた感覚をタイムラインとして表現することができる。そこで、このタイムラインから、「複雑さ」の意味に合致する数値化の指標を考案した。

辞書(広辞苑第5版)において「複雑」は『物事の事情や関係、また心理などが込み入っていること。入り組んでいること』と定義されている。「込み入っている」、「入り組んでいる」はどちらも「さまざまなことが交ざりあうこと」を意味し、「評価中にさまざまな感覚が感じられること」を前述のタイムライン上で表現できる「注目を引き付けた感覚の数」により、「さまざまな感覚が入り交じりながら次々と感じられること」を「注目を引き付けた感覚が切り替わった回数」により、それぞれ表現できるのではないかと着想した(図3)。

図3 「評価中に注目を引き付けた感覚の数」と「評価中に注目を引き付けた感覚が切り替わった回数」による「複雑さ」の数値化方法の概念図

「評価中に注目を引き付けた感覚の数」と「評価中に注目を引き付けた感覚が切り替わった回数」による「複雑さ」の数値化方法の概念図

(出典:農研機構)

工程4:「複雑さ」の数値化指標の有用性の検証

工程2で得た鶏肉エキスの評価データを用いて、工程3で考案した指標を解析したところ、「評価中に注目を引き付けた感覚の数」(図4A)、「評価中に注目を引き付けた感覚が切り替わった回数」(図4B)ともに、チキンオイルを添加し「複雑さ」が付与されたと考えられるエキスにおいて増加したことから、食肉の味や匂いの「複雑さ」の数値化指標として有用であることが明らかとなった。

図4 鶏肉エキスへのチキンオイルの添加による「複雑さ」の指標の変化

鶏肉エキスへのチキンオイルの添加による「複雑さ」の指標の変化

 (A)、(B)ともに評価回数42回の最小二乗平均値。エラーバーは標準誤差。P値が0.05未満の場合、チキンオイルの添加がそれぞれの指標に有意に影響を及ぼしたとみなした。
(出典:農研機構)

工程5:同じ時点での感覚の入り組み度合いから「複雑さ」を経時的に数値化

一方、工程3で考案した「複雑さ」の指標はどちらも評価時間全体の感覚を総括して得られる情報であり、評価開始直後において複雑なのか、それとも評価の半ばにおいて複雑なのかといった、「複雑さ」の経時的な変化を比較することができない。そこで、「同じ時点での感覚の入り組み度合い」を、「各感覚が選択された比率の分散」を用いて数値化することを着想した(図5)。

具体的には、サンプルを食べるときの感覚が複雑な場合、同じタイミングでさまざまな感覚が入り組んだ状態で注目を引きつけるため、同じタイミングでさまざまな感覚用語が選択されると考えられる(図5A)。その結果、「各感覚が選択された比率」の値が近くなり、各感覚が選択された比率の分散(ばらつき)が小さくなると考えられる。これに対して、サンプルを食べるときの感覚が単純な場合、同じタイミングで特定の感覚のみが注目を引きつけるため、同じタイミングで同じ感覚用語が選択されると考えられる(図5B)。その結果、「各感覚が選択された比率」の差が大きくなり、各感覚が選択された比率の分散が大きくなると考えられる(図5B)。

よって、各感覚が選択された比率の分散を、感覚用語を測定した時点ごとに計算し、曲線として描写することで、「複雑さ」の経時的な変化を数値として表現することが可能になると考えた。

図5 「複雑さ」の経時的な評価方法の概念図

「複雑さ」の経時的な評価方法の概念図

(出典:農研機構)

工程6:「複雑さ」の経時的な数値化指標の有用性の検証

工程2で得た鶏肉エキスの評価データを用いて、工程5で考案した指標を解析した。

評価開始直後から評価開始25秒ごろまで各感覚が選択された比率の分散は、チキンオイルを添加し「複雑さ」を付与したと考えられるエキスにおいて低く、「複雑さ」の高さを示している(図6)。よって、この各感覚が選択された比率の分散は食肉を食べるときの「複雑さ」の経時的な変化を表す数値化指標として有用であることが明らかとなった。

図6 鶏肉エキスへのチキンオイルの添加による各感覚が選択された比率の分散の経時変化

鶏肉エキスへのチキンオイルの添加による各感覚が選択された比率の分散の経時変化

(出典:農研機構)

今後の予定・期待

本成果により、食肉を食べるときに感じられる「複雑さ」を定義するための数値化指標を考案することができた。

本成果では、考案した「複雑さ」の指標の有用性を検証するため、鶏肉エキスの味と匂いを評価対象としたが、今後、精肉においても評価を実施することで、食感を含む「複雑さ」の評価に開発した指標が適用可能か検証する予定。また、本研究により得られた複雑さの指標と、実際に消費者が主観的に感じる複雑さの関係を解析することで、食肉などの「複雑さ」の評価技術を確立していく予定。

これにより、日本が世界に誇る和牛など、国産畜産物が有する「おいしさ」を「複雑さ」という新たな指標により伝えやすくなることで、国内のみならず、海外へのマーケティングでの活用など、国産畜産物の輸出やインバウンドの推進への貢献が期待される。また、食肉以外の食品群においても、本成果により得られた「複雑さ」の数値化方法が適用可能か検証することで、さまざまな食品において商品間の複雑さの比較や理想とする複雑さを有する製品の設計などが可能になると期待される。

プレスリリース

(研究成果) 食肉を食べるときに感じる「複雑さ」の数値化方法を考案-国産畜産物の「おいしさの数値化」を目指して-(農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構))

文献情報

原題のタイトルは、「A novel quantitative method for evaluating food sensory complexity using the temporal dominance of sensations method」。〔Food Qual Prefer. 2023 Dec;V112:105005〕
原文はこちら(Elsevier)

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