ニュース・トピックス
日本肥満学会 女性の低体重/低栄養症候群(Female Underweight/Undernutrition Syndrome;FUS)のステートメント公開
2025年04月30日
日本肥満学会は4月17日、「女性の低体重/低栄養症候群(Female Underweight/Undernutrition Syndrome;FUS)」に関するステートメントを公開した。かねて社会問題として指摘されていた、日本の若年女性の痩せすぎ傾向を医学的に新たな症候群として位置付け、問題点を整理し対策をまとめた内容。肥満学会のホームページに掲載されている情報を紹介する。
●日本人若年女性の痩せすぎ問題を医学的に定義し対策を総括
日本の20代女性の2割前後が低体重(BMI18.5未満の痩せ)であり、先進国のなかでもとくに高率である。低体重や低栄養は骨量の低下や月経周期異常をはじめとする女性の健康にかかわる、さまざまな障害と関連していることが知られている。
我が国で低体重(痩せ)女性が多い背景として、ソーシャルネットワークサービス(SNS)やファッション誌などを通じた「痩せ=美」という価値観が深く浸透し、それに起因する強い痩身願望があると考えられる。近年では糖尿病や肥満症の治療薬であるGLP-1受容体作動薬の適応外使用が「安易な痩身法」として紹介され、社会問題となっている。
しかしながら、従来の医療制度や公衆衛生施策においては、肥満への対策が重視されており、低体重や低栄養に対する系統的アプローチは不十分であった。その原因として、第一に、低体重や低栄養と疾患の関係性を表すような疾患概念が存在しないことが挙げられる。また、この問題を解決するためには、個人の意識や行動に焦点を当てるだけではなく、痩身願望を生み出す社会構造へのアプローチが不可欠である。
このような背景から、日本肥満学会は、日本骨粗鬆症学会、日本産科婦人科学会、日本小児内分泌学会、日本女性医学学会、日本心理学会と協同してワーキンググループを立ち上げた。ワーキンググループでは、骨量の低下や月経周期異常、体調不良を伴う低体重や低栄養の状態を、新たな症候群として位置付け、診断基準や予防指針の整備を目的とすると同時に、本課題の解決方法についても議論を進めている。
今回発表されたステートメントでは、閉経前までの成人女性を中心とした低体重の増加の問題点を整理し、新たな疾患概念の名称・定義・スティグマ対策を示すとともに、その改善策を論じている。
●ステートメント「閉経前までの成人女性における低体重や低栄養による健康課題」
ステートメントは「「閉経前までの成人女性における低体重や低栄養による健康課題―新たな症候群の確立について―」としてまとめられている。以下はその抜粋。
・背景:低体重および低栄養による健康リスクや症状
骨量低下および骨粗鬆症:
若年期は骨密度ピークを獲得する最重要期である、しかし、低栄養やエストロゲンの低下、低体重による物理的な過重負荷の低下が骨形成を阻害し、20代における骨減少をもたらし、将来的な骨粗鬆症リスクを高めると考えられる。
月経周期異常、妊孕性および児の健康リスク:
低栄養や極端な体重減少は視床下部−下垂体−卵巣系に影響し、月経不順や排卵障害を引き起こす。長期的には不妊や妊娠合併症リスクの上昇が懸念される。低体重に伴う希発月経や視床下部性無月経は、妊娠前の体格や栄養状態の不良と相まって、切迫早産や低出生体重児の増加など児の健康にも影響を及ぼす可能性が示唆されている。
微量元素やビタミン不足による健康障害:
低栄養の場合、複数のビタミン・ミネラルの不足が生じやすく、さまざまな健康障害を引き起こす可能性がある。鉄、葉酸、ビタミンB12の不足は貧血を引き起こし、亜鉛欠乏は創傷治癒の遅延や免疫機能の低下、味覚異常をもたらす。さらに、ビタミンDやカルシウムの不足は骨密度の低下を招き、骨粗鬆症や骨折のリスクを高める。
代謝異常:
低体重は糖尿病発症リスクとして知られ、日本人若年女性の低体重では耐糖能異常のリスクが高いことが最近の研究で明らかとなっている。また、エネルギー制限により、体の代謝を調整する甲状腺ホルモンの一種であるトリヨードサイロニン(T3)が減少する低T3症候群や脂質異常症(LDLコレステロール上昇)を引き起こす。
サルコペニア様状態:
加齢に伴う筋量や筋力の低下はサルコペニアと定義されるが、若年女性の低体重や低栄養状態においても、筋量低下との関連が指摘されている。筋量や筋力低下は将来的なロコモティブシンドロームやフレイルにつながる懸念もあり、ライフコースや老年期の健康維持の観点からも、若年期のサルコペニア予防は重要である。
摂食障害:
痩身願望が内面化しやすい社会的風潮のなかで、摂食制限行動が行き過ぎると摂食障害へ移行することがある。心理的ストレスや自己肯定感の低下と相まって重症化する例も少なくない。とくに若年女性では、理想的な痩せボディイメージの内面化が食行動の異常を促進し、メディアを含む社会からの痩身への圧力と相まって、摂食障害の発症リスクが高まる。
精神・神経・全身症状:
低体重や低栄養状態は、倦怠感、睡眠障害、低血圧、頭痛、便秘、冷え性、肌質・髪質の低下などの身体症状を引き起こす。また、神経精神症状としては抑うつ、不安、集中力低下、認知機能の低下や身体活動の低下なども認められる。
・現状の課題や問題
肥満症対策として特定保健指導が推進される一方で、低体重に対する介入の枠組みは未だ確立されていない。健診で低体重が判明しても、骨密度や生殖機能への評価といった関連疾患のスクリーニングが実施されることは少ない。教育現場においても思春期の子どもたちに対する適切な食育やボディイメージ啓発が十分に行われているとは言い難い。
また、肥満症や2型糖尿病を対象に開発・承認されたGLP-1受容体作動薬などを、「痩せ薬」として販売・使用されるケースが常態化し、低体重や正常体重の女性が用いていることも報告されている。このような使用に対して、副作用リスクに加えて、過度なダイエット行動の助長といった社会的懸念が高まる状況にある。
・新たな症候群の概念
閉経前女性の低体重や低栄養に関連する健康障害を体系的に整理し、新たな概念(症候群)として提示し、かつ、貧血、月経周期異常、倦怠感といった表面的な指標のみではなく低体重・低栄養という根本的な病態に着目して、健診や診療の場で活用されるだけでなく広く一般に認識されることを期し、この症候群の名称として「Female Underweight/Undernutrition Syndrome;FUS(女性の低体重/低栄養症候群)」を提案する。
FUSに含まれる主な疾患や状態は以下のとおり。
‐低栄養・体組成の異常:BMI18.5未満、低筋肉量・筋力低下、栄養素不足(ビタミンD・葉酸・亜鉛・鉄・カルシウムなど)、貧血(鉄欠乏性貧血など)
‐性ホルモンの異常:月経周期異常(視床下部性無月経・希発月経)
‐骨代謝の異常:低骨密度(骨粗鬆症または骨減少症)
‐その他の代謝異常:耐糖能異常、低T3症候群、脂質異常症
‐循環・血液の異常:徐脈、低血圧
‐精神・神経・全身症状:精神症状(抑うつ、不安、集中力低下、認知機能低下)、身体症状(全身倦怠感、睡眠障害、冷え性、頭痛、便秘、髪質・肌質の低下)、身体活動低下
なお、摂食障害や二次性の低体重(甲状腺機能亢進症・悪性疾患など)はFUSとして捉えるべきではなく、原疾患に対する治療を優先するべき。また、閉経後の女性や男性はFUSの概念に含まれない。
・FUSの原因
FUSの原因は多面的であり、個人の身体的特性や社会的要因、心理的要因が複雑に絡み合って生じると考えられ、大きく三つの視点から整理する。
体質性痩せ(生来の体質によるもの):
体質性痩せとは、やせ願望や摂食障害、過剰な運動がなく、低体重状態が長期間持続する体質的特性を指す。一般に、体重が増えにくいが、内分泌機能や月経周期は正常に保たれている。日本人女性の痩せのうち、約40%はとくに食事制限を含む意図的減量行動を行っていないという報告もあるが、そのすべてが体質性痩せであるかは不明である。
SNS、ファッション誌などのメディアの影響によるやせ志向:
メディアによる影響で「痩せ=美」という価値観が浸透し、とくに若年女性において、食事摂取制限を中心とした減量行動(いわゆるダイエット)の志向が強まっている。過度な食事制限や偏った食生活が長期化すると、低体重や低栄養状態に陥り、骨密度低下や月経周期異常など、多彩な健康障害を招きやすくなると考えられる。
社会経済的要因・貧困などによる低栄養:
貧困を背景として十分な食事を得られず、結果的に低BMI 低栄養状態に陥るケースも報告されている。このような場合、個人の努力だけでは解決が困難であり、社会構造的な支援や政治的施策が不可欠となる。
これらの要因は相互に重なり合いながら、低体重や特定の栄養素不足、骨密度低下、月経周期異常、体調不良などを引き起こし、FUSへと至る可能性がある。
ステートメントでは、このほかに、FUSの対処法やスティグマに対する注意、今後の方向性などについて整理したうえで、「日本において、閉経前までの成人女性の低体重や低栄養がもたらす健康障害は、個人の健康の問題にとどまらず、社会全体に影響を与える重要な課題。FUSは、これらの課題を包括的に整理し、体系的な診断と介入を促す基盤となることが期待される」と述べられている。
[出典]
日本肥満学会/女性の低体重/低栄養症候群(FUS)ステートメント
https://www.jasso.or.jp/data/Introduction/pdf/academic-information_statement_20250416.pdf
この記事のURLとタイトルをコピーする