スポーツによる胃腸トラブルに関する科学的対策、栄養・食事・水分補給の指針を提言 豪スポーツ栄養士会・超持久系競技科学財団
オーストラリアのスポーツ栄養士会(Sports Dietitians Australia)と超持久系スポーツ科学財団(Ultra Sports Science Foundation)はこのほど、運動に伴う胃腸障害の症状の予防・管理に関する実践的ガイドとして、共同声明(joint position statement)を発表した。文献レビューに基づく詳細なステートメントの提示と解説がなされている。そのうちの、イントロダクション、および推奨部分のみから一部を抜粋して要約する。
運動誘発性消化器症候群(EIGS)の病態とそれらに起因する運動関連消化器症状(Ex-GIS)
運動によって消化器症状が現れることは古くから認識されていたが、その病態である「運動誘発性消化器症候群(exercise-induced gastrointestinal syndrome;EIGS)」の理解が進んだのは1980年代以降のことである。EIGSは「syndrome(症候群)」と称されるものの、症状に基づく定義ではなく病態の視点から定義されており、無症候のこともあり得る。
一方、EIGSなどに起因する一連の主観的な症状は、「運動関連消化器症状(exercise-associated gastrointestinal symptoms;Ex-GIS)」と呼ばれる。EIGSの出現は、アスリートのパフォーマンスの低下につながり、時に医療介入を要することもある。Ex-GISの多くはEIGSに基づくものだが、心理的要素などの他の因子も症状発現に関与し得る。
これらEIGS、Ex-GISを抑制するためのエビデンスに基づく戦略に対する、アスリートやサポートスタッフの潜在的ニーズは低くないと考えられる。これを背景として、オーストラリアスポーツ栄養士会と超持久系スポーツ科学財団により文献データベース(PubMed、SPORTSdiscus、Ovid Medline)を用いたレビューが行われ、結果が以下の共同ステートメントとしてまとめられた。
EIGS、Ex-GISに対する推奨事項(抜粋・要約)
エビデンスレベルについて
グレードⅠ
システマティックレビュー、無作為化比較試験、および/または再現性と一貫性のある複数のオリジナル研究。エビデンスレベルは高く、実際への適用可能。
グレードⅡ
無作為化比較試験、および/または単一もしくは限られた数のオリジナル研究。一定程度のエビデンスレベルがあり、実際への適用可能。
グレードⅢ
無作為化比較試験、および/または単一もしくは限られた数のオリジナル研究があるが、結果に一貫性がないか不明確。エビデンスレベルとしては限定的で、実際への適用は必要性がある場合に慎重に検討。
グレードⅣ
オリジナル研究があるが、結論に一貫性がなく不明確、および/または研究手法の差異により解釈が困難。観察研究、症例報告、ケースシリーズの報告。エビデンスレベルは低く、実際への適用は正当化されない、または、必要性がある場合に慎重に検討。
グレードⅤ
疑問を検討可能な研究報告が見当たらず、エビデンスがない。実際への適用は正当化されない。
栄養摂取戦略
炭水化物
運動中に中等度(20〜60g/時)および/または高量(60g/時超)の炭水化物を摂取することが、消化管の状態を保ち全身性の障害を抑制する効果的な戦略であるという、優れたエビデンスが存在する。しかし、炭水化物の摂取に対する個人間の耐性の違いが、消化器機能の反応およびEx-GISの発生率と重症度を規定する。〔グレードⅠ〕
複数のアミノ酸の併用
単一のアミノ酸やその誘導体がEIGSの代表的なバイオマーカーに与える影響については明確ではないことから、最近、複数のアミノ酸の組み合わせがEIGSバイオマーカーに与える影響が研究されている。腸管粘膜のタイトジャンクションの構造と機能の堅牢性と安定性の改善、一酸化窒素経路を介した血行促進などが報告されている。〔グレードⅡ〕
ホールプロテイン
長時間の定常運動(超持久力運動など)中の全タンパク質の摂取も、EIGSの予防・管理戦略として研究されてきている。血漿I-FABP濃度と小腸透過性の低下、それに伴う細菌エンドトキシンプロファイルの改善などが報告されている。一方で、高用量摂取がEx-GIS増加につながるとの報告もある。〔グレードⅡ〕
アルギニンとシトルリン
L-アルギニンおよびL-シトルリン(L-アルギニンの前駆体)は、腸絨毛微小血管での一酸化窒素産生を高めることで内臓の血行を促進し、運動中の消化管上皮の機能維持に役立つという知見がある。ただし、一部、メカニズムに不明点が存在する。〔グレードⅡ~Ⅲ〕
グルタミン
EIGSに対するグルタミンの効果については矛盾する知見があり、反応の大きさに関連する有益な効果が報告されたとしても小さなものであって、臨床的意義はない。〔グレードⅢ〕
食事スタイル関連
グルテンフリー
セリアック病ではないアスリートがグルテンフリー食とすることが、EIGSとEx-GISの予防と管理に効果があるというエビデンスはない。〔グレードⅢ〕
発酵性オリゴ糖、二糖、一糖およびポリオール(FODMAP)
低FODMAP食は、腸管脳相互作用(DGBI)疾患、特に過敏性腸症候群(IBS)を管理するための食事介入として広く知られており、Ex-GISを経験するアスリートは、IBSの患者と同様の症状を報告することが多く、実際にそのようなアスリートの多くが低FODMAP食を実施している。逆に、低FODMAP食は腸内細菌叢の多様性と総細菌数を減少させることが報告されており、EIGSの管理という点では逆効果となる可能性がある。〔グレードⅠ〕
低炭水化物・高脂肪(ケトン食)
現時点のエビデンスに基づくと、ケトン食はEIGSやEx-GISの予防や管理には役立たない。〔グレードⅡ〕
利用可能エネルギー不足(LEA)
近年、利用可能エネルギー不足(LEA)とスポーツにおける相対的エネルギー不足(RED-S)への理解が進み注意喚起がなされている。現時点ではLEAとEIGSやEx-GISとの関連という点では、それらを悪化させないことを示唆する報告もあるが、不明点が多く残されている。〔グレードⅢ〕。
低繊維食(および/または低残渣食)
食物繊維がEIGSやEx-GIに与える影響について十分な洞察を得るには、適切に実施された無作為化比較試験が必要。〔グレードⅣ〕
サプリメント
抗酸化物質
このトピックに関して、ベストプラクティスと評価し得る最低限の事項を満たす限られた研究が存在するが、運動前に抗酸化物質を摂取することでEIGSやEx-GISを予防できるという明確なエビデンスはない。〔グレードⅢ~Ⅴ〕
バイオティクス
プレバイオティクス(下部消化管の細菌によって発酵される非消化性物質)、プロバイオティクス(下部消化管で到達し定着する生きた細菌)、シンバイオティクス(それら両方の組み合わせ)は、運動によって弱っているアスリートの消化管に何らかの有益な効果をもたらすと一般的に考えられている。〔グレードⅠ~Ⅱ〕
ウシ初乳
EIGSに関連する消化器症状または全身性炎症反応の軽減目的での、ウシ初乳の急性・慢性効果を示す一貫した強力なエビデンスは存在しない。〔グレードⅡ~Ⅲ〕
クルクミン、アントシアニン
評価可能な研究が限られており、現時点でEIGS軽減戦略として、アスリートの第一選択手段としての適用は推奨されない。〔グレードⅢ〕
硝酸塩
EIGSの緩和目的での硝酸塩サプリ介入に関する適切にデザインされた研究報告がない。〔グレードⅢ〕
水分補給
運動前の水分補給
メカニズムに関するさらなる研究が必要であるが、運動前の過水分補給戦略の一部(グリセロールやナトリウムの摂取)は消化器症状を誘発することが報告されている。〔グレードⅡ〕
運動中の水分補給
水分の不足と過剰な水分摂取がEIGSやEx-GISの一因となる可能性があることを考慮すると、長時間の運動(1時間以上)中に適切な体内水分量を維持する必要がある。〔グレードⅡ〕
その他の戦略
本レポートでは上記のほかに、暑熱対策に関して、暑熱順化、内部冷却、外部冷却について、いずれもグレードⅢのエビデンスレベルと評価し解説。また、腸トレーニングに関して、反復的摂食チャレンジはグレードⅠと位置づけ、ノンカロリー甘味料や水分耐性トレーニングは同Ⅲとしている。
文献情報
原題のタイトルは、「Sports Dietitians Australia and Ultra Sports Science Foundation Joint Position Statement: A Practitioner Guide to the Prevention and Management of Exercise-Associated Gastrointestinal Perturbations and Symptoms」。〔Sports Med. 2025 Apr 7〕
原文はこちら(Springer Nature)