馬術競技のための栄養学的な推奨 現在のエビデンスからのまとめ
馬術競技のための栄養学的推奨事項をまとめた論文を紹介する。この領域の研究は十分でないため、ナラティブレビュー形式の論文だが、生理学的要件から環境要因の影響、主要・微量栄養素の摂取量・摂取タイミング、水分補給、馬の飼育という他のアスリートにはない職業的特徴への配慮、怪我のリスク、種目(馬場、障害、総合、ポロなど)別の栄養要件など、広い範囲にわたって、現時点での推奨の提示が試みられている。以下は一部の要約。
馬術の生理学的要求
スポーツとしての馬術の特徴は、なによりも馬との協調性が重要であって、また単に数値上の記録だけでなく、審美的な要素も評価される種目もあることが挙げられる。馬術そのものは近代オリンピックがスタートするよりもずっと以前から存在していたにもかかわらず、成績を左右する因子がこのように複雑に絡み合っていることもあり、スポーツ栄養も含めて運動生理学的な研究があまり進んでいない。
馬術関連のこれまでの研究の多くは、怪我の発生リスクに焦点が当てられている。よって、馬術の生理学的要求をエビデンスベースで説明できるとは限らない。ただし、レジャーレベルであってもプロの騎手であっても、自分自身の体重が軽いことがパフォーマンス上、有利であると感じているようだ。それにもかかわらず、馬術競技者の中でクロストレーニング(馬術以外の競技)を行いコンディショニングしているケースは、競技レベルにかかわらずほとんどみられない。
馬上の騎手の位置はエネルギー消費に影響を及ぼす。総合馬術やポロなどでは競技中の心拍数が150~185bpm、時に200bpm近くに達する。ただし、他の競技に比較して馬術では、心拍数から推計される酸素摂取量が実際より過大となりやすい。
環境の影響
太陽光への曝露も馬術のパフォーマンスを左右する因子である可能性が高い。直射日光だけでなく輻射熱(放射熱)も影響を及ぼすと考えられる。また競技用のユニフォームも、馬術競技者の熱ストレスを増やす要因となり得る。反対に、寒冷への曝露もパフォーマンスを低下させる要因であろう。
標高の影響については非常にデータが少ない。少ないながらも、2,000~3,000m程度の標高で馬術パフォーマンスが低下するという報告がある。栄養面では高地における吐き気や頭痛、脱水などが課題となるだろう。
炭水化物
アスリートの場合、炭水化物の摂取は「その後に必要とされる仕事量のための燃料補給」とされており、馬術であれば、その日の騎乗回数と騎手自身が行うべき作業量を勘案することになる。いくつかのガイドラインの記載から、1日あたりの摂取量は以下が目安となり得る。
運動量が少ない日
3~5g/kg/日。例えば、レクリエーションとしての乗馬や、lunging(乗馬の基本的な訓練の一つ)などのエネルギー消費の少ない作業の日や、アクティブリカバリーまたは馬を伴わないトレーニングの日。
運動量が中等度の日
5~7g/kg/日。例えば、軽~中程度の強度となる騎乗を1回以上行ったり、平地での訓練や短時間のテクニカルなセッションを行う日。
運動量が多い日
7~10g/kg/日。例えば、中~重強度となる騎乗を複数回行ったり、より高度なスキルを目指して特化した訓練(障害飛越など)を行う日。
運動量が極めて多い日
10g/kg/日以上。例えば、競技と同等の騎乗を複数回行う日や、長時間の総合馬術訓練を行う日。
また論文では、馬術の運動量として、以下のような目安も示されている。
時速 | 運動強度 | エネルギー消費量 (体重60kgの場合) | |
---|---|---|---|
Walk(常歩〈なみあし〉) | 約7 km/h | 3.4 METs | 204 kcal |
Trot(速歩〈はやあし〉) | 約13 km/h | 6.2 METs | 372 kcal |
Canter(駈歩〈かけあし〉) | 約16~27 km/h | 7.7 METs | 462 kcal |
Gallop(襲歩〈しゅうほ〉) | 約40 km/h | 9.4 METs | 658 kcal |
障害飛越競技 | ― | 11.04 METs | 662 kcal |
水分補給
馬術は長時間の騎乗、暑熱環境などのために、脱水のリスクがあることを認識することが欠かせない。これは騎乗者だけでなく、馬についても同様である。騎乗者の水分摂取については、摂取に時間がかかるために摂取を避けるようなことがないよう、簡便な摂取手段を用いる必要がある。
職業としての特徴への配慮
馬術競技者が他のアスリートと大きく異なる点として、多くのケースで馬を自分自身で飼育・調教し生計を立てていることが挙げられる。そのためのコストは多大であり、食品の選択にも影響し得る。馬術競技者の栄養をサポートする栄養士には、このような視点をもつことも要求される。
今後の方向性
馬術競技者の生理学的要件や栄養要件の理解は不足しており、固有の推奨事項を提示するために今後の研究が必要とされている。具体的には、馬術競技者が経験する消化器症状の評価、科学的根拠に基づいたサプリメントの適用、および、人間の競技者だけでなく、馬の栄養や水分の摂取も適切なものとなるよう目指していくべきだろう。
文献情報
原題のタイトルは、「The Physiological Requirements of and Nutritional Recommendations for Equestrian Riders」。〔Nutrients. 2023 Nov 30;15(23):4977〕
原文はこちら(MDPI)