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宇宙飛行士の長期ミッションを支える栄養戦略 NASA編集ジャーナル掲載論文

2023年末、日本人宇宙飛行士が2025年中に月面着陸のミッションに参加する計画のあることが報道された。また、高度な専門知識や技術を兼ね備えた宇宙飛行士でなくても、高額ではあるがコストを負担すれば宇宙へ行ける時代にも既に到達し、周知のとおり2021年には日本人実業家が短期間、国際宇宙ステーション(International Space Station;ISS)に滞在している。さらに、EV自動車などのビジネスで成功しスペースXという宇宙船開発事業でも邁進しているイーロン・マスク氏は、宇宙船開発の理由を、地球環境の危機の対策として本気で火星への人類移住を実現する必要があると述べている。これまで遠い先の夢物語のようにとらえられがちだった宇宙旅行が、そろそろ現実的な視野の中に入りつつあるようだ。


宇宙日本食(撮影日:2023年6月20日)。おなじみの製品も宇宙用に改良して利用されている

宇宙空間での長期間の滞在には当然、地球上とは異なるさまざまな制約が発生する。その一つが食事や栄養だ。宇宙船という限られたスペースでは、かさばらず、重量が軽いことが求められ、同時に栄養価に優れ、長期間保存でき、かつ飽きのこない美味しさも求められる。

また、宇宙空間は無重力のために負荷がかからないことから、筋肉や骨が急速に減少するため、運動トレーニングが欠かせない。しかし、運動トレーニングによって消費されたエネルギー量を補わなければ、筋タンパク質の異化がより加速されてしまう。それを防ぐために、宇宙船内により多くの食料を積む必要性が発生する。

これらの課題を解決し得る栄養戦略が確立されなければ、高性能の宇宙船が完成しても、人類の宇宙旅行はおぼつかない。今回取り上げる論文は、欧州の研究者らによる、長期宇宙ミッションを可能とするための栄養戦略のレビューであり、米国航空宇宙局(United States National Aeronautics and Space Administration;NASA)が編集に関与している微小重力に関するジャーナル「NPJ Microgravity」に掲載されたもの。いくつかのトピックについて総括したうえで、今後検討されるべき課題を提示している。一部を抜粋して紹介する。

感覚と食欲:宇宙飛行士から多く挙げられる要望は、食品の鮮度

宇宙飛行によるストレス、例えば微小重力、放射線、閉塞空間、宇宙船中に漂う匂い、CO2濃度、地球からの隔離などが、食欲や感覚、とくに嗅覚にどのような影響を及ぼすかという点については、客観的なエビデンスはなく、体験に基づく情報に限られている。食欲は、ヒトの健康にとって適切な栄養素を摂取するための重要な要素であり、生理学的および心理的要因の影響を受け、微小重力によって損なわれる可能性がある。また、予期せぬ食感や香り、色彩は、食事の魅力を低下させ、摂取量減少につながる。大半の宇宙食は安全性のために、いわゆる食材の“鮮度”が失われる程度の加工がなされていることが、宇宙飛行士の食欲に影響すると考えられる。

宇宙飛行士へのミッション後のインタビューで挙げられる、最も多い苦情や要望の一 つは、食べ物の鮮度の欠如であることが報告されている。摂取する際に発生する音(例えば、カリカリなど)も、食品の鮮度の欠如に関連しており、食欲や摂取量に影響を与え得る。

宇宙旅行中の食欲の低下を抑制して、栄養失調のリスクを抑えるため、以下の研究が必要とされる。

  • 食欲の調節に影響を与える重要な環境要因(CO2、騒音、水質など)は何かを明らかにする
  • 生理学的、心理学的、神経生理学的要因による食欲調節と、宇宙食の特性に関連する要因、および長期ミッションでの保管中のそれらの変化の重要性を明らかにする

栄養状態:長期ミッションで宇宙食を完食し続けられるか?

国際宇宙ステーション(ISS)やその他のミッション中の宇宙飛行士の摂取エネルギー量は、必要量を約25%下回っていると推定する報告があるが、依然として消費エネルギー量を正確に評価する手法が確立しておらず詳細が不明。ただし、エネルギー供給が不十分な場合、内因性の脂肪やタンパク質の貯蔵が動員され、その結果、筋肉量や筋力が低下し、心血管系や免疫系にも影響が生じる。

適切なエネルギーと栄養素の供給を確保するために、NASAおよび欧州宇宙機関(European Space Agency;ESA)は、宇宙飛行士の摂取エネルギー量のモニタリングを行っているが、食品データベースに含まれる情報は依然として不足しており、宇宙飛行士のエネルギーやミネラルなどのバランスを評価することは、現在においても課題とされている。

摂取エネルギーの不足は運動機能や認知機能の低下につながる可能性もある。この点は、宇宙飛行士の業務遂行能力に影響を及ぼしかねない。軍事作戦中に負のエネルギーバランスが続く状態で行われた研究に基づくと、マイナスのエネルギーバランスは下半身の力と強さに関連していた。したがって、低栄養の状態に近づきつつある宇宙飛行士では、持久力の低下と筋肉量・筋力の低下を来し得る。

現在のISSで入手可能な宇宙食は、栄養素組成に関してはかなりバランスがとれており、十分に摂取されたなら適切な栄養素を供給できる。これは微量栄養素(ビタミンおよびミネラル)についても当てはまる。逆に言えば、摂取量が不足した場合、エネルギー供給不足につながるだけでなく、ビタミンやミネラルの供給も不足する。ミッションが長期になればなるほどその影響は強く生じてくる。

宇宙船内での食料生産の可能性:困難なら宇宙飛行士にエネルギー制限を求める?

現時点では、月や火星、その他の惑星への宇宙旅行に使われる宇宙船内で食料を生産できる可能性はない。一方、ISSには小さな温室があるが、これは研究目的で使用されるものであり、宇宙飛行士の食料供給を目的としていない。

現状において、長期ミッションに必要とされる十分なエネルギーを提供できるようにするには、エネルギー密度の高い食料を貯蔵する必要があり、それには油脂の使用が考えられる。ただし油脂類は安定性が低く、品質を維持するための技術開発も必要となる。

さらに、エネルギー密度が高く安定性に優れた食品を開発し得たとしても、それでも長期ミッションの際にはかなりの重量となり、宇宙船内のスペースを必要とすることは明らかだ。となると、宇宙飛行士に対して、ある程度の摂取エネルギー制限を求めることが可能かという研究課題が浮かび上がる。また、栄養素の供給は食事で提供される量だけで決まるわけではなく、生物学的利用能(バイオアベイラビリティー)も大きく関与する。よってバイオアベイラビリティーを高める技術開発も求められる。

運動処方:消費エネルギーを抑えつつ、骨・新血管代謝上のメリットを最大化する

宇宙での筋肉や骨の損失を防ぐための効果的な運動プロトコルの開発が熱心に続けられているが、依然として問題が残されている。課題の一つは、ミッション中に負のエネルギーバランスとなる原因としての消費エネルギーは、どのようなタイミングで発生しているのかが特定されていないことだ。それは安静時の代謝率の変化か、それとも身体活動の多さ、または非身体活動の多さだろうか?

ISSでは、機器のセットアップを含む2時間の持久力トレーニングと筋力トレーニングからなる毎日の身体活動が推奨されている。エネルギー消費という点では、一般的にレジスタンストレーニングは有酸素運動に比べてエネルギーコストが低い。一方、油圧負荷システムを使用した高強度のインターバルトレーニングは、短時間でレジスタンストレーニングと持久力トレーニングの両方のメリットを得られると考えられている。長期宇宙ミッションに向けて、エネルギーバランスを維持するために消費エネルギー量を抑制し、過度のストレスをかけることなく、骨代謝や心血管代謝の健康を維持し得るトレーニングメニューの開発が必要とされる。

腸内細菌叢は宇宙空間で変化する可能性が高い

腸内細菌叢の組成は、宇宙飛行中に変化する可能性が高い。長期ミッション中に健康的な腸内細菌叢をサポートすることは、ミッション中の健康の維持につながる可能性があるだけでなく、地球に戻ったときのリハビリテーションもサポートする可能性がある。

地球環境で行われている多くの研究から、プレバイオティクス、プロバイオティクス、シンバイオティクスが、栄養素の生物学的利用能、そして健康と身体パフォーマンス(筋肉量、筋力、耐糖能、炎症、免疫、心臓血管系など)に対して有用であることを支持する、説得力のあるデータが存在する。これらを宇宙食へ配合することが、食料の重量を増やすことなく、長期ミッションの支えになるかもしれない。

文献情報

原題のタイトルは、「Unraveling the intricate connection between dietary factors and the success in long-term space missions」。〔NPJ Microgravity. 2023 Dec 13;9(1):89〕
原文はこちら(Springer Nature)

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