痛みは睡眠不足が続くと慢性化することを動物で実証、有酸素運動でその痛みの変化を抑制することも確認
睡眠不足の状態では、急性の痛みが生じた際に、それが持続性の痛みに変化しやすいことを示す、動物実験のデータが報告された。有酸素運動がその変化を抑制する可能性のあることも示された。
「痛みのため睡眠不足」があれば、「睡眠不足で痛みが悪化」もあり得る
急性の痛みは発痛の原因が取り除かれれば軽快するが、痛みを感じる閾値が低下することなどを介して、症状が長引くこともある。そのような痛みに対する感受性が敏感になっている状態に対して、有酸素運動が痛みの閾値を上げる(感受性を元に戻す)ように働き、痛みを和らげる効果のあることが知られている。
一方、身体に痛みがあると、その痛みのために睡眠が阻害される。それは多くの人が経験的に理解していることだろう。ただ、最近の研究の中は、睡眠不足が痛みに対する感受性を増強させるという、反対の関係もあることを示唆する報告もある。
それでは、睡眠不足の状態では、急性の痛みが慢性の痛みに変わりやすくなるのだろうか? もしそうだとしたら、有酸素運動はその変化を抑えるように働いてくれるだろうか? 今回紹介する論文の研究は、この二つの疑問の答を得るために行われた。
ラットを3群に分けて痛みの感受性を比較
研究には29匹のメスの成体ラットが使われた。
まず、4週間にわたり、エサを食べるには前腕でレバーを引かなければならない給餌器を用いて飼育し、臨床的なオーバーユース状態に相当する急性発症型の疼痛を誘発した。
次に、無作為に以下の3群に群分けして4週間介入した。1群は、ケージ内に回し車を設置し、有酸素運動を行える環境とした「エクササイス(exercise;EX)群」。別の1群は、明期(夜行性であるラットの睡眠時間帯にあたる6~18時)に睡眠を阻害した「睡眠障害(sleep disturbance;SD)群」。残りの1群は、エクササイス(EX)可能なケージ内で睡眠障害(SD)を惹起する「SD+EX群」。
疼痛誘発前、4週間のオーバーユースによる疼痛誘発後、さらに4週間の介入後という3時点で、脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor;BDNF)、エストラジオール、白血球数などを評価した。疼痛感作レベルは、前腕への機械的な刺激に対する反応で評価した。各評価指標の変化は以下のとおりで、睡眠障害(SD)群では疼痛に対する感受性の高さの遷延、握力低下、脳由来神経栄養因子(BDNF)上昇、エストラジオール低値などの点で、反応が他群と異なっていた。
疼痛感受性
4週間のオーバーユースによる疼痛誘発で、3群ともに感受性が有意に亢進。それに引き続く4週間の介入で、エクササイス(EX)群、および、睡眠障害+エクササイズ(SD+EX群)の2群は、ほぼベースライン(オーバーユースによる疼痛誘発の前)のレベルに回復していた。しかし睡眠障害(SD)群のみは疼痛感受性が介入前から有意な変化がなく、ベースラインとの比較で高値のままであり、かつ、他の2群との比較でも有意に高値にとどまっていた。
握力
4週間のオーバーユースによる疼痛誘発で、3群ともに握力が有意に低下。それに引き続く4週間の介入で、3群ともに握力が有意に回復し、かつEX群ではベースライン値より有意に高値となっていた。また、EX群とSD群の握力に有意差が発生していた。SD+EX群の握力はEX群とSD群の中間に位置し、どちらの群とも有意差がなかった。
脳由来神経栄養因子(BDNF)
4週間のオーバーユースによる疼痛誘発前後でのBDNFの変化は、3群ともに非有意であり、かつ、EX群とSD+EX群の2群は、ベースラインから介入後(計8週間)を通じて、有意な変化は観察されなかった。それに対してSD群はベースラインから介入後にかけて、BDNFが有意に上昇しており、他の2群より有意に高値となっていた。
エストラジオール
4週間のオーバーユースによる疼痛誘発前後でのエストラジオールの変化は、3群ともに非有意であり、かつ、EX群とSD群の2群は、ベースラインから介入後を通じて、有意な変化は観察されなかった。それに対してSD+EX群はベースラインから介入後にかけて、エストラジオールが有意に上昇しており、SD群より有意に高値となっていた。EX群のエストラジオールはSD群とSD+EX群の中間に位置し、どちらの群とも有意差がなかった。
白血球数
4週間のオーバーユースによる疼痛誘発前後での白血球数の変化は、3群ともに非有意であり、かつ、SD群とSD+EX群の2群は、ベースラインから介入後を通じて、有意な変化は観察されなかった。それに対してEX群は、疼痛誘発後の4週間の介入期間中、および、ベースラインから介入後の8週間で白血球数が有意に上昇しており、他の2群より有意に高値となっていた。
ヒトの慢性疼痛に対しても睡眠と有酸素運動が有効か?
著者によると本研究は、「急性疼痛が慢性疼痛に移行することに睡眠不足が関与していることを示す、初の知見」だとしている。また、結果の総括として、「有酸素運動は、睡眠不足によって生じる急性疼痛から慢性疼痛への移行を抑制し、この変化には脳由来神経栄養因子(BDNF)が関与している可能性がある」と結論。ヒトを対象とする臨床研究での確認が求められる。
論文の考察に述べられているところによると、慢性疼痛を抱えている人に対して睡眠の改善と有酸素運動の奨励が、疼痛緩和につながる可能性があるのではないかという。また、睡眠障害によるBDNFの上昇は、全身性炎症反応の亢進を介した変化と考えられ、有酸素運動がBDNFを低下させることは既報研究と一致する結果だとしている。
文献情報
原題のタイトルは、「Poor sleep versus exercise: A duel to decide whether pain resolves or persists after injury」。〔Brain Behav Immun Health. 2023 Dec 12:35:100714〕
原文はこちら(Elsevier)