スポーツ脳震盪(SRC)の教育不足が明らかに 大学生アスリートのSRC発生率や知識レベルを調査
国内の大学生アスリートのスポーツ関連脳震盪(SRC)の発生率を、競技別・性別・競技レベル別に解析した結果が報告された。国士舘大学防災・救急救助総合研究所の田中翔大氏らの研究であり、「Sports Medicine and Health Science」に論文が掲載された。大学生アスリートに対するSRC関連の教育が不足している実態も示されている。
国内大学生アスリートのSRCの実態を調査
大学生アスリートのスポーツ関連脳震盪(sport-related concussion;SRC)の発生率について、米国からは全米大学体育協会(National Collegiate Athletic Association;NCAA)所属学生対象の研究から、2014~19年の5年間で3,497件(トレーニングや試合参加1万件あたり4.13件)という数値が報告されている。それに対して日本発のSRC関連データは限られており、大学生アスリートにおける発生率や症状、知識、発生時の対処の仕方などに不明点が少なくない。田中氏らはこれらの点について、国士舘大学の学生アスリートを対象とするWebアンケート調査を実施し、実態の把握を試みた。
同大学公認の学内組織に所属する1,468人の学生アスリートから回答を得て、データ欠落者などを除外した1,344人を解析対象とした。内訳は、同大学のスポーツ協議会指定クラブ所属選手(以下、「クラブ選手」)が831人(男子553人、女子278人)、大学公認のクラブ・サークルなどに所属してスポーツを行っている学生(以下、「その他の選手」)が513人(男子370人、女子143人)。全体として男子が68.7%を占め、平均年齢は19.58±1.22歳だった。
主な調査項目は、スポーツ関連脳震盪(SRC)の発生状況、SRCに関する知識(25項目の質問で評価)、SRCが発生後の対処行動やスポーツへの復帰タイミングなど。
学生アスリートの1年間でのスポーツ関連脳震盪の発生率は2.68%
スポーツ関連脳震盪(SRC)の発生率
まず、スポーツ関連脳震盪(SRC)の既往について着目すると、学生アスリート全体で10.1%が既往ありに該当した。その内訳は、男子は10.8%(クラブ選手14.1%、その他の選手5.9%)、女子は8.6%(クラブ選手9.7%、その他の選手6.3%)。また、2016年度1年間でのSRC発生率(選手人数に対する発生件数)は、全体で2.68%(95%CI;1.88~3.69)だった。
2016年度のSRC発生率を競技別にみた場合、男子ではラグビーが最も高く33.33%(同17.96~51.83)、女子ではサッカーが8.33%(1.03~27.00)で最高値だった。
SRC関連の教育を受けた学生の割合と、知識レベル
過去にSRCや一次救命処置(胸骨圧迫〈心臓マッサージ〉や人工呼吸など現場での救命行為。basic life support;BLS)に関する教育を受けたことがあるかを質問したところ、BLSについては84.8%が「受けたことがある」と回答した。それに対してSRCの教育を受けていたのは13.6%にとどまっていた。
SRCに関する知識は、25点満点中5.30±4.2点だった。過去にSRCの教育を受けた群とそうでない群との間で有意差が存在した(7.97±5.64 vs 4.88±3.75点、p<0.001)。また性別での比較では、女子のほうが高得点だった(5.87±4.41 vs 5.04±4.07点、p<0.001)。
SRCの症状として最も認知されていたのは「めまい」だった(64.5%)。その一方、「感情的になる」を認知していたのは3.3%にすぎなかった。また、SRCの急性期後に一部の症状が遷延する「SRC後症候群」という病態を理解していたのは15.0%、脳震盪の回復前に二度目の脳震盪が発生することで予後が重篤となり得る「セカンドインパクト症候群」を理解していたのは14.1%だった。
SRC発生時の報告行動と、報告した対象
次に、過去にSRCの経験があると回答した136人に対して、SRC発生時に指導者等へ報告したか否かを質問。すると、報告した学生が87人(64%)、報告しなかった学生が49人(36%)だった。性別で比較した場合に有意差はみられなかったが、クラブ選手とその他の選手の比較では、クラブ選手のほうが報告した学生が多かった(p<0.001)。
SRC発生時に指導者等へ報告したと回答した87人に、報告の対象者を複数回答で答えてもらったところ、コーチが82.8%と多くを占め、両親50.6%、医師36.8%、チームメート29.9%だった。アスレチックトレーナーは19.5%と、挙げられていた選択肢の中で最低であり、またクラブ選手ではないその他の選手でアスレチックトレーナーに報告した選手は存在しなかった。
SRC発生後の受療行動とスポーツへの復帰
SRC発生時に指導者等へ報告した87人のうち70.1%は最初に医師の診療を受けていた。初期対応にあたったそのほかのスタッフは、アスレチックトレーナーが14.9%、救命救急士が6.9%などだった。なお、この質問の回答者の79.3%はSRC発生後24時間以内に医療機関を受診していた。
一方、スポーツへの復帰のタイミングは、SRC発生後すぐ(30分以内)が16.1%、翌日が43.7%、2~3日後が4.6%、4~7日後が21.8%、8~14日後が6.9%、15~21日後が2.3%、1カ月後以降が4.6%となっていた。また復帰のタイミングの決定は、46.0%の選手が自分自身の判断と回答し、医師の判断が34.5%、アスレチックトレーナーの判断が13.8%となっていた。
自覚症状
SRC発生後の自覚症状としては、感情的になる、イライラする、眠気がそれぞれ100%であり、その他に頭痛67.8%、吐き気、めまいがそれぞれ44.8%、平衡感覚の支障32.2%などが多く挙げられた。
スポーツ関連脳震盪に関する教育の充実が必要
著者らは、これらの結果の総括として、「SRCの早期発見と早期治療には、SRCに関する知識を有していることが重要なポイントである。しかしながら我々の研究からは、日本の大学生アスリートに対するSRC教育の実施率が極めて低いことが明らかになった。大学スポーツに、SRCに伴う健康障害を防ぐという明確な文化を根付かせる必要があるのではないか」と述べている。
文献情報
原題のタイトルは、「Sport level and sex differences in sport-related concussion among Japanese collegiate athletes: Epidemiology, knowledge, reporting behaviors, and reported symptoms」。〔Sports Med Health Sci. 2023 Jul 7;5(3):229-238〕
原文はこちら(Elsevier)