トレーニング後の回復レベルを唾液で把握することができるか? システマティックレビュー
アスリートのトレーニング後の免疫反応やホルモン分泌の変化を、唾液検体を用いたマーカーでどの程度評価可能か、現時点のエビデンスをシステマティックレビューによりまとめた論文が報告された。唾液中のコルチゾールとテストステロンは、間違いなく運動の影響を受けて変動しているが、回復の程度を評価可能なマーカーとしての有用性確立には、さらなる研究が必要と述べられている。
アスリートは体調の変化を頻繁に把握する必要がある
免疫反応やホルモン分泌などを評価する種々のマーカーの大半は、採血検査により評価される。血液検査の結果の多くは既に基準値が確立されており、健常者の疾患リスクや疾患の病勢、治療状態の評価に広く用いられている。ただし、健常者の日常の変化を把握するために採血を繰り返すことは現実的でない。
アスリートは日ごろから高強度のトレーニングを反復し、その都度、休息による十分な回復を図る必要があり、回復が不十分でオーバートレーニングとなった場合、免疫能の低下に伴う感染症やメンタルヘルス不調のリスクが上昇する。仮に回復の程度を随時、客観的かつ簡便に把握できるとしたら、トレーニング内容をより理想的なものとすることが可能になる。それには採血を必要としない検体採取が求められ、有望な手法として唾液への関心が高まっている。
唾液中の成分は血液成分の一部と同じ成分が濃度は低いながらも存在し、血液中の濃度との相関もみられることが報告されている。また、唾液採取には、医療従事者(医師、看護師、臨床検査技師)によらず被験者自身によって非侵襲に、繰り返し採取できるという大きなアドバンテージがある。さらに、免疫という観点では、口腔粘膜は感染防御の最前線にあたり、唾液が免疫能の評価に最適な検体である可能性もある。
このような背景から、アスリートを対象とする唾液検体を用いた種々のマーカーの可能性が模索されてきている。今回紹介する論文は、それらの研究報告をシステマティックレビューにより総括したもの。
文献検索について
文献検索には、PubMed(Medline)、EBSCO(SportDiscus)、SCIELOという三つのオンラインデータベースが用いられた。運動後の回復期に焦点をあて、運動終了から30分後~48時間以内に少なくとも1回、何らかの唾液マーカーが測定されていた、ヒトを対象とし英語で執筆されている論文を検索した。
PubMedで81件、SportDiscusで131件、SCIELOで1件ヒットし、重複削除、タイトルと要約に基づくスクリーニング、全文精査を経て、14件の研究報告を解析対象として特定した。
解析対象研究の特徴
14件の研究の参加者は合計226人だった。女性であることが明らかな参加者は、わずか13人だった(一部の研究は参加者の性別を記していなかった)。年齢は4件を除いて18~30歳の範囲だった。それらに含まれない研究のうち1件は、14歳前後の未成年を対象としており、他の2件は30歳以上であり、もう1件は対象者の年齢を記していなかった。
11件の研究で10種類の異なる競技のアスリートが参加しており、ラグビーが最も多く5件の研究に含まれていた。1件の研究は競技の種類については言及せずに、トレーニングを行っているボランティアと記していた。残りの2件は健康で活動的なボランティアと記されていた。
コルチゾールとテストステロンに関するエビデンスが比較的豊富
アスリートの回復期を対象とする研究で、最も多く研究されていた唾液検体マーカーは、コルチゾールとテストステロン、およびそれら両者の比であり、そのほかにα-アミラーゼ、免疫グロブリンA(IgA)などが研究されていた。
コルチゾール
14件の報告のうち13件がコルチゾールに焦点をあてていた。副腎皮質ホルモンのコルチゾールは、激しいストレスのかかる運動や心理的ストレスの結果として分泌され、回復が不十分な場合は免疫抑制を引き起こす可能性があり、血清中の濃度と唾液中の濃度との間に有意な相関関係があることも報告されている。
ラグビー選手を対象としたある研究では、試合前と比較して試合後には有意に上昇(p=0.002)、17時間後にベースライン値に戻ったという。ただし別のラグビー選手対象研究では、ベースライン値に比べて試合後36時間後、60時間後にも有意に高値だったと報告されている。
性差に着目した研究からは、男性・女性ともに回復後30分のコルチゾールレベルは有意に高かったが、女性は相対的に低いことが示されている。回復の手段による違いでは、全身温熱療法(whole body cryotherapy)を用いた運動後2時間の評価でコルチゾールは変化していなかったが、受動的回復では低下していたという。
テストステロンおよびテストステロン/コルチゾール比
男性ホルモンのテストステロンは、体組成や骨格筋の変化に直接影響を及ぼし、筋力やタンパク質の同化・異化にもかかわる。唾液中濃度と血清中濃度の相関は、性別や年齢(思春期)によって異なる可能性が報告されている。
自転車エルゴメーターで高強度運動を課した30分後に有意に高値であること、回復法については全身凍結療法(whole-body cryotherapy)などによって受動療法とよりも有意に回復が促進される可能性があることなどの研究結果が報告されていた。
テストステロン/コルチゾール比(T/C比)は、運動ストレスの指標、同化(アナボリック)/異化(カタボリック)のバランスの指標となる可能性が検討されている。T/C比の低下は、トレーニングや競技後の回復が不十分であることを示していると考えられ、筋肉のダメージの回復遅延やオーバートレーニング症候群のリスクと相関している。
論文ではこのほかに、α-アミラーゼや免疫グロブリンA(IgA)などに関する考察が加えられている。
全体の結論は、「回復期に最も使用される唾液バイオマーカーは、コルチゾールであることは確かであり、テストステロンに関する研究も少なくなかった。ただしその他のマーカーは少数の研究で限られたサンプルで検討されており、運動直後の反応は依然として明確でない。唾液マーカーは運動後の急性反応を捉えることができる可能性があるが、まだ決定的とは言えず、より多くの研究を必要としている」と述べられている。
文献情報
原題のタイトルは、「Salivary Markers Responses in the Post-Exercise and Recovery Period: A Systematic Review」。〔Sports (Basel). 2023 Jul 18;11(7):137〕
原文はこちら(MDPI)