肝機能障害の検査値「ビリルビン」がスポーツパフォーマンスを向上させる?
肝臓の機能を表す検査指標の一つであり、肌や結膜(白目)が黄色くなる黄疸の原因物質であるビリルビンが、スポーツパフォーマンスと関連があるのではないかとする総説論文が発表された。米国およびチェコの研究者によるもの。要旨を抜粋して紹介する。
イントロダクション
ビリルビンは、古典的に肝機能障害のマーカーの一つで、一般的な健康診断でも測定される。老化した赤血球中のヘモグロビンの構成物であるヘムが分解されたもので、ヘムが黄色いため、肝機能障害でビリルビンが上昇すると黄疸が出現する。現在に至るまで、もっぱら肝機能障害のマーカーとして用いられているが、近年では糖尿病による血管障害との関連なども報告されており、遺伝的に高ビリルビン血症となるジルベール症候群の糖尿病患者では、血管合併症が少ないことが示されている。
一方、ビリルビンが運動トレーニングによって上昇し、エリートアスリートは有意に高いレベルを示すことが多いと報告されている。また、座位行動の多い集団と比較して、アスリートや活動的な人はビリルビンレベルが高いことも知られている。ただし、それらの関連のメカニズムは明らかにされておらず、ビリルビンレベルの上昇がスポーツパフォーマンスに影響を与えるか否かを検討した研究もない。とはいえ、一方でその可能性も否定されておらず、今後の研究において考慮すべき領域と言える。
ビリルビンと運動
ビリルビンは、重要な内分泌ホルモンであり、核内受容体の活性化や強力な抗酸化作用などがあると認識されるようになってきた。医学界は「正常な」総血漿ビリルビン値を1.7~20μmol/Lと定義しているが、年齢、性別、民族性、その他の生物学的要因により、広い範囲に分布している。よって、例えばアスリート集団での適正な範囲を定義づけることは困難。
ビリルビンと運動を関連付ける研究はまだ緒についたばかりだが、限られた研究からは、動物モデルとヒトの双方で、急性および慢性の持久運動でビリルビンが増加する可能性があることが示されている。また、運動量との用量反応関係の存在も示唆されており、生理学的に意味のある増加を観察するには、週に150分の中程度から高強度の身体活動を満たす必要があると思われる。
アスリート対象の研究では、サッカーやラグビーのトレーニングの3カ月後にビリルビンが増加したこと、一般集団と比較して競争力のあるアスリートで上昇していることなどが報告されている。また、女性では有酸素トレーニングと筋力トレーニングの双方がビリルビン値と正相関し、対照的に男性では有酸素トレーニングのみが正相関するという。さらに、疲労困憊に至るような激しい運動がビリルビンをアップレギュレートする可能性も示されている。
論文では、これらのエビデンスの紹介に続き、「未解明の重要な問題として、運動がビリルビンの増加を引き起こすメカニズムが不明であることが挙げられる」と指摘。この疑問に対する答として、現時点の知見から推測されるメカニズムが述べられている。
推測されるメカニズムの一つは、運動による足の負荷、体温上昇、骨格筋の分解になどよって、ヘムの異化が亢進するためではないかという。このメカニズムは、運動によるビリルビンの上昇に一貫性がなく、激しい運動で上昇するという報告の多いことの理由も説明するものだと著者らは述べている。
推測されるもう一つのメカニズムは、運動に伴う酸化ストレスの増大を軽減するためにフィードバック機構が働いているのではないかというものだ。上述のようにビリルビンは強力な抗酸化物質であり、ビリルビン以外の抗酸化防御機構と同様に、運動によって発生した体内のフリーラジカルを適切に制御するために、ビリルビンが増加するという経路もあり得るのではないかという。
スポーツ上のメリットとしてのビリルビン
ビリルビンの上昇は、運動との関連で、心血管系に対して複数の有益な影響をもたらす可能性がある。
まず、ビリルビンは強力な抗酸化化合物であり、活性酸素種(reactive oxygen species;ROS)を除去する。またビリルビンは、一酸化窒素(NO)の生物学的利用能を高め、組織の血流量増大に働き、これはスポーツパフォーマンス向上に結び付く可能性がある。
最近の研究からは、ビリルビンが核内受容体であるペルオキシソーム増殖因子活性化受容体アルファ(peroxisome proliferator-activated receptor alpha;PPARα)を活性化するホルモン様の機能をもつことも示されている。肝臓でのPPARαの活性化は、運動に関連した全身代謝の改善に寄与する。
このほかに、ビリルビンは心臓保護作用もあり、その点でも運動上の利益をもたらす可能性がある。
ビリルビンを高めるエルゴジェニックエイドの開発の前に
ビリルビンの上昇がスポーツパフォーマンスの改善を促進するかどうかを直接検討した研究はない。しかし、これまでに報告されてきたデータから、この仮説は成立する可能性が高いと思われる。
仮説を支持する予備的なエビデンスとして、ビリルビンレベルの上昇を引き起こす特定の遺伝子多型(冒頭に糖尿病合併症との関連で取り上げたジルベール症候群)の有病率が、エリートアスリートでは一般人口に比べて高いことが観察されている。このことは、ビリルビンレベルが高い人ほど運動能力が高くなる可能性があることを示唆している。
とはいえ、スポーツパフォーマンスに対するビリルビンのエルゴジェニックな役割に関するヒトでのエビデンスは不足しており、多くの研究が必要とされる段階だ。さらに、健康状態や運動パフォーマンスの視点での最適な基準値も定義されておらず、ビリルビンを高めるための手段も明らかになっていない。
ビリルビンを増加させるためのエルゴジェニックエイドに焦点を当てる前に、まずは、ビリルビンレベルの増加がスポーツパフォーマンス向上に役立つか否かを判断することが先決だろう。少なくとも、その可能性はあると言えると考えられる。
文献情報
原題のタイトルは、「Cutting edge concepts: Does bilirubin enhance exercise performance?」。〔Front Sports Act Living. 2023 Jan 11;4:1040687〕
原文はこちら(Frontiers Media)