10代アスリートの心理的・身体的・性的暴力の実態 カナダでのネット調査
ティーンエージャーアスリートのスポーツに伴うバイオレンス(心理的・身体的・性的暴力)への曝露の実態をインターネットで調査した結果が報告された。心理的暴力の被害を受けているとの回答が52%に達し、10%は複数のタイプの暴力を受けているという。
14~17歳のアスリート千人以上にオンライン調査
スポーツにおける暴力は近年、大きな関心を集めている社会問題の一つ。調査により異なるが、最大75%(範囲2~75)の若年アスリートが何らかの暴力を受けた経験があると報告されている。スポーツで発生する暴力のうち性的暴力や物理的・身体的暴力はメディアの関心が高いが、いじめや嫌がらせなどを含む心理的暴力も存在する。また、複数のタイプの暴力の被害にあっている多重被害者(poly-victimized)という状況も存在していることが知られている。加害者側に目を向けると、一般的には男性コーチがしばしばそれに該当する事例がメディアに取り上げられるが、実際にはアスリート仲間であることが少なくないという報告がある。
このように、スポーツにおける暴力の存在を伝えるさまざまな断片的な情報は少なくないが、どのような状況で暴力の発生リスクが高くなるのか、多重被害にさらされやすいアスリートに何らかの共通点はあるのかなど、明らかになっていないことが多い。これらを明らかにすることは、スポーツにおける暴力の排除に有用であることから、本論文の著者らは以下の検討を行った。
暴力の定義と評価方法
この調査は、カナダにおいてオンライン調査として実施された。対象は14~17歳で、ソーシャルメディア上の広告やメーリングリスト、スポーツイベントでのチラシの配布などによって協力を呼びかけ、1,259人が回答。回答に30~45分要する調査項目のすべてに回答したのは1,057(83.8%)人だった。
用いたアンケートは、アスリートへの暴力アンケート(violence toward athletes questionnaire;VTAQ)と呼ばれるもので、合計70項目で構成されており、コーチからの暴力に関して36項目、アスリート仲間からの暴力に関して9項目、親からの暴力に関して25項目の質問が含まれている。それぞれ、暴力を受けた頻度を4段階のリッカートスコアで回答するというもの。
なお、性的暴力、物理的(身体的)暴力、心理的暴力の定義は以下のとおり。性的暴力は、「被害者の自由な意思による同意なしに、または、同意も拒否もできない人に対して、別の人が犯したり試みたりする性的行為」で、望まない性的接触や性的暴行、セクハラ行為などが含まれる。物理的(身体的)暴力は、「身体的または心理的幸福を損なう、または脅かす、あらゆる身体的性質のある行動」で、殴ったり、押したり、揺さぶったりするなどが含まれる。心理的暴力は、「移動の制限、軽蔑、中傷、スケープゴート、脅迫、嫌がらせ、差別、嘲笑など」で、反社会的行動の強要、不健康な行動の強制(例えば、怪我をしているアスリートへのトレーニングの強要)、コーチや親からのネグレクトなども含まれる。
潜在クラス分析で3タイプに分類
解析対象者の主な特徴は、年齢が15.13±1.05歳、女性67.6%、性的指向は異性が91.8%、同性が1.8%、バイセクシャル1.4%、アセクシャル(他者への性的感情を抱かない)0.2%だった。行っている競技は個人競技が42.6%、団体競技が53.1%、双方が4.2%、競技レベルは地域レベルが26.6%、地方ブロックレベルが47.2%、国内・国際大会レベルが26.3%。
また、早期に(12歳未満の時点で)行う競技の専門化をしていたアスリートが24.3%、親元から離れてトレーニングを行っているアスリートが6.7%含まれていた。
性的暴力を受けたとの回答は、チームメートから受けたとするものが22.7%、コーチからが12.1%、身体的暴力についてはチームメートからが18.5%、コーチからが14.5%、親からは8.0%、心理的暴力はコーチから68.3%、チームメートから62.5%、親から44.2%。
メンタルヘルス状態に関しては、自尊心が低下していると判定された割合が34.9%、精神的苦痛に関しては、軽度が44.9%、中等度が24.5%、重度が30.7%であり、心的外傷後ストレス症候群(post-traumatic stress disorder;PTSD)に該当する回答が37.1%だった。
また、これまでに怪我をしているにもかかわらずトレーニングを行ったことのある割合は55.7%、極端な体重管理の経験は16.8%、自殺意図のない自傷行為の経験は16.6%だった。
非被害者、心理的被害者、多重被害者という三つのクラス分類
アンケートの回答から8項目の変数を基に潜在クラス分析という統計学的手法によって、回答者の特徴付けが可能な分類を検討。非被害者(37.3%)、心理的被害者(52.4%)、多重被害者(10.3%)という3群に分類した場合に、各群の特徴の差異が最も顕著になることがわかった。論文ではこれ以降、これら3群の差異に着目した解析結果を中心に述べられている。それらの一部を抜粋する。
心理的被害者は、女性、エリートレベルで頻度が高い
年齢は、非被害者群が15.13±1.05歳で、心理的被害者群の15.29±1.06歳や多重被害者の15.46±1.10歳より有意に若かった。性別は女子の割合が心理的被害者群で76.2%と、非被害者群の67.7%や多重被害者群の66.2%より有意に高かった。
行っている競技が個人競技か団体競技かは、有意な関連がみられなかった。一方、競技レベルが地域レベルでは非被害者群の割合が高く、国内・国際大会レベルで心理的被害者の割合が高いという有意差がみられた。
早期の競技専門化や親元から離れている場合、多重被害リスクが高い
行う競技を早期に専門化をしていたアスリートは、多重被害者群で38.5%であり、非被害者群の20.7%や心理的被害者群の24.8%より有意に高かった。また、親元から離れてトレーニングをしている場合も同様に、多重被害者群でその割合が16.4%であり、非被害者群の5.0%や心理的被害者群の6.6%より有意に高かった。このほか、多重被害者群では、自殺意図を伴わない自傷行為の経験や自尊心の低下、重度の精神的苦痛、PTSDに該当する割合などが他群より高いという有意差が認められた。著者らは、「本研究で特定されたアスリートのプロファイルは、単一または複数のタイプの暴力への曝露とメンタルヘルス状態が関連していることを示唆している。この結果は、アスリートの保護および、スポーツを行うことの喜びと健康上のメリットを拡大するための、暴力曝露の予防、早期発見、適切な介入の必要性を強調するものと言える」と結論づけている。
文献情報
原題のタイトルは、「Profiles of Teenage Athletes’ Exposure to Violence in Sport: An Analysis of Their Sport Practice, Athletic Behaviors, and Mental Health」。〔J Interpers Violence. 2023 Feb 7;8862605221148216〕
原文はこちら(Sage Publications)