冬季ウルトラマラソン参加選手の気分状態とアディポネクチン、コルチゾール、NPYなどの変動
世界で最も寒くて過酷とされるウルトラマラソン参加アスリートを対象に、レース中の気分状態やアディポネクチン、レプチン、コルチゾール、神経ペプチドY(NPY)の変化を評価した観察研究の結果が報告された。パフォーマンスに影響を与える気分状態とホルモン分泌との間に相関のあることが示されたという。
レース距離690km、最低気温-44°C、自給自足のウルトラマラソン
この研究は、カナダの北極圏で2月に開催される「Montane® Yukon Arctic Ultra(YAU)」というウルトラマラソンの参加者を対象に実施された。最初にYAUの特徴についてまとめる。
YAUの最長カテゴリーのレース距離は690kmに及び、ルートの大半はオフロードであり、累積高低差は上りが6,680m、下りが7,001m、レース時間は14日間で、その間、ほぼすべて自給自足で走行するというもの。選手は食料やテント、雪崩救助用ショベルなどを載せたソリをひきながら走行し、そのソリの重量は20~30kgに達する。また、北極圏の2月に開催されるため、本研究期間中にレースに最も近い観測地点で記録された気温は、最高で+10.6°C、最低は-43.9°Cに及んだ。
ウルトラマラソンの人気向上とともに、レース参加中のランナーの生理学的パラメーターなどの変化を評価する多くの研究が行われるようになった。ただし、YAUのような過酷なウルトラマラソンの参加者を対象とする研究はほとんどみられない。
これまでの研究では、ウルトラマラソン参加中には睡眠障害、脱水、ストレスホルモン(コルチゾール)の上昇、易感染性の亢進などが生じる可能性が指摘されている。睡眠障害は時に、判断力の低下を招くこともある。YAUの2018年大会では、参加者の一人が凍傷により両手足を失った。その選手は救助されるまで14時間にわたり、手袋と靴を脱いで歩き続けていた。睡眠不足と摂取エネルギー不足による体温低下と認知機能低下により、一時的に正しい判断力が失われた結果と推測されている。
実際、「ウルトラマラソンの完走は、体力の問題ではなくメンタルの課題である」とする研究者もいる。そのメンタルには、種々の代謝や食欲に関連するホルモンによる影響もあることが想定される。例えば、持久運動中にはアディポネクチンと神経ペプチドY(neuropeptide Y;NPY)のレベルが上昇することや、食欲を抑制するとされるレプチンは低下することなどが報告されている。
以上を背景として今回紹介する論文の研究者らは、世界で最も寒く、過酷なウルトラマラソンとされているYAU参加アスリートを対象に、レース中の気分状態とアディポネクチン、レプチン、コルチゾール、神経ペプチドY(NPY)の変化を観察した。
気分状態とホルモンレベルが有意な相関
YAUは毎年実施されているが、最長距離である690kmのレースは2年ごとに実施される。スタート時点の標高は610m、最高地点は1,157m、ゴール地点は標高319m。タイムリミットは14日間で、途中10カ所のチェックポイントを規定タイム内に通過しなければならない。各チェックポイントでは医師を含む医療チームによるメディカルチェックが行われ、凍傷が認められた場合は直ちに継続不可とされる。
またチェックポイントでは温かい食事と飲み物が支給され、2カ所のみは屋内で眠ることが可能。それ以外は自給自足であり、屋外の自然の中で睡眠をとる。各チェックポイントには最大三つのバックを事前に保管しておくことができ、通過時に交換可能。
このレースに参加を希望するアスリートは、1週間以上前にサバイバルトレーニングに参加する必要があり、一定時間以内で火を起こして雪を溶かすといった課題をクリアできない場合は参加できない。
YAUの最長距離(690km)への参加者は多くないため、この研究では2013~19年の4回の参加者を統合して解析された。研究参加登録されたアスリートは32人(男性19人)であり、これにサポートスタッフの7人(男性2人)を対照群として設定した。最終的な解析対象は、29人のアスリートを含む36人(男性19人)だった。
気分状態や前記のホルモンレベルは、スタート前のベースラインイン時、277kmと383kmのチェックポイント通過時、および完走後という4時点で評価された。救助要請をした場合(ランナーがひくソリにはGPSトラッカーが取り付けられており、緊急時に信号発信可能)は、救助チームがスノーモービルで駆け付け、近くのチェックポイントに搬送されたのち、各種検査が実施された。
29人中完走は9人
29人のアスリートのうち、完走したのは9人で、20人は途中棄権だった。解析対象者36人の平均年齢は38.32±9.29歳、アスリートは38.71±9.45歳、完走選手は42.60±11.59歳、非完走選手は37.08±8.45歳。完走選手と非完走選手のBMIは同順に23.85±3.19、24.89±3.72と前者のほうが低値だった。反対に体脂肪率は21.10±4.50%、19.67±5.96%と後者のほうが低値だった。
完走選手の記録は平均時間264時間13分±25時間30分であり、性別では男性249時間28分±22時間51分、女性278時間58分±19時間57分。完走選手の平均速度は4.07±0.68km/時、非完走選手は4.14±0.56km/時だった。非完走選手の走行距離は53.11~643.73kmの範囲だった。非完走選手20人のうち3人は、チェックポイントで実施された検査結果が解析対象に組み込まれた。
神経ペプチドYは混乱のスコア低下と回復の促進と関連
非完走選手では、レース開始時点よりレース走行中に、混乱、怒り、抑うつ、緊張・不安のスコアが有意に上昇し(ベースラインと383km地点との比較でp<0.05)、活力のスコアは有意に低下していた(ベースラインと277km地点との比較でp<0.05)。対照的に、完走選手はレース走行中に緊張・不安のスコアが有意に低下していた(ベースラインと277km地点との比較でp<0.05)。疲労感に関しては、完走選手(ベースラインとゴール後の比較でp<0.05)、非完走選手(ベースラインと277km地点との比較でp<0.05)ともに、有意に増加していた。
非完走選手では、複数のチェックポイントでの抑うつレベルが、レプチン、怒り、および混乱と正の相関が認められた(p<0.001)。一方、完走選手では、神経ペプチドY(NPY)はベースライン時点で全体的な回復の程度(total quality of recovery;TQR)と正相関し(p<0.05)、ゴール後にはレプチンとTQRとの負の相関がみられた(p<0.05)。
また、緊張や不安のレベルは、非完走選手の知覚運動(p<0.001)と相関があり、コルチゾールレベルは、完走者(p<0.05)、非完走選手(p<0.001)ともに相関がみられた。さらに完走者における混乱のレベルは、NPYと負の相関があった(p<0.05)。
著者らは、「本研究は、パフォーマンスに影響を与えるホルモンと気分状態の間の重要な相互作用を明らかにしている。神経ペプチドYは、完走者の混乱スコアの低下と回復の向上に関連しているようだ。抑うつ、怒り、緊張や不安、混乱が同時に発生した場合、パフォーマンスが損なわれ、棄権につながる可能性が生じる」と結論づけている。
文献情報
原題のタイトルは、「Adiponectin, leptin, cortisol, neuropeptide Y and profile of mood states in athletes participating in an ultramarathon during winter: An observational study」。〔Front Physiol. 2022 Dec 12;13:970016〕
原文はこちら(Frontiers Media)