ドーピングの内部告発につながる因子を探る 3カ国の国際共同研究
ドーピングの内部告発をどのようにとらえているか、アスリートを対象に行った調査結果が報告された。アスリートは所属する組織外の告発チャネルの存在をあまり認知していないことや、告発リソースへの信頼や個人的な利益が、不正行為の報告というアクションにつながる因子として抽出されたとのことだ。
ドーピングの内部告発のハードル
世界アンチドーピング機構(World Anti-Doping Agency;WADA)は2021年に、ドーピングの内部告発者を保護する規定を強化した。具体的には、内部告発プロセスを妨害したり、告発者に対する報復などを明確に定義した。WADAをはじめとする多くのスポーツ関連団体が、ドーピングの撲滅に取り組んでいる。
しかし、ドーピング検査で見つかるのではなく、いわば“身内”にあたるアスリートのドーピング疑惑を内部告発することは、だれにとってもハードルが高い。米国と英国のアスリート対象の調査では、アスリートの大半がドーピングを重大な違法行為と認識していたにもかかわらず、内部告発に関しては半数以上が躊躇することを報告していた。内部告発という行動に関しても、大多数が支持しているが、匿名性や報復、人間関係への影響への懸念などが障壁として示されている。
一方、内部告発という行動に関しては、スポーツドーピング対策よりも先行し、違法行為の検出に成果を上げている領域が存在する。例えば、企業活動、金融システム、または行政などだ。それらの内部告発に関する研究から、組織内部の告発システムと外部の告発システムの利用に相違があることが報告されている。一例を挙げると、外部のシステムを利用する報告者は、問題の不正行為についてより決定的な証拠をもっている可能性が高く、組織内でより高い権限またはステータスを持ち、組織の倫理的価値に関してより強い懸念を示し、自分自身に及ぶ可能性のあるダメージについては強く懸念していない。また、女性や高齢であること(おそらく組織内での経歴が長くてより高い地位にいる)は、不正行為を報告する確率が高い。
今回紹介する論文の研究は、スポーツドーピングについて、これら企業活動等での内部告発で研究されていることとの異同を検討したもの。WADAなどが設けている外部告発プラットフォームの認知度、内部告発に対する主観的な考え方、ドーピングに気付いた時に内部告発するか否か、およびその理由などを調査している。
内部告発フォームの認知度や、過去の報告/非報告の経験
調査対象は、ギリシャ、ロシア、英国の個人およびチームスポーツのアスリート1,163人で、内訳は次のとおり。ギリシャ480人(男性59%、19.88±1.70歳)、ロシア512人(男性67%、20.08±5.49歳)。英国171人(男性71%、20.31±1.95歳)。
組織外部の報告システムの認知度
WADAの内部プラットフォームの存在は、21%が認識していた。また、15%は国際オリンピック委員会(International Olympic Committee;IOC)のコンプライアンスに関するホットラインを認識していた。これらの認知度は国によって異なり、英国のアスリートが最も高く、続いてロシアであり、ギリシャのアスリートが最も低かった(WADAとIOCともにp<0.001)。
一方、それらの報告システムがどこにあるかや、どのように報告するかについては、ロシアのアスリートが最もよく認知しており、続いてギリシャ、英国の順だった(p<0.001)。
告発チャネルへの信頼
内部告発のチャネルとしては、主としてコーチまたはクラブマネージャーへの信頼が強く、外部の告発システムへの信頼は高くなかった。ただし、国によって差異も認められ、ギリシャのアスリートは国内のドーピング防止組織よりもWADAのプラットフォームまたは警察機関を信頼していた。対照的に、ロシアや英国のアスリートは、警察機関への信頼は低かった。
過去の内部告発の経験
1,163人の参加者のほぼ5分の1にあたる237人(21%)が、ドーピングの不正行為を報告した、または報告しなかったことがあると回答した。これら237人のアスリートのうち、148人(62%)は不正行為を報告せず、他の89人(38%)が報告していた。
国別にみると、ギリシャのアスリートは報告が2人、非報告が20人であり、ロシアや英国のアスリートより、報告をしなかったアスリートが多かった。ロシアは同順に14人、9人、英国は各7人。
ドーピングの不正行為を報告する/しないことの理由
ドーピングの不正行為を報告した、または報告しなかったことがあると回答した237人のうち、69人はその理由について十分な回答をしなかったため分析から除外された。報告された理由の回答数が少ないことから主題分析を行い、ドーピングの不正行為を報告するとの決定に関する3つの因子、報告しないことの決定に関する5つの因子を特定した。
不正行為を報告するとの決定に関連すること
不正行為を報告するという決定には、「スポーツパーソナリティー」、「リソースへの信頼」、「個人的な利益」という3つの因子が特定された。それらの因子は、以下のような記述から抽出された。
- 不正行為を見たら報告する必要があると思う
- スポーツは公正な競争のためにある
- 名誉を守るため
- スポーツの精神に反する
- スポーツはクリーンでなければならない
- ホットラインが用意されている以上、その使用にためらいはない
- 匿名のチャネルである
- プライバシーが守られている
- 自分自身が心地よくなりたかった(不愉快でいたくなかった)
不正行為を報告しないとの決定に関連すること
不正行為を報告しないという決定には、「結果への恐れ」、「チーム内の沈黙という規範」、「知識や信頼の欠如」、「自分の問題ではない」、「証拠が十分でない」という5つの因子が特定された。それらの因子は、以下のような記述から抽出された。
- トラブルに巻き込まれたくなかった
- キャリアへの影響
- 同僚からの復讐
- いじめ
- 彼はチームメイトだった
- 自分は仲間の不利益になることをする人間ではない
- チームにとって良くないことだ
- 連帯
- 我々は家族だ
- 報告する方法を知らなかった
- 誰に報告すべきか?
- 証拠は100%確実でなければならない
著者によると、「本研究は、競技アスリートの国際的なサンプルで、ドーピングの違法行為の報告に関連する信念と行動について調査した最初の研究」だという。そして結果については、「アスリートが外部の内部告発者チャネルの認識が低いことが明らかになった。また、彼らは主に内部告発チャネルを信頼し、外部の告発チャネルへの信頼は明らかに弱かった。文化的背景がアスリートの内部告発のアクションに影響をもたらす可能性があり、これはドーピング不正行為の報告を促進するための将来の研究で考慮されるべきテーマと言える」とまとめられている。
文献情報
原題のタイトルは、「Behaviours and Beliefs Related to Whistleblowing Against Doping in Sport: A Cross-National Study」。〔Front Psychol. 2022 May 3;13:835721〕
原文はこちら(Frontiers Media)